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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

転生元スケバン聖女 〜婚約破棄?どうぞ。役目とか関係ないですし〜

作者: 猫村有栖


「もう随分長い間いい夢を見ただろう?さようなら、メアリー」


五年ほどわたくしと結婚関係にあるものから告げられた言葉は至ってシンプルで――ああ、この人にとってわたくしは、もはや嫌悪さえ向けられないのかとこの時理解した。



そして、聖女の責任さえ――

なら、もう――魔女と呼ばれてまで、生きる意味など……



***


というのが話の流れらしく、ラストに至るまでの光景がありありと頭に浮かぶ。昔、私が大好きだった祖父が死んだ時抱いた感覚に似ているかもしれない。つまりトラウマのような感覚が頭にへばりついていて、お陰で私の気分は萎えっぱなしだ。ただでさえ無機質な病室に詰め込まれて辛気臭いのに。やることと言えば本を読んだり、綺麗な毛並みの小鳥を眺めるくらいしかない。


本は好きだが古臭い小鳥を眺めるのは趣味ではない。やつらはぴいとわめくくせ、日本人はこれを風流だ――外国人には雑音だ――だなんとかとか言うらしいが、日本人のはずである私にはどうも雑音にしか聞こえない。ただ料理にしても、昔から味なんてのは高級だらうがどれも味のうまい不味いなんて感じなかったし、私がそういう鈍感というか風情がないとかそういうたちなだけなのだろう。


いやそもそも、動物を持ち込むなよ病室にとは思った。といっても、私が考える常識なんてのは通じないのだろうけれど。


私の名前は松江夏菜子、20さい。

ただの一般人だった。


私は、どうやら何かしらの発作を起こし死亡したらしいのだ。母も確か脳みその血管がちぎれて亡くなったし、その遺伝が私に悪い作用をもたらしたのかもしれないが、今となっては確かめようもないことで、ただ発作が起きた時、デパートの階段でひとりぼっちだったことだけはくっきり覚えている。


私がいたのは名前から分かるだろうが日本。

そして私はいわゆる『転生』したらしい。


いや、この場合は転移?……私は小説こそ嗜みはあったものの、ライトノベルというのは私にとっては遠いものだったので、そういう区分というか分類というか、そういった分け方があるとして、どこに私が属することになるのかがいまいちぴんとこないのである。私の悪い癖なのだろう、こういうものはどうでもいいものだとしても、きっちりと属性というのを見極めたいと何時間でも考えてしまう。


まあ、そこはどうでも良い。詰まるところ簡潔に表現してしまえば、先程身を投げた女――メアリーと呼ばれた女の中に、死んだ私の魂が入ったのだ。


どういう理屈かは分からないし、もしかすればこれはメアリーの中に眠っていた第二の人格で、この私の転生したというのも、ただの思い込みかもしれないし、そして転生したという事実を証明するのが記憶しかないので、なおさら不気味であるのだが、ともかくここに私は生きている。


メアリー、本名はメアリー・ロール・ベルベッド。

20さい。といっても、大人びた顔つきではない。どころかもし日本だったら学生服を被せたとして、年齢を疑われるのが全くおかしいくらいの幼さである。あと、ついでと言わんばかりに絶世の美少女。


時間というものを知らないのか、この女には老いというものがないのかも知れない。見れば金の髪は羽のようで、触れれば白い肌は溶けるよう。そんな人間、たしかに、魔女と呼ばれるのは仕方ないのかも知れないと思った。魔女の呼び名を嫌っていたらしいメアリーには悪いのだが。


そしてその理由は、メアリー自身の能力によるものらしい。

メアリーは、『聖女』という役だったらしい。


そのお役目は国を守ること。


例えば魔法で天気を晴れにしたり雨にしたり。要すれば巫女みたいなものだろうか。


とんでもな力を持っているが、無論誰にでも出来ることではなく、素養が必要らしい。そして聖女としての任を王様から賜った際、心臓に特殊な宝石を埋め込まれて、聖女としての力を得るそうだ。


