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ライブハウスにいた棒

作者: 鞠目

 ライブハウスにまつわる奇妙な話が聞けると聞いて、私は取材のために大阪に向かった。今からするこの話を教えてくれたAさんは、男四人組のバンドでボーカルをしている。これはそんなAさんがあるライブハウスで体験した話だ。


 その日、Aさんは大阪のあるライブハウスでライブをしていた。三百人ほど収容できるのライブハウス。幼馴染四人で組んだAさんのバンドは、メジャーデビューはしていないものの三十代から四十代の女性にそれなりの人気があり、関西を拠点に活動をしているため、大阪でのライブはかなりの人が集まる。

 その日もチケットはソウルドアウト。ライブハウスはほぼ満員。ライブはかなり盛り上がり、特にトラブルもなく成功に終わった。でも、Aさんには少し引っ掛かることがあった。それはベースのNさんのパフォーマンスについてだ。

 その日、Nさんはミスが多かった。ミスと言っても小さなミスで、少しテンポがズレたり、曲の入りを間違えたり、トークを振っても求めた返事がすぐに返ってこなかった。

 でも、すぐに自分でリカバリーをしていたので、気づいたのはごく一部の人だけ。観客のほとんどが気づいておらず、Aさんも「あれ? 今変だったような?」と引っ掛かる程度だった。

 しかし、普段滅多にそんなミスをしないNさん。そのことにより余計に気になり、何かあったんじゃないかと心配になったAさんは、ライブ終了後、すぐにNさんに声をかけた。

「お疲れ。今日、なんか調子悪かった?」

 Aさんが話しかけるとバンドの他の二人も「そうだよな」「どうかしたのか?」とすぐに集まってきた。Nさんを心配していたのはAさんだけではなかったのだ。

「いやいや、逆になんでみんな普通に演奏できたんだ? あんなものがいたのに……」

 Nさんは不思議そうに言った。そんなNさんの顔は何かに怯えているようにも見えた。あんなもの、Nさんが言うそれが何かは誰もわからず、三人は説明を求めた。すると、Nさんは「見えてなかったのか?」と驚きながらも自分が見たものを説明した。ライブハウスの観客席に棒のような何かがいたと。


 要約するとこうだ。

 Nさんが気が付いたのはライブが後半に差し掛かった時だった。大人の女性と同じぐらいの背丈、頭と同じぐらいの横幅で、ペンキで雑に力強く描いた一本の縦棒のような何かが観客の中に紛れていた。

 蛍光色の棒はフロアのちょうど真ん中あたりにいた。あまりにもしれっと真ん中にいたので、最初から設置されていたオブジェクト的な何かかと思うほどだった。

 棒の周りにいた人は誰も気づいていないのか、棒に視線を向けることはなく、観客席の人には全く見えていないようだった。

 存在自体不可思議なのだが、さらに不思議なことに、棒には顔のようなものはないにも関わらず、何故か直立不動でステージを睨みつけているように感じた。それが怖くてNさんはいつも通りのパフォーマンスをするのが困難だった。

 Nさんの発言には謎が多い。しかし、AさんはNさんが嘘をついているようには見えなかった。もともとくだらない嘘や冗談を言うタイプではないNさん。きっと本当に何か見たのだろうとAさんは考えた。


 数日後、Nさんが見たものの正体が気になったAさんは、ライブハウスのオーナーに会うために再度ライブハウスを訪れた。そしてNさんの話をし、何か原因や心当たりがないか尋ねた。

「Nくんさ、棒が何色に見えたか言ってへんかった?」

 オーナーはAさんの話に驚く素振りも見せず、天気予報でも聞くような軽い感じで質問した。

「蛍光色、たしか黄色って言ってました」

「そっかあ、じゃあしばらくうちでライブするのはやめときな。黄色ならそうやなあ……二年ぐらいあけたら大丈夫かなあ。せっかくいいライブだったから期間をあけずにまたきて欲しかったのに残念やなあ」

 ぼそぼそ独り言のように話すオーナー。オーナーの言った意味がわからなかったAさんは、詳しい説明を求めようとした。しかし、そんな時タイミング悪く着信音が鳴った。オーナーの携帯だった。

「ごめんな」

 オーナーは断りを入れて携帯に出た。電話をかけてきたのはどうやら昨日ここでライブをしたバンドのメンバーのようだった。「昨日のライブは良かったな」「またうちでライブしてな」とオーナーが話しているのをAさんは黙って聞いていた。

 電話が思ったより長くなりそうなので、Aさんがそろそろ帰りたいなと思った時だ。

「え? O君ってドラムの? O君が見たそれって何色やったとかなんか聞いてへん?」

 オーナーの質問にAさんは寒気を感じた。Nさんと同じようなケースが昨日もあったということは、このライブハウスには何かあることは明白だと思った。

「青って言ったんやな? 間違いない? 青なんやな? そうかあ……いや、大したことじゃないんや。ごめんごめん、また改めて連絡させてもらうわ」

 オーナーは困った顔をしながら電話を切ると、小さな声で「まいったなあ」と言った。

「青はダメなんですか?」

 Aさんは聞かずにはいられなかった。すると、オーナーは残念そうに言った。

「青は手遅れ、もうどうしようない」

 オーナーは諦めたような顔で小さく笑った。

 その後、Aさんがどれだけ聞いてもオーナーはこの件にはこれ以上関わらんとってくれとしか言わず、何も教えてくれなかった。


 その後、Aさんたちは二年間オーナーの言いつけ通り例のライブハウスではライブをしなかった。そのおかげかどうかはわからないが、Nさんに特に変なことは何も起こらず、バンドも活動を続けている。

 例のライブハウスはというと、今はもう潰れてなくなっている。跡地は居酒屋になっていて、ライブハウスだった面影もない。

 潰れた原因は経営不審だと言われている。コロナの自粛期間に資金が底を尽きたんだとか。オーナーはライブハウスを畳んで実家に帰ったそうだ。

 しかし、Aさんはずっと気になっていることがあるという。Aさんがライブハウスを訪れた時、オーナーに電話をかけてきたインディーズバンド。現在このバンドは活動していないそうなのだが、行方不明のメンバーがいるらしい。Aさんはその行方不明のメンバーが誰なのか気になるものの調べる勇気がなく、ずっと気になり続けているという。



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― 新着の感想 ―
∀・)ライブハウスでみる「くねくね」みたいな感じですかね? ∀・)でも、鞠目さんの書く作品だからかリアルな感じがありましたね。 ∀・)こういうライブハウスあったら興味深いですね。僕も取材したいかも…
[良い点] 正体が何か、結局分からないのが怖いですね。 対応策や解決策が分からず、見てしまったらもう手遅れ系は理不尽さも相まって怖さが増します。 [気になる点] 棒が見える人の共通点、というか条件が気…
[良い点] 楽しく拝読しました♪ 不思議は不思議のまま、もやもや感が良きです(*´ー`*) 読ませていただき有り難うございました! [気になる点] オーナーの知る限りで、全部で何色のパターンがあったの…
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