2話
招かれざる者達。
それは暗黒魔法により召喚された異形の者達。
帝国が有利に進めていた戦況を一瞬で塗り替えた、敵国シャルムの切札である。
しかしここは自国でもなければ敵国でもない。完全な第三国だ。
確かにそれへの備えとして派遣されはしたが、当然の如く疑問が湧く──何故ここで。
次の瞬間、光の中から黒い影が飛び出した。
何か大きな生物が、と見えたのも刹那、それは狼の群れであった。
否、狼ではない。狼のような何かだ。
顔つきこそ狼に似ているが、頭に覗く二本の角はまるで山羊。尻尾の付いた四足歩行は見慣れた外見ながら、生理的に激しい嫌悪感が沸き起こる。
アルカディアに生息する如何なる動物とも違う、そう断じるのに時間は必要なかった。
その生物の胴体には──幾つもの〈眼〉があるのだ。
「ひいいっ」
初めて見た通信兵達の狼狽は尋常でない。意味もなく右へ左へ、散り散りに逃げようとする。
しかしそんな彼らに向かって、有無を言わさぬ迫力で指示を飛ばすセシリア。
「岩肌を背に固まれ! 正面で対処できるよう互いの死角をカバーするんだ」
非戦闘員とはいえ最低限の武装はしている。彼らは訳も分からぬまま言われた通りに後退し、抜剣した。
こちらが戦闘員であるかどうかなど敵には関係ない。敵と味方が邂逅すれば、そこが何処であれ戦場である。
自分の身は自分で守れ、と言外に突き放しつつも、セシリアは敵の動きと彼らの位置を把握。その中間へ位置取りを変えた。
「気をつけろ、奴らは見境ないぞ」
アウトサイダーは人を襲いそして喰らう。だが真に人々を恐れさせるのは、それが純粋な食欲に依らないからだ。
明確な敵意、或いは憎悪。
涎とともに奇声を発しながら向かって来る。
しかし女騎士は──そして既に光の近くまで詰めていたリーシュも、帯剣していなかった。
渡台詞のようにまずリーシュが叫ぶ。
「〈召剣〉、セラフクライム!」
すると何も無い虚空から〈剣〉が現れた。左手で瞬時にそれを掴むと、そのまま手近な狼に向けて振り下ろす。
「〈召槍〉、ヒートソウル!」
セシリアの手には〈槍〉が。それを両手に持ち、重量を感じさせない手さばきでクルクルと回転させ身構える。
武具召喚。〈焔〉の騎士には習得が必須となる魔法であった。
それにより進軍時の装備重量を軽減し、敵に奪われるリスクも回避。上級者であれば複数の武具を自在に入れ替えることも可能だ。
「こんなトコまで──冗談じゃねえ」
一匹を斬り伏せた後、リーシュは右へ飛び別の狼を斬り伏せ──次の瞬間には左へ、その背後へ、上空に跳ねた敵へ。目にも止まらぬ連撃を繰り出した。
背後には通さないと言わんばかりに次々と狼達を屠っていく。
しかし数が多過ぎた。どれだけやられても、光から無限に狼が湧いてくる。
何匹かが標的を変え、迎撃態勢を取るセシリアの下へ。
「炎槍──横薙ぎ」
彼女は槍先を右から左へ一閃、すると触れてもいない狼達が一瞬で爆炎に呑まれた。槍術と魔法を組み合わせた闘技である。
「リーシュ、一旦引け」
「くそっ」
背後からの指示に合わせて大きく後ろへ跳躍し、リーシュはセシリアの隣へ着地。すぐに剣を構え威嚇すると、敵もまた距離を保ったまま静止した。
「キリがねえ」
「近くに召喚士がいるはずだ。魔力を──」
探れ、と言いかけて口を噤んだセシリアは、目を閉じて集中する。
「あそこだ。二時の方向、並んだ岩の影」
「よし! ここは頼んだぜ」
セシリアの指し示す方へリーシュは飛んだ。およそ人間とは思えぬ跳躍力だ。
それが合図だったかのように、狼のような何かの群れも再び動き出した。
しかしセシリアは炎を付加した槍で応戦。範囲攻撃を多用し敵を寄せ付けない。
「すごい……」
そんな彼らの後ろで呆然と立ち尽くす者達。通信兵のララが感嘆の声を漏らした。
ハーフエルフである彼女は純粋な人間族より目も耳もいい。それでも目の前で起こる出来事を全て追うのは困難だった。
初めて見るアウトサイダーに混乱こそしたものの、それ以上に強い二人の騎士──実際に彼らの下へは一匹たりとも敵は来なかった。
二人にとって個々の強さは問題ないレベルなのだろう。つまりその数だけが厄介なのだ。
たがそれも、唐突に解決した。
「えっ……」
直視できない程の輝きを放っていた光が、何の前触れもなく消えた。同時に、数十匹はいたであろう狼達までも忽然と消え失せたのである。
ララは再び混乱したが、セシリアの一言ですぐにその理由を知った。
「召喚士をやったようだな──殺してないといいが」
今の今まで怪物達とやり合っていた事実など無いかのように、セシリアは落ち着き払っていた。
この争乱の故を引き起こした本人から聞き出す──次にやるべきことへ頭を切り替えたその時、そんな彼女でさえ驚愕させる事態が起こる。
「あれは──!」
リーシュに示した岩影から、新たな召喚光が発せられたのだ。先刻のそれとは違い一瞬で消え──代わりに膨れ上がる禍々しい魔力。
「まさか……上位種か!」
目まぐるしく状況が動く。それも最悪の方向へ。