夢を見たエミリア:リアリズム
エミリアは、薄暗い酒場の隅で、冷めたスープをすすっていた。彼女の鎧は所々に錆びが浮き、剣の刃にも欠けがある。かつては輝いていた金髪も、今では埃と汗で薄汚れている。
「勇者様、もう一杯いかがですか?」太った酒場の主人が声をかけた。エミリアは無言で首を振る。財布の中身は、もう数枚の銅貨しか残っていなかった。
外では、雨が降り続いている。泥濘んだ道を、疲れた表情の農民たちが行き交う。遠くには魔王の城が聳えているが、それはただの暗い影に過ぎない。
エミリアは、テーブルに広げた地図を眺めた。そこには、これまでの旅路が細かく記されている。村々の名前、遭遇した魔物の種類、得られた情報。全てが、冷徹な事実として書き記されていた。
「魔王を倒せば、世界は救われる」そう信じて旅立ったが、現実は厳しかった。村人たちは、彼女を歓迎こそすれ、実際に助けになることはほとんどない。時には、彼女の存在そのものが、村に災いをもたらすこともあった。
エミリアは、自分の手を見つめた。そこには、これまでの戦いで得た無数の傷跡がある。魔物との戦いは、物語で聞くほど華々しいものではなかった。それは、泥と血にまみれた、生々しい闘争だった。
彼女は、仲間を失った日々を思い出す。勇敢な戦士ジョンは、毒矢に倒れた。聡明な魔法使いマリアは、罠にはまって命を落とした。彼らの死に様に、何の美しさもなかった。ただ、無残で、むごたらしかった。
エミリアは深いため息をつき、立ち上がった。魔王を倒すという目標は、まだ遠い。しかし、彼女には選択肢がない。この旅を続けるしかないのだ。
彼女は、重い鎧を身につけ、欠けた剣を鞘に収めた。酒場を出る時、主人が声をかけた。「気をつけて行ってくださいね、勇者様」
エミリアは、かすかに笑みを浮かべた。「ありがとう。でも、私はただの旅人よ」
彼女は、雨の中へと歩み出た。泥濘んだ道が、彼女の足を引っ張る。しかし、エミリアは前を向いて歩き続けた。魔王の城は、まだ遠かった。