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8話

 馬車で待つリーザは不安げに窓の外を覗く。

 本国からは「予定通り臨む」との連絡が入っていたが、昨日の出来事で会談が中止になる可能性は確かにあった。

 暗黒召喚士の不法侵入を許したのはむしろ教国側の落ち度であり、それ自体は責められる(いわ)れはない。

 問題は戦闘の内容で、アウトサイダーが初めて教国内に出現したこと。そして〈魔神〉と化したリーシュがそれを撃退したこと。

 蒔き散らされた破壊的な魔力は市街地にも届き、一般市民をも震え上がらせただろう。

 彼らを招き入れることで再びアウトサイダーが現れるかもしれない。それにより、もっと恐ろしい〈魔神〉が現れるかもしれない。

 戦争とは無関係だった教国が、情報しか知らなかったそれらを肌身に感じて、とても会談どころではない──とにかく遠ざけたいと考えるのは当然のことだ。


「やはり今回は諦めるしかないのでしょうか……」


 言うまでもなく停戦は一日も早い方がいい。しかし肝心の調停役に拒否されては、そもそも前段階の交渉すら始められない。

 リーザが悲しげに俯いたその時、急に外が騒がしくなった。

 何やら穏やかならぬ気配。彼女は慌てて馬車を降りようとしたが、ドアを開けたところで近衛騎士に止められた。

 

「危険ですので、どうかそのまま」

「何が起こったのです。爺やは?」


 近衛騎士は言いにくそうに、


「それが……()()しておられます」

「えっ……?」


 ドア越しに大きな声のする方を窺うと、その輪の中心にウォルトが。彼は大勢の神殿騎士に囲まれながら何やら喚いていた。


「何じゃそのへっぴり腰は。斬りかかる時は姿勢を低く──もっと重心を落とせ」


 様々な武器を手にした騎士達を相手に、ウォルトが素手で応戦している。

 剣戟(けんげき)(かわ)し、槍の柄を掴んで押し返し、足払いで転ばせる──その度にいちいち()()を加えて。


「やれやれ、本当にウルバン殿の指導を受けておるのか。経験が足りぬ以前の問題ぞ」


 そう言うと〈召剣〉を発動し、ウォルトもまた武器を手にした──が、それは訓練用の木剣であった。


「わ……我らを馬鹿にしているのか」


 激昂した騎士が剣を振り下ろす。しかし木剣で剣の腹を払うと、鋼のそれが真ん中からポッキリと折れた。


「なっ──」

「どんな武具にも弱い部位がある。装備で勝っていようと過信してはいかん」


 老齢であるウォルトの動きはさほど速く見えない。力はまだある方だが、怪力という程でもない。

 それでも攻撃は当たらず、逆に捕まっては投げられ、挙句の果てに取られた武器を返される屈辱まで味わう。

 たった一人を相手に神殿騎士達はまるで歯が立たなかった。


「おのれ!」


 斬り付けたのは団長のノイアー。渾身の力を込めた重い一撃だった。

 それすらもあっさりと受け止めつつ、一方でウォルトは初めて感嘆の声を漏らす。


「ほう。縁故や学歴だけで手にした地位ではなさそうじゃな」

「教国を守るべく培った力だ。断じて、あのような輩に聖なる地は踏ません!」

「若武者結構。今でなければ存分に相手をしてやるところじゃが」


 上の意向を確認せず先走った行動は、彼らなりに使命感に駆られてのこと。ウォルトにしてもそれ自体を強く否定する気はない。

 ノイアーを抑えたまま視線だけを背後に送ると、武器を構えて棒立ちする一団に尚も説く。


「何をしておる。敵が背中を見せたら好機であろう」

「う、後ろから攻撃しろと言うのか。我らにも神殿騎士としての誇りがある!」

「なに──?」


 ここは実力差を示し興奮した彼らを収めるだけで十分な場面であった。

 しかし名も知らぬ騎士の一言で途端にウォルトは不機嫌になり、ノイアーを押し返して距離を取る。木剣を異空間へ納めると、彼らを睨みつけながら言った。


「お主らは己の誇りと守るべきものを天秤にかけるのか」

 

 何かを守る戦いなら、まず優先すべきはその安全である。

 まして彼らからすれば遥か格上を相手にしているのだ。綺麗事を貫いてそれが叶う程戦場は甘くない。


「奇襲に騙し討ち。それをせずに敵を通すくらいなら、(わし)は一切躊躇(ちゅうちょ)せぬ。どんなことをしても──例え死んでも守る、それが儂の矜持(きょうじ)よ。

 我が姫の前で剣を抜いたのじゃ。覚悟はできていような」


 ウォルトは〈召剣〉を発動、今度は〈魔装具(グランツ)〉を呼ぶ。

 現れたのは重厚な両刃の剣、グレイブシーザーであった。それは敵を粉砕し墓すら不要にするという豪の大剣。


「う……うおおおっ」


 余りの迫力に身動き一つできない神殿騎士の中で、ノイアーだけがウォルトの()()()()斬りかかった。

 しかしその剣戟はウォルトの首へ届く前に止まる。


(たわむ)れは終わりじゃ。もう触れることさえできんぞ」


 〈絶対防壁(シールド)〉。それはウォルトの意図や所作とは無関係に全方向からの攻撃を遮断する。

 それでいて自由に反撃が可能であった。背後に一瞥すらなく繰り出された、グレイブシーザーの柄がノイアーの腹を(えぐ)る。


「ぐはっ」


 くの字に身体を折り曲げながら後方へ飛ばされるノイアー。

 ウォルトの矜持を体現したのはむしろノイアーの方であったが、老騎士はいとも容易く──しかも手を抜いた攻撃で(しの)いでみせた。

 そのまま(うずくま)り、若き騎士団長は悔しげに顔だけを上げる。

 やがて剣を支えに立ち上がろうとしたその時──彼は虚空を仰ぎ動きを止めた。魔法通信を受けたのだ。

 それに気付いたウォルトも剣を引く。


 「──はっ? いやしかしそれは……はい。いえ、聖女様の仰せに意を唱えるなど──」


 何やら不本意そうな表情でしばらく受け答えした後、ノイアーは立ち上がって剣を収め、恭しくその場に膝をついた。

 冷静さとともに丁寧な口調を取り戻した彼は、受けたばかりの指示について伝える。


「たいへん失礼を致しました。教皇聖下より、皆様を神殿へお連れせよとのことです」

「ほう、それは何より。会談は予定通りということじゃな」

「はい。但し、条件に変更が。リーシュ・フォレストを出席させて欲しいとのことです」

「──何じゃと? あの小僧をか」


 ウォルトが振り返ると、馬車を降りきょとんとした顔でこちらを見るリーザと目が合った。

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