メアリーは代七十八代目の聖女として、貴族の中から選ばれた。そしてその後しばらくして結婚したのが、メアリーに結婚関係の破棄を言い渡した男――貴族、ジーク・ロール・ベルベッド。


私はメアリーが残した記憶をある程度のぞくことができる。だがメアリーとジークとの交流には、ろくでもない記憶しか残されてはいなかった。


当時弱い立場にあったメアリーの母親をネタに、殆ど脅迫して結婚を迫り結婚。それから外出は許されず、笑顔で対応せねば叩かれる。そんな生活が五年ほど続いたようだ。その間メアリーの心はどんどん壊れていった。



そしてその間ジークの馬鹿ギツネは子供を残そうとした様だが――何故か、メアリーには子供ができなかった。歴代の聖女に、子供が出来ないなんて特性は無かったのだが、不思議とメアリーには出来なかった。


はっきり言って吐き気がする。こんな記憶まで見えてしまうのだから、まいった。人間の細胞は一年で全て入れ替わるらしいから、あの畜生ギツネと触れたのはもはや別の身体だということにしてしまいたい。


それで五年、メアリーは飽きられたのか自由の身だったが、メアリーはジークと共に行くことを望んだらしい。


歪んでしまった心は、その醜い姿こそ正しいとする。そうでなければ、醜悪な自分の姿に耐えられないから。


『ジークの命令で、人形のように動く自分………』

『周りからはそう見えるけど』

『違う』

『私は正しい』

『考えなくていい』

『愛されている。だから正しい』


手元にある日記には――そんなことばかり記されている。


酷いものだ。

もはや呪いだ。


そして。

――呪いは、皮肉にもジークの言葉によって解かれた。


***


あるものは眠そうに、あるものは目を光らせ、あるものは怒りと悲しみに顔を歪めて、その中心に議長が鎮座する。

それにジークが並び、宮廷の大会議室で、罪を犯した聖女の今後を議論していた。


「聖女様のご容体は――」

「ああ、それが。先程……せきを沢山吐いたのち、意識を失ったらしいのだよ」


ジークが持ってきた知らせに、ひとりの老人が顔を伏せる。


「何…………何ですと!!おお…………神さま…………」


老人がその場に崩れて、両の手を合わせ祈る。

その祈りは無論聖女のためだった。


宮廷の会議室に、老人の悲痛から絞り取られたような声が漏れる。その姿を国の大臣達は見ていた。ジークは見ていた、まるでメアリーを祈ることが大罪だと言わんばかりに。


――軍部大臣、アーサー・フォン・サリアン。

かのものだけが、メアリーの行く末を案じていた。


聖女メアリーが置かれた立場は、まさに四面楚歌の中心。メアリーは聖女の立場ながら、平民の男と夜遊びをしたことが夫に発覚した際、その大罪から逃げるため――身を投げたと世間に報じられた。


前代未聞の聖女の夜遊びに、世間のメアリーへのヘイトは、軍さえ動かさねばならないほどに加熱した。


――メアリーの黒い噂は、聖女身投げ事件の以前より注目を集めていた。例えば税金を悪用して自分を飾るために使っただとか、気に食わない人間を暗殺するため魔法を使っただとか。


無論デマ。

だがしかし『黒い聖女』の噂が真実だとする人間は、日に日に増していった。聖女メアリーが邪魔なもの、注目を集めたいものなどにとって、その噂は魅力的であり、利用しない手などないと言わんばかりだった。


あの聖女が実際は腹黒だったという『真実』を語るには、薄っぺらな言葉で充分過ぎた。そして、油は注がれ燃え上がる。メアリーの浮気という噂、メアリーが身を投げたという事実。



そして悲劇の夫はこう言った。


「メアリー、あなたを許します。」


この聖人の如きジークの言葉に、どうして胸を打たれないものが存在しようか?


