22話
「どうなってんだよ……こいつ」
エデン上空で切り結ぶ、騎士と竜。
もう互いに何十と攻撃を加えているが、両者無傷。
否、リーシュがダメージを受けても再生しているのに対し、ベリアルには攻撃そのものがまるで通っていないように見えた。
「手応えはあるのに」
剣戟を弾かれたり、躱されている訳でも、まして先のアウトサイダーのように透過している訳でも無い。ターゲットとしてベリアルは余りに巨大で、接近戦なら攻撃を外す方が難しい。
更にリーシュが手にするのは攻撃する度に威力を増すセラフクライムである。にも関わらず、一向に成果が表れない。
これまで戦ってきた敵とは何か違う──それは確かだが理由が分からない。
そんな薄気味悪さが少しずつリーシュを焦らせていた。
「グアア……」
低く唸ったと見るや、地上に視線を落とすベリアル。
敵は度々地上を狙う素振りを見せた。
その地上では仲間達が懸命に敵の攻撃を防いでいる。咆哮でも先程の仲間呼びでも、させる訳にはいかない。
「この野郎──俺一人で満足してろよ」
まるで自分など眼中に無いかのような振る舞いにリーシュは苛立ち、首筋へ鋭い一撃。
敵はこちらに視線を移したが、やはりノーダメージである。
リーシュの役割はベリアルの注意を引く事ではない。倒す事だ。このままでは悪戯に時間が過ぎるだけ。
かと言って地上部隊が総掛かりでも、それにセシリアやジェイが加わっても、恐らくこの敵は倒せないだろう。
可能性があるとすれば方法はひとつしかなかった。
「やるか、今。だけど……」
再三注意されているように、魔神の力はそう長くは使えない。リーシュは慎重にタイミングを計っていた。
その時、眼下で轟音が鳴り響き、その衝撃が上空にまで届く。セシリアの仕掛けた広範囲爆発である。
ベリアルの注意が完全に下を向いた。
「チャンス──」
リーシュは一息に距離を詰め、またしても首を狙う。今持てる力の全てを込めて──これで無傷ならもう迷っている時間は無い。
「──!?」
だが剣を高く振り上げたその時、ベリアルの身体を無数に覆う眼が一斉にリーシュを捉えた。
アウトサイダーの特徴でもある不気味な眼。それは顔の眼とは違い、見るためにあるのではない。反対に急所にもならない。
恐らく敵の能力に関わる象徴的な何か、それが対アウトサイダー研究の出した結論のはずだった。しかし──。
初めて眼が合った。
何かされた訳では無い。だが一瞬リーシュは動揺し、その隙を突かれた。反応が遅れ、死角から放たれた尾の一撃を躱すことが出来なかったのだ。
途轍もなく重い一撃──まるで羽虫でも叩き落とすかのように、リーシュは地上へ一直線。爆発の影響で石畳のめくれた広場へと落下した。
「リーシュ!」
「痛ってえ……」
咄嗟にガードした右腕の骨が砕けた。落下によるダメージもあるだろう。
普通の人間なら戦闘続行は難しい負傷──だがこのレベルでも、時間が経てば傷は完全に癒える。
瓦礫の中からゆっくりと身体を起こすと、セシリアとジェイがこちらへ走って来るのが見えた。
ベリアルに集中していたためようやく気付いたが、地上の敵はかなり数を減らしたようだ。 〈焔〉の同期、そして帝国兵の奮闘によるものに違いない。
ここから先は自分が──好機だというのに追撃しようともしない空の敵をリーシュは睨み付けた。
「ウガアッ──」
その時、瓦礫の影から何か飛び出した。
生き残りのアウトサイダー。二足歩行タイプで、右腕だけ異常に発達したような、何とも例えようがない生物。
探知能力に乏しいリーシュは姿を見るまで気付かなかった。振り下ろされた右腕の先には鋭い爪が光る。
セシリア達があっと声を上げた次の瞬間──敵とリーシュの間に割り込む人影が。
「な──に!?」
それはここにいるはずの無い人物──聖女イリアだった。
「リー……シュ……」
鮮血が飛び散る。
爪は彼女の背中を斬り裂いていた。
「てめえ!」
襲って来た怪物を一撃で斬り伏せ、リーシュは倒れるイリアを慌てて抱き止める。
「何でここに……てか、何やってんだよ!」
突然の事態に頭が追い付かない。
一方聖女は、腕の中で真っ直ぐにリーシュを見つめぼそりと口を開いた。
「だい……じょうぶ? 怪我は……してない?」
絶句するリーシュ。
イリアは力なく右手を伸ばし、リーシュの頬に触れようとした。
目を見開いたまま、リーシュはただその手を取る。
「聖女様! 一体何故──まさかリーシュを庇ったのですか!?」
駆けつけたセシリアが悲鳴のように叫んだ。聖女の行動は無謀、というより全く理解できない。
「リーシュなら大丈夫です。例え傷を負ってもすぐに回復します。実際今も──」
「違う……違うよセシリア。リーシュだって怖いの。攻撃されたら……痛いし、血だって出るし……」
今度はセシリアが言葉を失った。
確かにリーシュには再生能力がある。しかし攻撃されれば痛みは感じる。
リーシュは元々誰よりも先に敵へ切り込むタイプだった。魔神の力を得てからはそれがより顕著になった。
部隊の盾役として、リーシュ程相応しい者はいないだろう。それは本人も自覚しており、だからこそ得体の知れない敵とも真っ先に対峙する。
戦術としても理に適っており、彼の行動に疑問や引け目を感じる者は少なかった。そしていつの間にか、それが普通になった。
だが決して当たり前では無かったのだ。
どれだけ余裕ぶって見せようが、精神的には普通の人間と何も変わらない。イリアが言うように恐怖もあったに違いない。
セシリアだけでなく帝国の人間全て、恐らくリーシュ本人でさえ失念していた事実に、たったひとり──イリアだけが気付いていた。
「イリアを頼む」
静かにそう告げると、リーシュはそっとイリアを寝かせて歩き出す。
生き残った数体のアウトサイダーがすぐに彼を取り囲むも、異様な気配を察知してその場に固まった。
リーシュは敵の前を素通りし、空を見上げながら短く言霊を吐く。
「〈解放〉──」




