29話
会議室に一人ぽつんと残ったソフィア。
何やらしばらく考え込んでいたが、やがて顔を上げると誰もいない空間に向けて呼びかける。
「聞いていたんでしょう? 影の功労者さん」
すぐに返事は無かった。しかし彼女は構わず、
「会議の冒頭、今回の采配について真っ先に陛下からお褒めの言葉を頂戴したわ。つまり、貴方の」
イリアの能力で未だ繋がっている事は分かっている。今度は反応があるまで待った。
「……嫌だなあ、そんなたいした事してませんよ。〈時読み〉で知ってた事を話しただけで」
「そうかしら? 確かに『ベリアルが仲間を呼ぶ』事は知っていたようだけど、『どんな種類の敵が呼ばれるか』までは分からなかったように感じたけれど。
実際『姿の見えない敵』への対処は遅れ、『見える敵』に対しては、分類可能な特徴だけで的確に指示したんだから」
通信の相手は困ったように黙ったが、しばらくして諦めたように、
「一応、アウトサイダーの研究者ですから」
とだけ言った。
「あの時は私が戦場に気を取られ、目を離したせいで聖女様にお怪我を──本当に申し訳なく思っています」
「貴女のせいではありませんよ。イリアさんの事をよく知る僕でも、彼女の行動に先回りするのは難しい。それでリーシュ君が救われたんですから、イリアさんにとっては何よりの結果でしょうし」
声の主は少し笑ったようだった。その声色、話し方から柔らかい人間性が窺える。
「シオンさんと言いましたね。貴方は──いえ、貴方達は何者なの?」
イリアと、彼女が呼んだ声だけのシオン。ソフィアの博識や洞察力をもってしても、この二人については予想すら立てる事が出来ないでいた。
しかし今後の情勢を決定付ける程の重要人物である事だけは確かだ。
言葉を選んでいる様子ではあったが、ようやくシオンはポツポツと語り出した。
「僕達にはある目的がありまして……それを成すために〈時読み〉で得た知識をベースに行動しています。でも結果が変わるように干渉すると、その後はどんどんズレていく。
既に幾つか大きな干渉をやっちゃいましたし、イリアさんがリーシュ君に出会った事で、それは更に加速するでしょう。多分もう当てには出来ない──それでもこれ以上、〈時読み〉から逸れるのは避けたいんです」
それは今ここで、具体的に話せる事は何も無いという意味だろうか。
今度はソフィアが口を閉ざし、聞いた内容を頭の中で反芻する。本当に時が読めるなら聞きたい事は山程あるが、それを聞く事で結果が変わってしまうなら意味が無いようにも思う。
「貴方達は味方だと捉えていいかしら?」
詰まる所、一番重要なのはそこだった。特にイリアの能力は他に見られない稀有なもの。せめて敵であって欲しくはない。
それに対しシオンは「リーシュ君の味方です」と何とも解釈に困る答えを返した。
「いずれ、時が来たらちゃんとお話ししますよ。特に貴女には」
そう機先を制された事で、ソフィアはそれ以上深く追求出来なくなった。
それでも、このまま会話を終えるには惜しい。何とかして情報を引き出せないかと彼女は粘る。
「では既に起こった過去の話ならどう? アウトサイダー研究者だという貴方の知識と、考察力を活かして」
「そう来ましたか。やはり貴女は一筋縄ではいきませんね」
「いいじゃない。影響が出ない範囲でいいから」
ソフィアとしては謎が多いアウトサイダーの生態について何か一つでも、という程度の期待だったが──ここで予想外の回答を得た。
「内紛の事なら、〈時読み〉にはありませんよ。すでに結果が変わってしまった」
「──え?」
「確かにその兆候はありましたが、僕の知る世界ではベリアルは現れてすぐに咆哮を放った。それで宮殿は半壊し、ジェラルド、ダスティン両殿下が亡くなったんです」
まさに今、一番知りたかった情報。しかし同時に無意味なそれであると知ってしまった。
「ですから、内紛騒動はそこでおしまい。それまでの怪しい行動や要人の死など、全て闇の中です」
「そんな……」
ジェラルドを中心として〈革新派〉が何やら画策している事だけは分かっている。恐らくベリアルの襲来にさえ、彼等は関わっている。
しかしまだ不明な点が多すぎた。シオンの言い分と合わせて考えると、彼等は自ら仕掛けた策で命を落とした事になってしまう。
珍しく採るべき方針に迷いが生じ、顔を曇らせたきり口を噤むソフィア。そんな彼女の様子が伝わったのか、シオンは少しだけ救いの手を差し伸べた。
「貴女が考えている事は恐らく正しい。そして辻褄の合わない部分にこそ、真実を知る手掛かりがあります」
「……どういう事?」
「思い出して下さい、貴女の心に引っ掛かった出来事を全部。そして忘れて下さい、常識的な解釈だけでそれらを繋ごうとする姿勢を。
貴女は賢すぎる。人は、時に狂気とも呼べる不合理な行動を取る事があります。理屈じゃない部分を加味して初めて、全ては一本の線となる」
何ら具体性のない助言だったが、ソフィアは頭を殴られたような衝撃を受けた。
優秀であるが故に、セオリーから逸脱する勇気が持てない。参謀には時に奇抜な発想も必要だが、自分にはそれが足りない。密かな悩みを見透かされたような指摘だったからだ。
ソフィアは何とか気持ちを立て直し、言われた通り記憶を探る。
「不合理と言えば……最初のそれは、やっぱり教国に現れた暗黒召喚士かしら。アウトサイダーを呼び出すなら、普通に召喚魔法を使えばいい。自分を犠牲にする必要なんてないし、それこそ狂気の沙汰……」
ずっとそれが気になっていたソフィアである。
リーシュとセシリアを内紛の調査に回したのも、混乱に乗じたシャルムが、理屈の分からない方法を隠れ蓑に何か仕掛けて来るのを懸念したからだ。
「でも実際にそうしたからには、何か理由がある。それは一体何?」
それは自身への問いかけだったが、ソフィアは俯いたままなかなか答えに辿り着けない。
シオンは再び、今度はやや具体化してヒントを出した。
「ソフィアさんは召喚光が何なのかご存知ですか」
「召喚時に眩しく光る現象でしょう。それが何か?」
「他の方法が確立されていないのでそう言われていますが、正しくは現界と異界が繋がった瞬間に発光する現象です。つまり召喚である必要は無い。
そしてあの時呼び出されたアウトサイダーは、名をバルバスと言って、十年以上前に一度召喚されています」
「──!」
ベリアルの件と符合する。点と点が繋がる確かな予感。
ソフィアは誰もいないはずの空間を凝視した。
このシオンという男は、単に彼女の知らない知識を持つだけではない。恐らくそれを十二分に活かすだけの智謀の持ち主──。
「って、ああ……またやっちゃった。こうして情報を与えるだけでも十分干渉になります。駄目だなあ、僕」
声しか聞こえないのに、ソフィアにはまるで彼が頭を掻く姿が見えるようだった。