そうやって、『魔女のメアリー』は完成した。


後は簡単なこと。

悪役は正義に倒されて終わる。


悪には悲劇を!

そして復讐を!


魔女には――正しき罰を与たまえ!



「…………そう。あの女はそうやって終わるべきだ。それなのに何故、貴殿はあの魔女を尊敬するんだ?理解ができん」


ジークは癇癪を抑えて、サリアンにそう問うた。


「…………私はあのお方のお姿を見たことがあります」


老人は語る。――魔女とメアリーが呼ばれても尚、メアリーの潔白を信じるもの。黒い聖女の噂に無関心な人間こそあれども、身を案じている人間は数少ない。


「立ち姿がきれいなお方で、私があと三十年若ければ求婚しておりました」


「ほどほどにしたまえよ、キモいから」

「お前の好みはいつになれば年齢が足されるんだね?」


「黙っておれアイリ財務大臣にジョージ防衛大臣!!わしの吐露を邪魔するな!!!」


「……い、いいから続けてくれ、ないかな」


半ギレのジークを尻目にやじが飛ぶ。


「…………いや、続けることもない。罰には罪を。当然のことだ。聖女の浮気など、決して許されない行いなのだ!」

「その前提が違うと言っておるのだ!!聞けば、噂の出所は全て貴様だそうだなジーク・ロール・ベルベッド!」


「私の名前を呼ぶのならば、頭に役職をつけたまえと何度言えば分かるのだ!!!私を舐めているのか、軍部大臣アーサー・フォン・アリアン!!!」

「サリアンだと言っておろうこの馬鹿ギツネ!!!ああ何度でも言ってやろう皇太子ジークよ、だがその力は全て、聖女メアリーと結婚したことによるものではないか!!!」


「何い…………私を侮辱するか…………貴様…………!」


「これこれ。いけませんよサリアン大臣」

「何だ……?」


「ひい、こわいこわい」


アリアンに声を掛けたのは、近衛軍部大臣のジョゼフ・ナードリウ。ジークの前に立ち、余裕綽々の態度でサリアンを宥める。


「浮気が事実かどうか――それはもはや重要ではないのです。今重要なのは聖女が身を投げ……つまり、自殺。この国を護るべき聖女が……つまり、自分を優先したということです」

「そうさせたのは、聖女を取り巻く噂のせいであろう……!」


「ふん。もし噂が嘘千万ならば堂々としていてばいいのです。だが耐えきれず……とは、その程度の心の弱さでは……聖女などどのみち務まらないのでは?」

「…………まだ20の少女だ…………わしらのように、代わりなど、幾らでも用意できる立場という訳でもないだろう…………!」


「はん、そうですか。そういえば、思い出しました。あなたにも黒い噂はありますでしょう?」

「……………………全て流言だ」


「ロリコンは事実だろ?」

「黙れいアイリ!!!」


「…………しかしね、そんな人間が聖女を庇うなどしたら、余計に疑いが深くなるのではないかな?」

「ふん!先程貴様は言うただろう。嘘千万ならば堂々としたら良いだろうと。だからわしも堂々と弁護をするのだ!!」


「は、そうですか。まあ、それも無駄でしょう」

「何い…………」


うすら笑うジョゼフにサリアンは睨む。


「確か聖女は身体が弱かったはずです。そんな方が自殺を図れば――」


「まさか」

「――いつ亡くなっても、不思議はない。そうですよね?軍部大臣」


サリアンは気づかなかったが――ジョゼフの後ろで、狂気の笑みを浮かべていたものがいた。


ジーク・ロール・ベルベッド。

彼は陰謀の終着点を、今か今かと待っていた。


「いつ亡くなっても…………とは、まさか!!!貴様――!」

「近衛兵!!サリアン大臣を相手せよ!」

「何っ!!?」


ジークの声に、サリアンを屈強な男兵士達が取り押さえる。その手際は見事なもので、一瞬にしてサリアンを無力化する。


「ぐ…………私も……老いたか………………」

「ジョゼフも老いたな。感情が動いて口を滑らせるとは……もう少しばかり優雅にできたはずなのに」


「ええ……お見苦しい所をお見せしました、ジーク様。ですが、ふふ。もはや関係のないことでしょう?」


「…………クーデターか…………!」

「ええ、そうですともアイリ大臣。聖女万歳の腐った国家などに未来はありません。真に必要なのはジーク様のような若さです。老害どもにはここで国と、運命を共にして貰いましょう」


