24話
それは純粋な黒ではない。
幾つもの色が混ざり合った結果生まれる、混沌の漆黒。その軌跡が残像となって空に不吉な模様を描く。
〈解放〉したリーシュは、破壊的な魔力を放出しながら再びベリアルと対峙──幾重にもその身体を切り裂いた。
ベリアルも完全に標的を固定し、牙や鋭利な尾で反撃を試みる。だがリーシュには掠りもしない。
余りのスピードに、地上にいる者達はまともに目で追うことさえ出来なかった。
「浮遊魔法かい。あいつ、いつの間に」
「違う。あれはもっと上の──〈飛翔魔法〉だ。だがそんな事より……」
無敵に見えたベリアルに対し、リーシュの剣は初撃から手傷を負わせた。
斬りつける度に褐色の液体が飛散する。しかしすぐに全ての傷口が塞がってしまう。
(異常な再生速度──そういう事か)
これまでも、攻撃が効いていない訳ではなかったのだ。ただ強すぎる再生能力のせいで、ダメージを受けた次の瞬間にはもう回復していた。
それが、〈魔神〉の強烈な攻撃を受ける事で僅かに時間を要するようになり、ようやく可視化されたのだとセシリアは思い至った。
(並のアウトサイダーならあの一振りで軽く粉砕している……何て奴だ)
ベリアルの能力で真に恐れるべきなのは咆哮や仲間の増殖では無かった。こちらの戦意を挫く程の再生能力──だがリーシュにもセラフクライムがある。
永遠に不毛な攻防が続く訳ではないだろう。このまま攻撃し続ければ、ベリアルとていずれ〈再生限界〉を迎えるはずだ。
しかしそれがいつの事なのか──数分後か、数時間後か、或いは丸一日経った後か。
〈侵食〉のリスクを持つリーシュと、一体どちらが先にその時を迎えるのか、誰にも予想がつかなかった。
そこへ──。
「ベリアルッ──!!」
呆然と見守るしか無かったセシリアとジェイ。そして帝国兵の面々も、一斉にそれを認めた。
常識外れな魔力が交錯する中にあって、感知させるに十分なそれを放ち、王宮のテラス部分に現れた男。
ウォルト・ヘルベルグ──〈武神〉の参戦である。
「此度は絶対に逃がしはせぬ。覚悟せい」
「グアア……」
その瞬間、ベリアルが豹変した。
目の前の〈魔神〉を無視、まるでウォルトこそがベリアルの仇であるかのように、明確な殺気を放ってその身を反転させたのだ。
「久しぶり……じゃの。はて、右の羽根が一枚足りぬようじゃが、一体どうした?」
逸る気持ちを抑えるように語気を落として、ウォルトは不敵な笑みを浮かべた。
この距離で聞こえたのか、そもそも言語を理解しているのか──確かにベリアルはそれに反応し、怒りに身体を震わせながら魔力を口腔に集中させ──遂にこの時が来た。
「──咆哮!」
「させるかよ」
異口同音、眼下で重なる絶叫へ呼応するようにリーシュがベリアルの背後から斬りつける。
たが竜種のアウトサイダーはそれすらも放置、体勢を維持したまま魔力を高めていく。
その正面でグレイブシーザーを構えるウォルトは、ちらりと戦場を一瞥すると、状況をたちまち把握した。
(仲間を呼んだか──じゃがそれもほぼ片が付いたようじゃ。今回は共に戦える者達がいる。決して同じ轍は踏まぬ)
三十年前、彼は苦すぎる敗北を機に〈焔〉を立ち上げた。
仲間が集い、後進が育ち、その他の部隊もここまで戦えるようになった。
中でも特に──本人の望む形では無いにせよ──黒い騎士はもはや帝国にとって無二の戦力だ。
「くそ……この野郎、やめろって言ってんだろうが」
「構わん、撃たせろ!」
遮二無二斬りつけるリーシュに、ウォルトから思わぬ指示が飛ぶ。
リーシュがベリアル越しに認めたウォルトは、剣を高く突き出すように構え、腰を落としタイミングを図っていた。
「いいか小僧! 奴は咆哮を吐いた直後、再生能力が極端に落ちる。そこに最大火力を叩き込め」
そしてベリアルが咆哮を放つのと同時に、ウォルトは躱すどころかそれに向けて突撃。言霊と共に彼の代名詞とも言える技を繰り出す。
「〈絶対防壁〉!」
ウォルトとベリアルの間に赤い菱形の模様が浮かび上がる。それは一瞬で数を増やし、互いに連なって更に巨大な菱形の壁を形成した。
そして──衝突。破壊の波動が眩い光を伴ってビリビリと大気を震わせる。
誰もが抱いた数秒先の予想を覆し、そこから漏れ出る僅かなエネルギーさえ〈絶対防壁〉は背後に通さない。
「と……止めた!?」
信じられない光景に驚愕するセシリア達。
ベリアルもそれに驚いたのか、身体を仰け反らせると甲高い雄叫びを上げた。
すると生き残りのアウトサイダーが全て、蒸発するように魔力へと姿を変え、ベリアルに吸い寄せられていく。
そして再びベリアル自身の力となって、未だ消えない咆哮を後押し。光の帯がより強く輝いた。
「分かっておらぬな、このために用意した技じゃぞ。力の多寡でどうにか出来る代物ではないわ」
〈絶対防壁〉の後ろでウォルトは剣を高く振り上げた。
すると壁に堰き止められた光が跳ね飛ばされ、今度は遥か上空の結界に衝突。轟音と共にそれを突き破って消えた。
「今じゃ、小僧!」
最大の好機。次がある保証は無い。
リーシュはセラフクライムを手に何度目か分からぬ突撃を試みる──が、攻撃の選択に迷いがあった。
「リーシュ君、魔法です。魔法を使って下さい」
そこへ突然、頭の中に直接語りかけるような指示が響く。
魔法通信──だが知らない声だ。緊迫感はあるが落ち着いており、こんな状況だというのにどこか温かみさえ感じる。
「だ──誰だ!?」
「自己紹介している暇はありません。さあ、早く」
「急にそんな事言われても──俺は魔法が使えないんだ」
「逆ですよ。今の貴方に使えない魔法は無い」
息を飲むリーシュ。
理屈として理解した訳ではなかったが、魔神化した際に何となく感じていた違和感──リーシュはそれを否定出来ない。
「術式の展開、イメージはこちらでサポートします。頭に浮かんだ言霊を復唱して下さい。行きますよ──」
「ちょ、ちょっと待──」
まるで状況が分からない。だが考える時間も、精神的な余裕も無かった。
意思に依らず自然と脳裏に刻まれるイメージ。半ば無理矢理だったが──次の瞬間、リーシュには敵を討つまでの道筋がはっきりと見えた。
咎人は終焉の鐘を鳴らす。
背神の摂理、奉魔の秩序。
刹那に封されし永遠の時流で。
せめて無となり追憶の彼方へ──。
「〈熾天使の反逆〉!」
高難易度の時間圧縮魔法が発動、それはリーシュの固有時間を僅かな一瞬へと押し込める。
さらに〈魔装具〉たるセラフクライムの能力は、斬る程にその威力を高め、戦闘終了までリセットされない。 それらの特性が合わさる事で顕現した、最大手数にして一撃必殺となる矛盾の奥義──。
一秒間に千の斬撃!
太陽のような閃光と爆炎がエデンの空に広がった。




