表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/29

13話

  アルカディア中央部、その上空に悠然と浮かぶ都市エデン。メタトロン帝国の首府である。

 アウトサイダーの脅威から逃れるため、魔法開発局〈(バベル)〉が二十年近い歳月をかけて完成させた大魔法で、都市を大地ごと削り取って浮上させたという。

 機密事項が多く原理の全てを知る者は少ないが、そこでは気温や気圧、酸素濃度に加えて天候まで完璧にコントロールされ、地上より遥かに快適な暮らしが約束されていた。

 国政の要人や貴族、富裕層を中心に人口は百万を超え、アルカディア最大の都市機能を持つ。


「ふわあ……あ」


 陽は既に高い。宮殿の程近く、〈(フレイア)〉の宿舎でリーシュは目を覚ました。

 眠気はすぐに飛んだものの、なかなか起き上がる気になれない。目を閉じるとあの日の光景がはっきりと頭に浮かぶ。


 「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 交渉の後、リーザは酷く取り乱した。

 ボロボロと涙を流しながら、何度も謝罪の言葉を繰り返す。そんな皇女を見たのは初めてだった。

 結果だけを見れば、三日間の予定が組まれていたところを僅か一日、それも短時間で望む成果を出したのだから大成功と言えるだろう。

 帰国すれば熱狂的に迎えられるはずで、実際にそうなった。


(人を泣かせたのなんて初めてだっただろうな。しかも相手は聖女サマだ)


 無論それもある。

 しかしイリアが涙した訳はよく分からない。いや、そもそも彼女という存在が分からない。皇女の謝罪はむしろ、リーシュに向けられたものだ。

 リーザは彼の事情を、本人を目の前にして武器に使った。

 停戦調停という成果に惑わされず、的確で冷静な発言だったのは間違いないが、それはリーシュの負った傷を更に(えぐ)るようなもの。

 結果的にそれが功を奏したとはいえ、皇女はきっと耐えきれなかったのだろう。


(後で会いに行ってみるか)


 何となく窓の外を眺めるリーシュ。

 街は停戦を祝う祭りの準備に忙しい。気の早い連中は既に道端で酔い潰れていた。

 喧騒に紛れて〈創世神〉イリアを讃える声がここまで聞こえて来る。


(イリアって……本名かな。マジで何者なんだ)

 

 あれ程までに好意を寄せてくれた聖女。リーシュには全く身に覚えが無く、〈時読み〉という理由は語られたもののどうも腑に落ちない。

 イリアは彼らの知らない何かを知っている。更には「リーシュを戦わせないで」という言葉。

 彼女には〈侵食〉が進んだ先の未来さえ見えているというのだろうか。


「……ああもう、やめやめ。考えてもしょうがねえ。準備するか」


 この日は参謀本部〈(ステラ)〉に呼ばれていた。

 リーシュが勢いよく上半身を起こすと、手に何か柔らかいものが触れる。

 布団から引っ張り出してみると、それは人の頭程もある白い毛玉であった。


「何だこれ……ぬいぐるみ?」


 ウサギのように大きな耳が二つ。毛玉の中央に閉じた目。鼻や口もあるが体が無い。


「何でこんなモンが」


 リーシュは毛玉を撫でてみた。モフモフとした感触が心地良い。

 伸縮性もあるのか、頬を左右に引っ張るとそれは倍程の長さに伸びた。


「いだっ……いだだだっ!」

「うわあ!?」


 突然ぬいぐるみが喋った。驚いたリーシュは思わずそれを壁に投げつける。


「きゅ〜」

「じょ、冗談じゃねえ」


 敵──にしては害意が感じられない。しかしリーシュは動転し、左手で剣を呼ぶ構えを取った。

 壁からずり落ち、目に涙を浮かべて振り向く白い毛玉。


「……ひ、酷いにゃ!」

「何者だ、てめえ」

「何って、見て分からないにゃ? エレナはキュートでか弱い……〈猫〉にゃ」

「どこがだよ!?」


 まだ夢でも見ているのか。いっそのこと怪物でも現れた方がマシであった。


「イケメンだと思って隣で気持ち良く寝てたのに……こんな乱暴者だったにゃんて」


 エレナと名乗る謎の生物は、体をへこませたかと思うとその反動で前へ飛んだ。

 そして耳を大きく振りかぶり──リーシュへ平手打ち。いや、平耳打ち。


「へぶっ」


 警戒はしていた。しかし避ける気が起こらない程にそれは遅く、弱く、あれこれ考えているうちに結局叩かれてしまった。


「何すんだよ!」

「乙女心を(もてあそ)んだ罰にゃ」


 そして不毛な鬼ごっこのスタート。リーシュは自称猫を捕まえようと躍起になるが、エレナは器用にピョンピョン飛び回りなかなか追いつけない。

 その時だった。


「この……待ちやがれ」

「うわああん、助けて()()()!」


 突如エレナの体から発せられた眩しい光。

 見覚えどころか最近目にしたばかり──〈召喚光(フラッシュ)〉だ。


「な──に?」


 エレナが呼んだ名と光と。立て続けに驚愕が重なり、思わずリーシュは距離を取る。

 次の瞬間、光の中から飛び出したのは──。


「リーシュっっ!」


 聖女イリア。両手を目一杯に広げ、彼女はリーシュに飛びついた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