「ジョゼフ…………!」

「浅はか過ぎるのじゃないかなジョゼフ。聖女が居なければこの国は……」


「そうだな。破綻するだろう。だが貴様はひとつ、勘違いをしているよ、アイリ大臣」


ジークが代わりに答える。


「なるほど……殺すんじゃなく」


「そうだ。生け取りにして、そのまま働かせればいい。……どうせ女如きだ、逆らいはしない。それにいざとなれば、聖女の宝石だけ取り出せばいい」

「ジーク……貴様…………一体どんな国を作る気だ…………」


「ははははははははは!!!!外交で国外におられる国王にはしっかりお伝えするよ。君たちは、魔女のしもべだったと!!!それが――望みなのだろう?なあ、サリアン大臣?」


彼は陰謀の終着点を、今か今かと待っていた。



――そこが運命の始まる場所だとは、つゆも知らずに。


***


「へへ。これが魔女かあ。いけない子には、おじちゃんが罰を下さないとなあ?」

「…………………………」


「ふ――ふ――――――」

「…………………………………………」


「えっお嬢ちゃん、その太くて硬そうな棒で一体何を…………」


「聞きたい?」

「――――え?」



「あんたを殴るための棒よ――――――!!!」


スコォォォォォォンと良い音が響く。


「ぐふり…………ぐ……ぐ……ぐ…………ぐ………………」

「ふん。切り落とさなかっただけ有情だと思いなさい」

「いやつ……つかいもの…………に……ならなく………………」


「良いんじゃない?盛った猿みたいなあんたを好きになる女なんかいないでしょ」


病室の扉を開けると数人の男たちがいた。

それぞれ構えて私を見ている。


「……メアリーを殺すか攫うか、ってこと?」

「手、手を上げろ!」


「聖女()()()()を舐めんじゃ――――」

「…………な?!」


「――――無いわよ!!!」


一番近い位置にいた男の間合いに入り、剣を構えている腕――でなく腹を打つ。


「痛ぁぁぁ――――――?!」


胸、すね、股間!と、用意していたベッドフレームで殴る。


元スケバンを舐めるな。

ついでになぜか身体の調子は絶好調。


こんなやつらの陰謀に付き合う義理もない。



「くく、くらええっ」


ガン、と何かで背後から頭を殴られたようだ。少し痛い。


「な、何で死なないんだよ!」

「びっくりよね。まあ、聖女だからじゃない?」


攻撃してきた男に対して私は、武器を振りかぶって下ろした。ベッドフレームは星屑の如き煌めきをまとい――光が男に放たれた。


「――――――――――」


男は外傷こそひとつも無いが、その場に倒れた。

成る程――これが聖女の魔法、というものなのだろう。


「やる?」

「や、やら、ら………………」


総勢三名、これで最後とはなんとあっけない。あと一人、残された男に質問しても、震えるばかりでまともな返事はない。


「なら……質問よ」

「は、はひ」


「ジーク・ロール・ベルベッドは、どこにいる?」

「こ、このの、この宮廷のおっ…………大会議室です……」


「良い子ね」


こいつはほっとこう、なんか震えてかわいそうだし。

私は振り返って、ベッドフレームを左手に、赤いカーペットの廊下を行く。



何故、このチンピラがジークの場所を知っているのか。

推測に過ぎないが、多分畜生ギツネジークの仕業だからだろう。――私を攫ってどうにかしようという魂胆?それにこんなに目立つ、宮廷という場所でことをやらかす理由は知らないが――どうせこれも、ジークの考えなしか何かか。


