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17話

「裏切り者がいるというのか。このエデンに」


 長くエデンを離れていたせいか、セシリアはその事実を知らなかった。同じく驚いたらしいリーシュと目を合わせる。


「かなり慎重に事を進めているのでしょう。確かな証拠を掴んだ訳じゃないから、現時点ではあくまでも可能性の話。だけど私達は強くそれを疑ってる」

「馬鹿な……一体何があった?」

「ここ数か月の間に、政財界の要人が立て続けに亡くなっているのよ。表向きは事故や病気なんだけど……その全員が〈皇女派〉。単なる偶然で片付けるには不自然だわ」


 〈皇女派〉とは、ヨハネス皇帝の後継者としてリーザを推す派閥のことだ。一人娘である彼女が最有力なのは間違いないが、他にも継承権を持つ者がいる以上、必ずしもそれは盤石では無い。

 特にヨハネスの弟で継承権二位のジェラルド、その息子で同三位のダスティンを推す者達は〈革新派〉と呼ばれ、帝国の重要ポストを狙う野心的な動きを見せている。


「〈皇女派〉の貴族達は皆怯えてるのよ。次は自分の番なんじゃないかって」

「冗談じゃねえ。せっかく停戦にこぎつけたってのに」


 リーシュはそう言ったが、ソフィアの言い分によれば順番は逆であろう。彼女はそれを解決するために、このタイミングで停戦調停を画策したのだ。


「内紛が事実だったとして、何故私達が? 警務局や諜報部の領分ではないのか」

「勿論そうなんだけど、どうしても気になることがあって──」


 その時、突然イリアが立ち上がった。

 エレナをぎゅっと抱きかかえ、その目は正面を見据えるものの焦点が合っていない。

 普段の無邪気さは完全に失せており、顔色が真っ青だ。


「イリア……?」

()()!」


 一瞬ぽかんとした彼らの中で、真っ先に反応したのはソフィア。彼女もまたさっと顔色を変え、刺すような鋭さでイリアへ問う。


「聖女様! 一体何が?」

「あいつが──来る。そんな……まだ早い」

「あいつ……?」


 次の瞬間、地響きとともに空から大地へ、まるで雷のように強大な魔力が駆け抜けた。

 それは爆発的に膨張し、エデン中に──いや、メタトロン全土へと瞬く間に広がっていく。


「な──」

「何だこの魔力!」


 宮殿内にけたたましく警報が鳴る。同時に、ソフィアの頭へ緊急の魔法通信が流れ込んだ。


「──()()!」

「何だって!?」


 停戦が成ったばかりの今、現状に最も相応しくない言葉。しかし全身を貫くような、巨大で禍々しい魔力は真偽を正す必要性すら与えない。

 感知能力に乏しいリーシュでさえすぐにその正体が分かった。


「アウトサイダー!」


 これ程の魔力を持つ生物は他に考えられない。しかもこのレベルともなれば、自ずと対象は絞られる。


A()()()()か! 冗談じゃねえ」


 アウトサイダーの最上位種。それとの遭遇は、これまで僅かに三度しか無かった。

 〈解放〉したリーシュを含む特定のメンバーなら対処が許されるBランクに対し、Aランクは無条件で総員退避──そう決められている。

 それは三度の経験がいずれも、彼らに壊滅的な被害と惨劇を(もたら)したからだ。


「駄目だ、魔力が大きすぎて位置が補足できない」


 目を閉じたまま悲鳴のような声を上げるセシリア。

 一方若き参謀長は魔法で地図を召喚し、机の上にそれを広げた。続けて何やら呪文を唱えると、地図の真ん中辺りが赤く光る。

 職務上必須とも言えるソフィアの索敵魔法であった。


「反応は一つだけ──緯度、経度はエデン中央部。だけど結界は破られていないわ」

「ならばエデンの更に上空か、若しくは──」

「アラクニード!」


 それはエデンの真下に位置する街の名である。エデンに倍する領地と国民が暮らしていた。


「くそっ」

「待って!」


 飛び出そうとするリーシュの腕を掴んだのはイリア。


「何だよ!? 奴らが街に出たってんなら、戦うなってのは無理だぜ」

「違うの! そうじゃない……」


 聖女は少し声を震わせていた。


()()()()()()()!」


 ほぼ同時に、ソフィアの頭にも同じ報告が流れた。

 言葉の意味そのものが分からないかのように彼女は眉間にシワを寄せ──次の瞬間、目を見開く。


「宮殿前広場!」

「ええ!?」


 アウトサイダーが、よりにもよってメタトロンの首府エデンの、更に中枢に現れたという。

 何重にも張られた結界を破壊することなく素通りしたのか、はたまた暗黒召喚士の侵入を許したのか。


「馬鹿な──どちらもあり得ない」


 最新技術を惜しみなく投じた魔法防御システムが、最も警戒する対象に働かないなど考えられない事態であった。

 セシリアは立ったまましばし呆然とする。


「第一級非常警報を発令します」


 重く静かに、ソフィアが告げた。それは国家存亡の危機に際してのみ発令される警報である。

 皆が混乱している時こそ氷のような冷静さを──表情は依然険しいものの、彼女は己の矜持(きょうじ)を体現していた。

 百万人が住まう街。Aランクが相手でも退避など許されない。


「貴方達は直ちに現地へ。住民の避難、防衛は他に任せて敵への対処を」

「了解!」

「それと──」


 そこでソフィアは僅かに言い淀む。


「さっきの今でこれを言うのは心苦しいのだけど……〈解放〉を許可します。お願い、エデンを守って!」


 一瞬の間を置き、軽く笑みを返すリーシュ。


「ああ、心配すんな。必ず」


 そして今度こそ、セシリアを伴って部屋を飛び出した。 

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