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25話

 同じ敵を千回斬った事は無い。

 攻撃力増加の仕組みは判然としないが、アルカディアに存在する全ての魔法、そして剣技を遥かに凌駕する破壊力となった事は疑いようがなかった。

 まさに木っ端微塵──文字通りバラバラになって、ベリアルは夕暮れ近い空へと散る。


「やった……のか」


 衝撃から身を守っていたセシリアが防御姿勢を解き、上空を見上げた。

 同じく地面に伏せながら顔だけを上げるジェイ。

 そこへ、力を使い果たしたのだろう、黒い騎士が項垂(うなだ)れたままゆっくりと下降して来る。そして彼等の側へ降り立つや否や昏倒した。


「リーシュ!」


 すぐさま駆け寄る彼等だったが、何やら様子がおかしい。リーシュの髪が依然黒く、いつもの金髪に戻っていない。

 納剣する余裕も無かったのか、横に転がるセラフクライムでさえ黒剣と化したまま。


「〈解放〉──戻っとらんやんけ」

「リーシュ、しっかりしろ!」


 セシリアが肩に手をかけ呼びかけたその時、それをかき消すような(おぞ)ましい雄叫びがエデンを貫く。

 慌てて振り返ると、原型を留めぬまでに破壊され、殆どの部位が魔力へと還る一方で、半分程吹き飛ばされたベリアルの頭部だけが空中に残ったまま浮いているのが見えた。

 そしてその眼が怪しく光ったかと思うと、何と消えかけていたはずの魔力が再び息を吹き返したのだ。


「おいおい……嘘やろ」

「まさかあの状態から……再生するのか!?」


 さすがに瞬時という訳ではなかったが、それでも少しずつ、傷口が不気味に(うごめ)き修復し始めている。

 一体何がそこまでさせるのか──もはや呆然と眺めるしかない衆人環視の中で唯一人、それに反応した人物がいた。ウォルトだ。


「残念じゃが続きはもう無い。終わりじゃ」


 宙に浮かぶ頭部の更に上から、彼はグレイブシーザーを高く掲げ、一気に力を解放した。

 悪夢のような過去を払拭するために。止まっていた時間を動かすために。

 妻のバネッサ、娘のミナ。そしてベリアルに人生を閉ざされた者達全ての無念を背負い、放たれた至高の剣技──。

 殲撃、〈一刀破斬〉!


「グアア……」


 それは半分になった頭部を更に両断した。

 これまでも人に似た感情を覗かせたベリアルだったが──最後に見せたのは確かに()()だった。

 誰もが直感的にそれを認める中、断末魔の金切り声を上げながら、厄災ベリアルに真の終焉が訪れる。


「終わった……んか? 今度こそ」

「ああ、恐らく……」


 ベリアルの魔力が完全に消失。帝国の勝利である。

 しかし何処からも勝鬨(かちどき)は上がらなかった。

 危機を乗り越えたという実感がまるで無いのだ。誰もがただ呆然自失と立ち尽くしたまま。


「ぐ……ああああッ!」


 その時、目覚めたリーシュが左腕を押さえながら突然絶叫した。

 余程痛むのか、それとも何か別の要因か──辺りを転げ回り、とにかくその苦しみ方が尋常では無い。


「リーシュっ!」


 手を伸ばすセシリアを乱暴に振り払い、尚も苦しみ続けるリーシュ。

 次の瞬間、左腕が裂けた──いや、裂けたのは服の袖で、それが倍程の大きさに膨れ上がった。

 更には、幾つかに枝分かれし、関節で無い部分が曲がり、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ひいっ」


 ジェイが腰を抜かし、セシリアも目を丸くして固まった。


「なんだ……よ、これ……」


 リーシュは、ついさっきまで自分の左腕だったものを引き剥がそうと、右の手で力一杯掴む。

 血が(にじ)む程に──構わず更に力を込めると、グシャと嫌な音を立ててその右手が潰れた。


「ここまでか」


 そこへ、グレイブシーザーを携えたウォルトがゆっくりと降り立つ。そしてリーシュに歩み寄ると彼に剣先を向けた。


「ウォルト様、何を」

「そこを退け。見た通りもはや限界じゃ。処断する」

「な──」


 真っ青になりながら、しかしそれでも必死の形相で老戦士の前に立ちはだかるセシリア。


「お……お待ち下さい! リーシュはまだ──」

「〈魔神〉の力は最大限利用する。じゃが少しでもアウトサイダーの兆候が見られたら直ちに処す。そう決まっておったはずじゃ」


 眉ひとつ動かさず、冷淡にそう告げるとウォルトは剣を構えた。

 ウォルトを止める。或いはリーシュを逃がす。しかしどうやって──。

 完全にパニックに陥ったセシリアの横を、誰かがそっと通り抜けた。

 ヨロヨロと、しかし何者も拒めない強い意志の力を(まと)って──ウォルトでさえ一瞬それに目を奪われた。


「聖女──様!?」


 イリアだった。

 灰色の髪から覗く碧眼は真っ直ぐにリーシュを見つめ、()()に変貌しようとしている彼へ迷わず近付く。

 

「いけません、聖女様。治癒魔法は施しましたがあくまでも応急処置。まだ動ける程では──」


 セシリアの制止に全く耳を傾けず、リーシュの首に両手を回すイリア。

 そして顔を寄せると──その唇に自らのそれを重ねた。


「──!?」


 時が止まった。

 それを見ていた全ての者が思考を奪われた。

 リーシュの身体から力が抜け落ちていく。


(イリ……ア?)

(大丈夫。大丈夫だよ、リーシュ。私がいるから)


 殺伐とした戦場に柔らかい風が吹き抜ける。

 厳しい冬が、移ろいを飛ばして急に春へと変わったように。

 次第に痛みが引き、呼吸が落ち着き、破裂寸前だった脈動も少しずつ収まり──。

 やがて髪は美しい金髪に、瞳は淡いブラウンに。そして禍々しく変貌した左腕でさえ本来のそれに。

 決して越えてはならない境界から、リーシュは戻って来た。

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