まあ、どうでもいい。


その後ジークに逮捕されようがどうしようが、どうせ魔女の汚名をひっかぶっているのだから、むしろ復讐をする方が様になっている。それにそもそも喧嘩を売ってきたのはジークの方だ。



なら、ケリを付けないと気が済まない。


ひとり廊下を行く。

ただ、メアリーの遺した記憶を頼りに進む。


ここは1階で、3階の大会議室にはエレベーターで行くしか道はないらしい。ボタンを押してやってきたエレベーターに、ゆっくりと歩いて中へ入る。


すると、頭から出血していることに気がついた。成る程こんな血だらけな姿は、まさに魔女かもしれない。



備わっていた鏡を見て気付いた。

どんな姿だったのかな、本当のメアリーは。


こんな時、メアリーだったらどうしたかな。

人形のようにおとなしくしていたかも。



――それでも、私はメアリーじゃないから。

そして、だからこそ。


私は違う運命を行ける。

だから私の魂は、このこに宿ったのかもしれない。



さて。扉の向こうにジークがいるらしい。

なんて前口上をあげようか。


…………いいや、ここはシンプルに。

さっさと済ませよう、なんか扉越しに畜生ギツネの笑い声が聞こえるし。


「はじめまして、ジーク・ロール・ベルベッド」


大会議室の扉を開けて――私はそう叫んだ。


「………………聖……女…………………!」

「聖女様!?危険です!!ともかくお逃げ下され!!!」


……あれ?なんか…………軍隊みたいな兵士達が……

何かしらの会議をしていたのでは…………?


――こちらに叫んでいるのは、確か……


「あっ!求婚おじいさん!!」

「えっ!マジにやらかしたのかこいつ!!」


「…………………………」

「否定してくれ我が友お!今までイジってたけどガチだとは思わないじゃないのよ!!!しかも人妻に!!!!」



――状況はよく分からない……が、


「黙れぇ!!――――――メアリー…………い」


ジークと、……確かジョゼフと言ったか、が、私を睨む。

どうやらこの二人が黒幕らしい。他の人間は全員拘束されているのだし。ジークは、クーデターか反乱か、何かよからぬことをしている真っ最中のようだ。



――転生した時、聖女の責任を守ろうとした彼女の悲しい記憶を私は見た。彼女は彼女なりに責任を果たそうとしたのだ。


『聖女としての責任を果たす』


その一点だけは、彼女に残された道しるべのようなものだった。どれだけ黒い噂が立とうと、批判の声があろうとも。自分が正しくあれば、いつかきっとわかってくれるかもしれない――という思いをほんの少しの希望として。だがジークはメアリーを捨て、ついにその役目さえ奪われると、その事実を知って――メアリーは身を投げた。



