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18話

 アウトサイダー襲来の少し前。

 宮殿の最奥、皇族の居住区では、塞ぎ込む皇女を二人の男が必死に(なだ)めていた。


「リーザよ。気持ちは分かるが、いい加減顔を上げたらどうだ」


 ため息混じりにそう語りかけたのはヨハネス・ローゼンハイン。戦時にありながら民政家として領民に慕われ、家臣からの信頼も厚いメタトロン帝国皇帝である。

 ただ一点、四十を過ぎてから生まれた待望の嫡子ということもあり、彼はリーザに甘かった。

 (もっと)もリーザの方は、そんな環境下でも向上心や自立心が強く、自らを厳しく律する女性へと成長した。傍から見れば誇るべきことのはずだが、今回に限ってはそれが彼女を苦しめる要因になっている。


「そなたの功績はまさに歴史的偉業と言っていい。民も皆喜んでおるではないか」

「陛下の仰る通りですぞ。誰にも止められなかった戦乱を停戦に導いたのは、姫様の機転があってこそ。何も気に病まれる必要はございませぬ」


 傍に控えるウォルトも、交渉が終わったその時からずっと、もはや声が枯れる程に皇女を励まし続けていた。

 しかし当の本人には全く響いていないようである。


「……私は皇女である前に一人の人間として、言ってはならないことを申しました。彼を傷つけてまで得られた成果に何の意味がありましょう」


 一般論としての人ではなく彼と限定する辺り、そこには特別な感情も働いて尚更重いのだろう。

 発言自体が正論だったとしても、どうしてもリーシュを奪われたくない──その気持ちがきっかけになったことを彼女は自覚している。そして、利己的なそれによってリーシュを傷つけたと思い込んでいる。

 皇女の意を察して、ウォルトは無理に笑い飛ばした。


「いやいや。あの程度で傷つく程、彼奴は繊細ではありませぬ。きっと今頃、いつものように女の尻でも追いかけて高笑いしておるに決まっております」


 これは悪手だ。本当なら今すぐにでもリーシュと会ってもう一度謝りたいが、リーザの立場上それは簡単ではない。

 ウォルトの発言が事実でも嘘でも、皇女のモヤモヤを更に大きくするだけ。少しでも罪悪感を和らげようとしたのだろうが、その狙いは見事に失敗した。

 悲しみより怒りの方がマシと期待したヨハネスの想いも虚しく裏切られ、リーザは余計に項垂(うなだ)れてしまう。


「これ、ウォルト!」

「あ、いや……これは何と言うかその……」


 その時である。

 リーシュ達を襲った魔力の波動が彼らの身にも降り掛かった。

 急に騒がしくなる宮殿内。鳴り響く警報とともに、数名の近衛騎士が慌ただしく部屋に駆け込む。


「陛下!」

「これは……何事だ」

「近くに巨大な魔力反応が! 〈(アウル)〉が向かいましたが、ともかくご避難を」 

「そんな──お父様!」


 さすがにリーザも顔を上げ、父の傍へ。

 そして目線を移すと、まるで時が止まったように身動き一つしないウォルトの姿が。


「爺……や?」


 老戦士は鋭い眼光で虚空を睨み、きつく歯を噛み締めたまま、彼女の呼びかけに対しても動かない。

 かつて〈武神〉と呼ばれ、人々から畏敬の念を集めた頃に立ち戻ったかのように──それはリーザの知るウォルトではなかった。


()()()()!」

「えっ……?」


 突然ウォルトの口から飛び出した単語の意味が分からずに、リーザは聞き返す。が、同時に椅子から飛び上がらんばかりに──いや、実際に立ち上がってヨハネスが叫んだ。


「ベリアルだと!? そんな馬鹿な!」

「この魔力。奴は……奴だけは、間違えようがありませぬ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 初めて召喚されたアウトサイダー。

 それは当時まだ地上にあったエデンを急襲し、壊滅的な被害を(もたら)した。

 後にベリアルと名付けられた怪物が、三十年の時を経て今ここに、再び現れたのだ。



──────────



「シオン! ねえ聞こえてる? シオンってば!」


 それまでの言動からリーシュを追うと思われた聖女イリアは、会議室に留まったまま誰かを呼び続けていた。


「あいつが来るのはもっと先のはずだった。どうすればいいの? 返事をして──シオン!」

「聖女様、ここは危険です。早く安全な場所へ!」


 ソフィアは話を聞こうとしないイリアを半ば強引に連れ出し、作戦本会議室へ向けて移動した。

 参謀本部〈(ステラ)〉、諜報部〈(アウル)〉、他にも衛兵や魔法士、通信兵などが宮殿内を慌ただしく行き交う。

 その間もイリアは呼びかけをやめなかった。


(私達の使う魔法通信じゃない。シオン? 一体何者……)


 気にはなったが、今はそれどころではない。目的の会議室に到着するや否や、ソフィアは各部隊に対して次々と指示を飛ばす。

 

「イリア……」


 聖女の腕の中で、毛玉のエレナが心配そうに声をかけた。

 そんな精霊を強く抱きしめ、イリアが俯いたその時、彼女の頭にようやく届いた男の声──。


「やあイリアさん。お久しぶりですね」


 こちらの状況とまるでそぐわない、間の抜けた挨拶。はっとしたようにイリアが捲し立てた。


「シオン! やっと繋がった。大変だよ! あいつがもう──」

「ええ、分かってます。()()()()()()()()()()()()()()


 通話の相手──シオンは落ち着き払ってそう言った。

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