4話
ララにはセシリアの言葉の意味が理解できなかった。
再生? 侵食?
それは敵の──アウトサイダーや呼び出した召喚士に対する説明ではなかったか。
そう言えば、他にも分からないことがある。
通信兵たる彼女に告げられた指令は、必要に応じて本国と連絡を取り、状況を説明した上で〈許可〉を得ること。しかしそれが何を意味するのか彼女は知らされていない。
ただ言われた通りに申請し、結果を伝達するだけだ。
「それはもういい。〈許可〉が下りないなら、このまま何とかするしかない」
セシリアは読心術でも心得ているのだろうか。ララが疑問に感じたことに、尋ねるまでもなく返してくれる。
「で、ですがどうやって」
「見ろ、あいつも馬鹿じゃない。だいぶ慣れてきたようだ」
セシリアの言う通り、リーシュは次第に触手の動きを先読みできるようになっていた。
それを引き付けてから躱し、数本を斬り捨てながら最短距離で本体へ詰める。
そして初めて、本体と思われる甲羅へとセラフクライムを突き立てた──が。
「かっ……てぇ!」
激しい金属音とともに剣は弾かれた。
勢いが付いていただけに反動も大きく、一瞬無防備になるも上手く甲羅を蹴って離脱。
追撃する触手をジグザグと器用に避けながら、距離を稼いでそのまま炎幕を飛び越え、リーシュはこちらに戻って来た。
「リーシュ! 大丈夫か」
「腕が……痺れた。〈許可〉は?」
「下りなかった。こちらの状況は把握しているはずだが」
「そうか。しょうがねえな」
意外にも愚痴の一つもこぼすことなく、あっさりとリーシュは納得した。
そして仲間の無事を確認すると、不安げな表情を浮かべるララに気付き、彼女へ優しく微笑みかける。
「悪いな、怖い思いさせて。でも必ず無事に帰してやるから、もう少しだけ待っててくれ」
そう言うと返事も待たずに再度、炎を飛び越え行ってしまった。
途端にララの頬に赤みが差す。
「全くあいつは──こんな時まで。自覚の無いのが余計にたちが悪い」
眉間にシワを寄せて嘆息すると、セシリアは気持ちを切り替えて再び敵へ視線を送った。
やはり本体の動きは鈍く、大きく距離を取れば追っても来ない。一瞬逃亡という選択肢も浮かんだが、目的と場所を考えればなるべく避けたいのが本音だ。
その時既にリーシュは戦線へ復帰し、セラフクライムを振るっていた。
完全に動きを掌握したのか、触手はもう当たらない。その代わりリーシュの剣戟もまた、甲羅には通らない。
「何か手はないでしょうか。このままだと……」
「同じことを何度やっても無駄──か? それはどうかな」
ララの心配は尤もだが、セシリアは何故か──今度は誇らしげにそれを否定した。
「その理屈はリーシュには当て嵌まらない」
セシリアの言葉を証明するかのように、ちょうどその時振り下ろした一撃が甲羅の一部を砕いた。
触手を躱してから再び接近、次の剣戟も甲羅へヒビを入れる。
どちらも特別な攻撃には見えなかった。
「セラフクライムの能力だ。私のヒートソウルと同じ〈魔装具〉だからな」
人間族の知識、小人族の技術、森人族の魔力が合わさって完成する特別な武具、それが〈魔装具〉である。
相応の代償と引き換えではあるものの、使用者の望む能力を付加できる。
リーシュのセラフクライムは攻撃する度に威力が増すのだ。
「あれだけの能力だ、当然代償は重い。発動中は逆に受けるダメージも増大する。しかし……」
そこでハッとしたようにララが言った。
「再生……」
「そういうことだ。リーシュのセラフクライムは、奴の特性と相性がいい。時間をかける程有利になる」
今度はまた複雑な色を浮かべ、セシリアはそう解説を加える。
ララは堪らず、
「リーシュ様が〈侵食〉されているというのはどういう意味なのですか。確か敵の召喚士も〈侵食〉されていたと」
耳の良いララにはリーシュと召喚士の会話も聞こえていた。敵についてセシリアは知らなかったようだが、その質問には答えられる。
「……リーシュはアウトサイダーに喰われかけた。幸い命は無事だったが──それ以来どういう訳か、アウトサイダーの能力が発現するするようになったんだ。
再生もその一つ。今から二年前のことだ」
それはセシリアにとっても苦い記憶。〈焔〉が全滅の危機に瀕した、最悪の出来事であった。
「本来、アウトサイダーに喰われた者はそのまま吸収されるか、新たなアウトサイダーと成り果てる。だがあいつは──自我を保ったまま、それに耐え続けている。
それでも少しずつ、奴の身体はアウトサイダー化が進んでいて、どんな治癒魔法も受け付けない。それを〈侵食〉と呼んでいるんだよ」
絶句するララ。リーシュとは今回の任務で初めて顔を合わせたが、そんな事情など微塵も感じさせなかった。
確かに人間族にしては魔力が高い。いや、高すぎるとは思っていた。
内外から〈魔神〉などと呼ばれていることも、元から持つ戦闘力だけでなく、そのような理由によるのものだとすれば納得がいく。
戦闘で有利に働くはずの能力を、セシリアが悲しそうに語った訳も。
「リーシュ様……」
このまま〈侵食〉が進めばリーシュはどうなってしまうのだろう。
ララは胸の前でぎゅっと拳を握った。
「──!?」
その時、突然広範囲に渡って甲羅が砕け散った。
遂に〈再生限界〉を超えたのかとララは一瞬誤解したが、リーシュの剣戟と甲羅の崩壊には明らかにズレがあった。
何より、敵の魔力が爆発的に増大していく。
そして甲羅の内側から、渦を巻く黒い物体が現れようとしている。
「まさか──」
ヒートソウルを落としそうになる程に呆然と、しかし声色だけは強くはっきりと、セシリアが叫ぶ。
「形態変化だと!? では奴は……Bランク以上!」
悪夢はまだ終わらないのか。ララはセシリアの腕を掴むことしかできなかった。