14話
既視感と呼ぶには記憶が近い。
初めて姿を見せた時のように、イリアは弾ける笑顔でリーシュへダイブ。そのままベッドに押し倒した。
「ふが──」
豊満な胸に顔が埋もれる。息が詰まるも邪な幸福感によって払い退けることができない。
しかし冥府へ落ちる前にリーシュは解放された。馬乗りになったまま、イリアが至近距離に顔を寄せる。
「えへへ。来ちゃった」
「おま……何で?」
「神殿で暮らすのが無理なら、私がこっちに来るしかないでしょ」
答えには全然足りない。頭の中を疑問がぐるぐる回っていたが、辛うじてその一つを捕まえリーシュは叫ぶ。
「どうやって来た!? ここエデンだぞ?」
「びっくりした? 召喚魔法を使ったんだよ」
だから答えになっていない。
エデンには強力な結界が無数に張られている。例え翼があっても侵入できないのだ。
確かに召喚魔法自体は可能だが、それにしても召喚士が結界内に居る必要がある。
複雑に空間転移の魔法を仕込んだ〈門〉、唯一それだけがエデンへ立ち入れる方法のはずであった。
「エレナに呼んでもらったの。可愛いでしょ? お友達の精霊なんだよ」
イリアが床を指差すと、その先で毛玉がぐったりしていた。召喚のショックで気を失ったのだろうか。
「……ああ、良かった。俺はてっきりまた……」
混乱よりまずほっとしたリーシュ。
クレセント教国で遭遇した暗黒召喚士のように、エレナは自身を犠牲にして召喚した訳ではないようだ。
「やっぱりリーシュは優しいね。さっきまでケンカしてたのに」
「そりゃ、あんなの見せられて気分がいい訳無いからな……じゃなくて!」
再び頭が回転を始める。
「こいつが精霊? だったら普通逆だろ。精霊に召喚されたってどういうことだよ」
「だ、か、ら。神殿で会った時に、この子の因子をこっそりリーシュに付けといたの。リーシュが一人になったのを感知して、元に戻した。その後私が異界に飛んで、そこからエレナに召喚してもらったって事。そうすれば結界なんて関係ないもん」
「……??」
しつこいが答えになっていない。
まず、因子だの元に戻しただのがよく分からない。更に遠く離れたクレセント大神殿からエデンに居るリーシュの行動を補足したという時点で、感知能力として異常だ。
まして召喚とは異界の精霊を現世──召喚士の傍へと呼び出す魔法である。エレナがイリアの召喚した精霊だとするなら、呼び出された側が呼び出した側を召喚し返すなどあり得ない。
自ら異界に飛ぶ事でそれを成したようだが──問いを重ねる度に、余計に頭がゴチャゴチャになっていく。
「お前、精霊だったのか」
「違うよ? でも異界には行けるし、戻る時に座標をずらせば空間転移と同じことができるの。その場合誰かに召喚してもらわなきゃ、だけどね」
(全っ然分かんねえ……)
リーシュは理解することを放棄した。
イリアに関しては「こういうもの」として無理矢理納得するしかなさそうだ。そう考えると不思議と落ち着いてきた。
「それって、お前以外にもできるのか」
異界旅行に逆召喚。それで何処にでも移動できるなら、帝国が誇るエデンの守りは崩壊したも同然である。
だが幸い、聖女はそれを否定した。
「無理だと思うよ。特に異界へ行くのは」
つまりイリアが悪用しない限り、安全は確保されたままということだ。
リーシュは一つ息を吐き、溜めに溜めた疑問を遂にぶつけた。
「なあ……イリアって何者なんだ? 俺らのことを知ってたり、不思議な力を持ってたり……まさか〈創世神〉の生まれ変わりとかじゃないよな?」
するとイリアは真剣に考え込んで、少し間を空けた後に答える。
「違う……と思う。〈創世神〉とか言われてもよく分かんないし」
「じゃあ、歳は?」
「知らない。ずっとこうだったから」
例え信心深くとも、聖女の神々しい伝説をそのまま信じている者は少ないだろう。「そう言われるくらい」高貴な存在だと認識されるのが大半ではなかろうか。
だが実際に触れるとそうはいかない。何よりリーシュの目に映るイリアは、とても嘘を言っているようには見えなかった。
リーシュは諦めて質問を変える。
「ところでさ……何で、その……俺の事をそこまで? 悪いけど全く身に覚えが無くて」
不安が半分。しかし残り半分の期待に釣られて聞いてみた。
イリアはパッと笑顔を戻して、
「カッコいいから!」
と即答した。
「勿論それだけじゃないよ。強くて、優しくて。私はリーシュが大好き!」
至って普通の理由だ。聖女が見た未来に、何か感動的なエピソードでもあるのかと考えたリーシュはやや拍子抜け。
「今度こそもう離れない」
そう言うとイリアは再びリーシュに抱きついた。
同じ年頃──少なくとも見た目は──の可愛らしい女性にここまで好意を寄せられて、男として嬉しくない訳は無かった。が、やはり困惑もする。
「くっつきすぎだっての」
「いいじゃない、ずっとこうしてよう?」
そんな甘い時間のせいで、リーシュはすっかり忘れてしまっていた。
彼は〈威〉に呼ばれていたのだ──彼女とともに。
ノックも無くドアが開く。
「リーシュ、起きてるか──」
朝が苦手なリーシュの寝顔を見るのが密かな楽しみ。だから小さく声を掛け、そろりと入ってきた。
「わあっ」
「な──!」
まさかの光景に絶句したのはセシリアであった。