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27話

 一方、こちらはメタトロン帝国、大会議室。

 皇帝ヨハネスを上座に、図らずも〈皇女派〉と〈革新派〉が向かい合って並んでいた。

 

「敵の言い分を信じるのか! どう見ても奴らの仕業だろう!」


 声を荒げたのはジェラルド・ローゼンハイン。ヨハネスの弟である。

 痩せ気味の皇帝と違い恰幅のよい体型で、歳は六十を数えるものの衰えを微塵も感じさせない。

 すぐ隣には、彼と対照的に如何にも気の弱そうな青年が所在なさげに座っていた。

 こちらはジェラルドの息子で、名をダスティンという。

 父が皇位継承権の第二位、息子が同三位。表だった呼称でこそないが、リーザを廃し彼等を次期皇帝に推す者達が〈革新派〉と呼ばれる。

 そちらに列する者は皆ジェラルドが発言する度にうんうんと頷き、威圧するように腕を組んだり、椅子に深くふんぞり返っていた。

 他方、〈皇女派〉は目を伏せるように大人しく、やや空席も目立つ。その中にあって、参謀長のソフィアは声のトーンを抑えつつも毅然と反論した。


「お言葉ですが、シャルムが主張する通り何も証拠がありません。それに彼等とて、停戦に合意してすぐ相手を攻撃するような愚を犯すでしょうか。

 余りにもリスクが大きい──そんな事をすればクレセント教国を敵に回すのは必至、戦に消極的だった他部族も一斉に立ち上がるでしょう」


 帝国の頭脳たる彼女に真っ向から否定されても、ジェラルドはまるで気にしていない。

 彼の発言に必要なのは根拠でなく、傲慢なまでの自信だけだ。


「アウトサイダーが出現したのだぞ!? これ以上の証拠が何処にある」

「初見であれば、確かに仰せの通りです。ですがベリアルは三十年前に一度召喚され、異界に戻されることなく野生化したアウトサイダー。失われた魔物達(ロストエネミー)はこれまでも、突然私達の目の前に現れるケースがありました」

「今回もそうだと?」

「確証はありませんが……少なくとも黒森人族(ダークエルフ)の侵入を許した形跡が無い以上、彼等を疑うのはまだ早計です。

 勿論、そもそも三十年前の召喚が引金となったのは事実ですから、責任が何も無い訳ではありません。ですがそれを以て、停戦協定に違反したと断ずる理由にはなりません」


 停戦後もアウトサイダーへの対処は残る。それを承知で協定を結んだ事は周知の事実であった。

 さすがに閉口するか、またはむきになって更に畳み掛けるか──ジェラルドをよく知る者達はそう予想したが、どちらでもなかった。


「ふん……ならば、それはまあ良い。しかしもっと大きな問題があるぞ」


 意外にもあっさりと納得し、別の話に転化したジェラルド。それにソフィアは違和感を覚える。

 僅かだが確かに、その顔に笑みが浮かんだのを彼女は見逃さなかった。


「無論、〈魔神〉の件だ。奴は一瞬、アウトサイダー化したというではないか。何故処分しない」


 隣でリーザが顔色を変えたのが分かった。まるで家畜に対するような言い方に眉をひそめながらも、ソフィアは努めて冷静に応じる。


「リーシュは今、魔法開発局〈(バベル)〉による検査を受けています。判断はその結果を待ってからでも遅くはありません。

 彼は貴重な戦力──これまで何度も、私達はそれに助けられてきました。〈侵食〉が止まったのであれば、私はすぐにでも彼を部隊に戻します。勿論、仲間として」

「感傷だな。帝国を危険に晒すつもりか」

「この状況で彼を処断する方が、帝国にとってリスクが高いと考えます」

「貴様──!」

「よさんか」


 思わず立ち上がりそうになるジェラルドを、ヨハネスが制した。


「国を束ねる者として、まずは前線に立った戦士達を労うのが先であろう。彼等のおかげで、危機的状況にありながら最小限の被害で切り抜けられたのだ」


 ため息交じりに皇帝はそう続ける。

 確かに三十年前の惨劇を思えば、混乱による負傷者は出たものの死者は皆無。広場こそほぼ壊滅状態だが、王宮は爆風でガラスが割れた程度に留まり、何より厄災とまで言われたベリアルを撃破出来たのだから、戦果としては奇跡に近いだろう。


「特にリーシュ・フォレストの功は大きい。余としても出来れば彼を処したくはない。〈(バベル)〉の報告を待とうではないか」

「兄上は甘すぎるのです。そんな事だから、ダラダラと四十年も戦争する羽目になった。初めから総力を上げて叩いておれば、シャルムなどに遅れを取る事も無かったでしょう」


 兄とはいえ皇帝にさえ噛み付くジェラルド。

 統率者としての在り方へ話が巧みにすり替えられた事で、ソフィアはある確信を抱く。


(もう隠す気さえないようね)


 一見〈皇女派〉対〈革新派〉の構図を見せる内紛だが、ジェラルドは端からリーザなど相手にしていない。

 抑え切れない程の野心、そして自信。ヨハネス亡き後の皇位継承ではなく、可能なら今すぐにでもその椅子を奪い取る──それは考え得る限り最悪の事態だ。

 看過する事など出来ようはずがなかった。ソフィアは口元を引き締め、それを阻止するため思考を巡らせる。

 その時、


「いやはや……遅くなって済まんのう」


 場の空気を全く読めない(とぼ)けた声を上げて、一人の老人が入室して来た。

 

「やる事が次から次へと──全くかなわんわ」


 魔法開発局〈(バベル)〉、その局長デマルケス・エスターライヒ。言葉とは裏腹に全く困った様子でもなく、彼は空いていたソフィアの隣へと腰掛けた。

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