表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/29

16話

「ところで、どういうつもりかお聞きしても? キルシュナー閣下」


 前置きはもういいと言わんばかりに、挑戦的な目を向けたのはセシリア。


「ソフィアでいいわ。何のことかしら」

「勿論、先日の遭遇戦について。何故〈許可〉されなかったのかな、()()()()()()()()


 リーシュが魔神化するには参謀本部の、つまりソフィアの〈許可〉が必要であった。

 窮地と言っていい状況で、頑なにそれを許さなかった理由をセシリアは問い詰める。


「交渉が中止になるのを避けたかったから」

「ふざけるな! 部下の命は二の次だというのか」


 当時の光景がはっきりと脳裏に蘇り、セシリアは思わず語気を強める。

 同じ貴族でも家の格としてはセシリアが、個人としてはソフィアが上。両者は複雑な関係にあった。


「あの事態を想定できていなかったのは認めるわ。だけど二人なら何とかしてくれると思って」

「Bランクだぞ? 〈解放〉無しではやられる可能性の方が高い」

「そうね。だけど貴女達はあくまでも先遣隊、本隊が後方に控えていた。近衛騎士団と──世界最強の〈武神〉が。

 あの時、私はウォルト様に支援をお願いしていたの」

「何だと?」


 そんな話は──と言いかけて、セシリアは会話を遮って通信を切ったことを思い出した。


「それまで持ち堪えるだけなら〈解放〉は必要ない。そう判断したんだけど──それも厳しかったかしら?」

「ぐっ……」


 確かに、落ち着いて状況を考えれば他にも選択肢があった。それに気付けなかったのは他でもない自分──セシリアは繋ぐ言葉が出てこない。


「貴女は〈(フレイア)〉の副団長に任命されたのでしょう。もう少し冷静に対処してくれるとこちらも助かるのだけど」

「待ってくれ、セシリアのせいじゃない。あの時は俺が勝手に」


 見かねてリーシュが口を挟んだ。実際に命令を無視したのは彼の方だ。

 ソフィアは大きくため息をついて、


「全くもう──無茶ばかりするんだから」


 怒りより心配。参謀長ではなくソフィアとして。それは言葉以上の何かを感じさせた。

 セシリアが歯を噛み締め、イリアもまた少しだけ不機嫌になる。


「悪い。ソフィアなら何か考えがあるとは思ったんだけど」

「そう思ってくれるなら、次こそはお願いね。また人体実験されたらイヤでしょう?」

「げ……もしかして?」

「貴方が〈解放〉したと聞いて、〈(バベル)〉が大喜びで調査に向かったわ。魔力の残滓を調べるとかで」


 魔法開発局〈(バベル)〉。リーシュがアウトサイダーの力を有したことで、彼らはごく身近に研究対象を得た。

 〈侵食〉を抑える魔法を開発する一方で、それを一時的に進める〈解放〉を生み出したのも彼らだ。

 当初は対アウトサイダーの切札になり得ると騒がれたが、余りにもリスクが大きいため許可制となった経緯がある。


「あのジジイ──」

「〈解放〉を使えば〈侵食〉はより早く進む。これだけは絶対に忘れないで」


 それを聞いて俯いたまま押し黙るセシリア。勿論それは彼女も分かっていたのだ。

 但し理屈として知っていただけでその実感は薄かった。今回に限らず、その圧倒的な力を当てにした作戦も多かったのである。

 改めて現実を突きつけられたことで、後悔に似た感情が激しく彼女の胸を締め付けた。


「させないよ?」


 そこでたった一言、しかし真顔で強く断言したのはイリア。


()()()()()リーシュをあんな化物になんかさせない」


 はっとした息遣いとともに視線が集まる。停戦交渉が(まと)まったのも、イリアがそれに拒否反応を示したからだ。


(この言い回し……報告にもあったけど、未来視と呼ぶにはちょっと不自然ね。()()()()()()()という印象だわ。

 でも過去にそんな事実は無い。この矛盾の答えは──)


「大丈夫だって。俺はずっと俺のままだよ」


 ソフィアの思考はポジティブなリーシュの言葉で遮られた。

 不安を取り除くためか、はたまた深く考えていないだけか。恐らく両方だ。


「そのためにはなるべく戦闘機会を減らさないとね。軍令違反のこともあるし、これからしばらく、貴方達は私の指揮下に入ってもらいます」


 ここにきてようやく本題。異を唱えるわけにもいかず、二人の騎士は背筋を伸ばした。

 〈(フレイア)〉は皇帝直轄の騎士団である。即ち彼らへ命令を下せるのは皇帝のみで、本来ならどこか別の組織の下に就くことはない。

 しかし唯一の例外がソフィアという個人であった。

 彼女は他ならぬヨハネス皇帝の命で、戦略的指令においてのみその代行権が与えられている。


「で、俺達は何を?」

「こんな事情だから、対アウトサイダー以外の任務をお願いしようと思って」


 リーシュは首を(かし)げた。

 確かに調停の結果得られたのは、終戦ではなく五年間の停戦であった。だがシャルムへの戦闘行為が禁じられたことに変わりはない。

 野放しになったアウトサイダーの対処以外に、彼らを必要とする場面とは。


「ちょっと()()()()()()をね。だから何が何でも今、停戦が必要だったの」


 本当に宮殿を清掃させるだけのような、落ち着いた口調でソフィアはそう告げた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