電話
三題噺もどき―よんひゃくさんじゅうご。
窓の外には、美しく輝く月が居座っている。
その周りには星々が輝き、雲一つない夜空をのぞかせている。
最近はあまり天候が安定せずに、夜は大抵曇っていたから……。
今日はいい月見日和だ。
「……」
片手に、つい先ほど淹れたココアを持ったまま窓際で突っ立っている。
―のも数秒で、いつものソファに座りながら、そばに置いている小さな机の上にコップを置く。湯気の立ち上るそれは、猫舌の私はまだ飲めない。
それが冷えるまで、でもないが。
「……」
机の上に置いていた、スマホを手に取り、電源を入れる。
すぐに開けるようにと、配置されている黄緑のアイコンを触り。
開かれた画面の中から、妹の名前を探す。
「……」
とは言え、探すほどのこともなく。大抵一番上にいるので、数秒とかからない。
念のため、確認はする。以前間違えて送ったことがあるので、反省を踏まえてだ。
「……」
トーク画面を開き、文字を打ち込もうとキーパッドを開く。
―と、ふと、時計に目が止まる。
この時間なら、諸々終わっているはずだが……ふむ。
「……」
数秒逡巡したのち、キーパッドを閉じ、通話のアイコンを押す。
確認したいこともいくつかあるし、話した方が早い。
それに、なんとなく、今朝から妙な寂しさがわだかまっていたので。
声が聴きたい。
「……」
スマホを耳に当て、マグカップを手に取る。
まだ少し暑かったが、まぁ、この程度ならば飲み込める。
小さく一口流し込む。少し苦いココアがのどを通る。
数回、コール音が鳴る。
「……」
まだ、時間が早かったか、もう遅かったか。
まぁ、いいか。今度会うし……。
と。
スマホを耳元から話した瞬間。
コール音が途切れ。
『もしもし?』
と、声が聞こえた。
電話越しの声は、妹ではなく甥っ子のものだった。
しかしやけに高いトーンで聞こえてきた。電話越しの声は普段のものとは違うと言うが、こんなに異なるものなのか―と一瞬思いはしたが。
そういうことではなく。
「もしもし――?」
『うん!!』
すぐに聞きなれた声に戻る。
まだ変声期を迎えても居ない幼い声。
元々声が高い方なのか、知らない人には女の子と勘違いされるらしい。
世で言う女の子っぽいモノが好きなのも相まって。
「お母さんは?」
『いまねーおさらあらいしてる』
さっきの声は、母の―妹のマネだろう。
電話に出るときに、大人がよくする、トーンを上げたような。
余所行きのような声を出すのをみて。電話とは、こうして出るものなのだなとでも思ったのだろう。子供はほんとによく見ている。
「――は何してたの?」
『――はねぇ』
自分のことを名前で言うのは、だれの癖なんだろうか。まぁ、私も人のことは言えないが。
一人称どうのこうので責められる世の中では、もうないと思うが。
それも、そのうち変わっていくのかもしれない。今だけのことかもしれない。
まあ、可愛ければ何でもいい。……変態みたいだな。
「そおなの。楽しかった?」
『うん!あ!!』
心底そうであったと話す姿が容易に思い浮かぶほどの、元気な返事が返ってkた。
と、どうやら持ち主が戻ったようだ。
「忙しかった?」
『いや、大丈夫』
皿洗いが終わり、息子からはいと、スマホを渡されたらしい妹の声が聞こえる。
心なし鼻声のように聞こえるのは、気のせいだろうか。
「風邪でもひいたの?」
『いや、鼻が詰まってるだけ』
―夜だから。という妹。
そういえば、昔から朝晩はよくくしゃみをしたり、鼻をかんだりしていた。
そういう体質なのか、他に原因があるのかは分からないが。
未だに治っていないらしい。直すものでもないのかもしれないが。
「そういえば―」
つい先ほどの甥っ子の話から始まり。
他愛のない2人の会話がはじまる。
私はココアを飲みながら。
妹は飴でも食べて居るのか、時折何かが当たる軽い音が聞こえる。
「うん……へぇ……」
すこしして、甥っ子の声が後ろから聞こえた。
はいはいと、諭すような妹の声と共に。
元気な甥っ子の声が響いた。
『もしもし?』
また妹の真似。
思わず笑ってしまう、妹と私。
それからあっと言う間に時間は過ぎていった。
甥っ子が眠るまで、私と妹は話していた。
『―ん、そろそろねよかな』
「うん、おやすみ」
それだけ言って、あっさり通話は終わる。
いつもこんな感じだ。
わだかまっていた寂しさはなくなり、ほうと息をつく。
この気持ちのまま、眠りにつきたかったが。
それも少し惜しい気がして。
ぼんやりと、月を眺めていた。
お題:電話越しの声・余所行き・飴