15話
ベッドの上でリーシュが女と抱き合っている。理由としてはそれで十分だ。
「〈召槍〉──ヒートソウル!」
セシリアは愛槍を召喚し、鮮やかに一回転させた後それを突き立てた。
「うおっ、危ねえ!」
イリアを突き飛ばし、リーシュもまたギリギリで避ける。
「お、落ち着けセシリア。これはその……違うんだ」
「黙れ! 神聖な〈焔〉の宿舎に女を連れ込むとは──今日こそ性根を叩き直してやる」
炎を吐かずともヒートソウルの切れ味は抜群だ。重量もあり、振り回す風圧だけで部屋中の物が飛ぶ。
「連れ込んだんじゃねえ。毛玉の因子を元に戻して、異界に行ってから逆に召喚されただけだ」
「意味不明なことを! 観念しろ」
リーシュの弁明は余計にセシリアを怒らせた。
さすがに部屋を破壊される訳にはいかない。セシリアが再度突きを見舞った瞬間、リーシュは身体を反らしながら左手でヒートソウルの柄を掴む。
動きが止まったことで、ようやくセシリアはリーシュに庇われる女の顔を認識した。
「相変わらずだね、セシリアは」
「せせ、聖女……様!?」
イリアはまるで動じることなく笑顔。
急に力が抜け、ヘナヘナと槍を下ろすセシリア。
「うう……何か騒々しいにゃ……」
どう説明したものかとリーシュが眉を寄せていると、隅に転がるエレナが最悪のタイミングで目を覚ました。
(聖女に毛玉──もう駄目だ。俺の語彙力じゃどうしようもねえ)
何もかも放り出して逃げたい──リーシュが諦めかけたその時、奇跡が起きる。
「何だ……この愛らしい〈猫〉は」
セシリアがエレナの方を向いて目を丸くした。
「エ、エレナを猫と呼んでくれたにゃ?」
エレナがそれに感動し目を潤ませた。
「エレナはウサギだよ?」
「いや、ヒツジだろ」
イリアとリーシュが余計なことを言ったが、幸いセシリアの耳には届かず、彼女は〈猫〉を拾い上げて胸に抱いた。
「か、可愛い……」
「エレナの可憐さを分かってくれる人がいたにゃんて」
彼らの置かれた状況を忘れさせる程の、幸せな出会い。
それをきっかけに何とか場は収まったのであった。
──────────
「お初にお目にかかります。私はソフィア・キルシュナーと申します」
メタトロン大宮殿、作戦小会議室。彼らは人目を避けるようにそこへ通された。
大きめの丸テーブルを囲むのはリーシュとセシリア。更には聖女イリアとその膝の上にエレナ。
そしてもう一人。帝国参謀本部〈威〉から、参謀長のソフィアである。
呼ばれたのはリーシュとセシリアだけだが、イリア達を置いていく訳にもいかず、彼らは揃ってここを訪れたのだ。
「うん、知ってるよ。すごく頭がいいんだよね」
「いえ、私などまだまだ。この機会に是非、聖女様に教えを請いたく存じます」
彼女は、二十代の若さでその地位に上り詰めた帝国の頭脳であった。
明るい金髪をポニーテールに纏め、鋭くもどこか温かみのある眼差しを彼らに向ける。
「リーシュ、それにセシリアも。お務めご苦労様」
ソフィアは言葉を砕いて彼らを労った。
対する二人の騎士は複雑な表情。特にセシリアは憮然とした顔を隠そうともしない。
「全然驚かねえのな」
「ええ。報告があったから」
セシリアにした説明をまた繰り返すのかと、戦々恐々としていたリーシュの心配は杞憂に終わった。
彼らが来る前から、ソフィアは全て承知していたのだ。
「小規模とはいえ、エデン内部で召喚反応。そこからは〈影〉の者達が逐一報告を」
「逐一……」
「そ、逐一ね」
ソフィアは揶揄うような笑みを浮かべた。そっちに話がいかないようリーシュが慌てて口を開く。
「情けねえ。俺なんて布団にまで潜り込まれてたのに気付けなかった」
「リーシュは魔法が苦手だもん。仕方ないよ」
イリアの言う通り、昔からリーシュは魔法が不得手であった。
武具召喚は何とか会得したが、それ以外は初歩の魔法さえおぼつかない。特に魔力感知が絶望的で、近くに敵がいても目視でなければ補足できないレベルだ。
〈侵食〉を受けて以降、魔力は大幅に増大したが、それも膂力に変えることで活用している。
「なあ、ソフィア。イリアのことなんだけど……」
本来ここに居るはずの無い彼女。と一匹。
呼び出された理由よりもまず、その問題を解決しなければならない。
「イリア様のことをどうぞ宜しくお願いします、だそうよ」
「え……?」
魔法通信が広く普及した時代である。ソフィアは既にクレセント教国へ連絡していた。
その手際は流石──だが返答がおかしい。
「無理に連れ戻しても、またすぐに飛び出してしまわれるから。そう仰ってたわ」
「はあ──?」
リーシュは間の抜けた声を出した。
イリアはクレセント教国にとって特別な存在。権力者とは少し違うかもしれないが、信仰の対象、或いは象徴のはずである。
他国でしかも一人──オマケはいるが──自由にさせる意味が分からなかった。
「やった! これでずっと一緒にいられるね」
はしゃぐイリアの隣でリーシュが口を開けたまま固まる。
一方、ソフィアの視線は聖女ではなく、彼女の膝で大人しくしている生物に向けられていた。
(異界に戻らない精霊──)
柔らかい微笑みの裏で巡る考察。
(常時召喚。魔法開発局がどれだけ研究しても実現できなかったそれを、さも当然のように。
このチャンスを逃す手は無いわ。教国が聖女のことを全く心配していない理由──私達に利するものか、或いは仇なすものか。必ず見極める)
聖女が時を読むように、彼女もまた帝国の未来を見ていた。
流された果てではなく、導くものとして。