「何故ここに聖女が…………まさかやつら、失敗したのでしょうか…………」

「いや問題は無い!――ジョゼフ。黙らせるだけだ!!!!」


ただひとつ一度だけ、ジークにメアリーは逆らった。

たった一度の抵抗だった。



身を投げたこと。


聖女を道具にしてはならないと、その意志を胸に。

星に願った、この国の行く末を。


私は知っている。私だけが知っているのかも知れないが、彼女はまさに聖女だった。



ただ少し、ひとの醜さに疲れてしまっただけの。



――ジークは一枚の紙を取り出した。


「――魂の契約を以て従え、メアリー・ロール・ベルベッド。ここで――自分を自らの手によって殺せ」

「何、何だと!!!禁忌を犯したな――ジーク!!!」


求婚おじいちゃんが叫ぶ。



――契約の魔法。禁忌とされる訳は、人を奴隷のように命令することができるその凶悪さゆえ……らしい。そういう魔法らしいが――


黒色の触手のようなものが、私の腕を掴む。

その触手は気味の悪いことに――私の力を奪ってゆく。


血が抜かれている感覚もするし、魔力も……


「こ……殺すのはまずいのでは…………」


ジョゼフがジークに進言しているらしい。


「知らん。もう命令は下った。この女が意識不明の時、念を押して即興で結んだ契約だが、なるほど役に立った」

「ジィ――――――――ク!!!」


求婚おじいちゃんが叫んで、なんと――取り押さえている兵士達を全員振り払ってしまった。


「なっ――――化け物じじいめ――――!!!」


魔法で応戦しようとするジーク。

背を向けたジークに向けて私は――踏み込んだ。


「私の名前は――」

「何――――な、動けて……!」


「気付いた?私の名前は、メアリーじゃ――――」



しっかりとにぎり、パイプを振りかぶって――


「――――ないのよ!」


下ろした。


黒の触手の残骸は、くずとなってちりと化す。

そしてこの空間に霧散し、舞い降りた光に照らされ消えた。


メアリーの、最期の抵抗が報われた瞬間。



――その一瞬を、この場の誰もが見た。



メアリーにできなかった、それを。

それができる私が、彼女の記憶に導かれ。


私はただ少し、代わりに紡いで、成しただけ。


「――これが聖女の…………奇跡…………」



ジークはそう口にした。


そうして……眠るように倒れた。

続くようにジョゼフ、そしてその部下たちも。



奇跡の聖女を、それを――皆がじっと見ていた。


***


「結婚して下さい!!」

「あのう――だから私はメアリーじゃなくて…………」


「それはこのサリアン、承知しております!!」

「私にもチャンス、あるよね!!マツエカナコちゃんだっけ?かっこよかった!!」


「アイリ……お前まで………………」


何故か、サリアンさんとアイリさんにプロポーズされてる、私。その二人をジョージさんがむんずと蹴り飛ばした。


「良い加減にしろこの色ぼけ共――!」


「きゃ――――!乙女に何すんのよ――!!!」

「がは…………だが…………愛は――不滅なり――!」


もう無茶苦茶。

何……これは。


「しかも私無罪になるなんて……すごい軽いノリ…………」

「ええ、クーデターを阻止したのですし、濡れ衣だったのだから当然でしょう。……しかし転生ですか。……まさか、こんな摩訶不思議が起こるとは……」



「ジョージさん、これから私は一体どうすれば良いでしょう……?」


あの事件から1ヶ月――ようやく色々が落ち着いた。

そして私の事情も、理解してもらえた。


最初はメアリーの精神がおかしくなったと言うことにされたが、それならあの禁忌の術が作用していないとおかしい、という理由で納得してもらえた。


あとそう言えば。反逆罪でジークとジョゼフは審理にかけられ、結果特例的に速攻で罰を受けた。


ジョゼフの方が罪の重さはましらしく、ジークはいままで流したデマの件や暴行なども含めて、さらに審理が長引く予定らしい。


……メアリーが彼に対し、何を望むか。

それはもう……誰にも分からない。


……あとはもう、法律が裁くだけ。


「好きにすればよろしい、とは言えないのです。……すみません。例えメアリー様で無かったとしても、聖女はひとりなのですから。それに宝石も心臓に埋め込まれていますし、尚更です」


「――宝石って、どうやったら取れるんです?」


「死ぬか、二回に一回の成功率の手術を受けるか……」

「ああん…………そんなー」



「まあ…………そうですね。時代も変わるべきなのでしょう。聖女に頼りっぱなしの国防やら何やら……それらの、変革の時なのでしょうかね……」

「――そ、その……じゃあ、政治の改革が起きたら、私は自由になれるんですか?」


「ははは。それこそ――奇跡でしょうな。そんなことは」

「ちょっとージョージさん?!適当じゃありません?殴りますよ?おいコラ黙んなおい……ねえちょっと――ちょっと――!」

ブクマ、評価、いいね、感想、全て本作の大きな後押しとなります。もし本作がお気に召されましたら、是非とも宜しくお願いします〜

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