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11話

「リーシュ! リーシュ……リージュうううっ!」


 他の者には目もくれず一直線。その名を連呼しながら、イリアはうっすら涙さえ浮かべてリーシュに抱きついた。


「は……え?」

()いたかった……逢いたかったよう!」

「な……あ?」

「長かった。この日をずうっと待ってた。ホントはもっと、一秒でも早く逢いたかったのに。シオンがまだダメだって言うから……いっぱいガマンしたんだよ?」


 リーシュは、そして他の面々も固まったまま口だけをパクパクさせていた。


「イリア様! 何故こちらに?」


 神官達が驚いたように立ち上がり、それを聞いたリーザ達も飛び上がらんばかりに腰を浮かせた。


「せ、聖女様──?」

「これからはずっと一緒だね!」


 リーシュの胸から顔を上げた聖女は、この世の幸福を独り占めしたかのような満面の笑み。

 見た目はリーシュと同じか一つ二つくらい歳下だろうか。

 肩を少し過ぎた辺りまで伸びた、淡い灰色の髪。透き通るように輝く蒼い瞳。人間族(ヒューマン)にしてはその組み合わせが非常に珍しい。

 背丈は平均的だが華奢なのだろう、身に付けた白いローブは胸以外の布地がぶかぶかだった。

 

「な、な、な……」


 止まった時間を動かしたのは、すぐ隣でこの光景を見せつけられたセシリアだ。


「お前という奴は! 聖女様にまで手を出していたのか!」

「いや待て待て! 知らねえって」


 槍を召喚する勢いで食ってかかるセシリアにリーシュは抗議の声を上げた。

 聖女と初対面どころか、クレセント教徒でないリーシュはこれまで神殿に足を踏み入れたことすらない。


「嘘をつけ! どう見ても知らぬ仲じゃないだろう」

「だから違うって。何だよこいつ」

「こいつじゃない、イリアだよ。忘れちゃったの?」


 話がまるで噛み合わず収拾がつかない。

 引き剥がそうとするリーシュに抵抗しながら、聖女は更に彼らを混乱の渦へ落とす。


「セシリアもリーシュのことが大好きなんだね。怒るのも無理ないけど──ダメだよ? リーシュは私のだもん」

「なっ──」


 まだ名乗っていない──それどころか、内に秘めた想いをあっさり暴露された上で受けた宣戦布告。セシリアは再び言葉を失った。


「何っ、お前、そうなのか?」

「そそそ、そんな訳あるか! これは何かの間違いだ。陰謀だ」

「これは一体──どういうことですか!」


 そこへ顔を真っ赤にしたリーザも参戦。しかし彼女もまた聖女ワールドに呑まれる。


「リーザ、それにウォルトも。みんな()()()()だね!」

「私達のことまで──?」


 本来の目的が忘れ去られる程に広間は混沌(カオス)な空間と化した。

 疑問符でできた輪の中心で聖女イリアだけがニコニコしている。


「イリア様、もうその辺で……皆様もお困りのようですし」


 見かねて口を開いたのは教皇カミル。

 獰猛さで知られる猪人族(オーク)とは思えぬ穏やかな口調で、彼は全員の疑問に応える。


「イリア様は〈時読み〉の力をお持ちなのです。過去、そして未来を見通す力を。

 イリア様にとって皆様は旧知の仲も同然、だからつい懐かしむような感覚になられたのでしょう」


 人智の及ばぬ力を持ち、様々な奇跡を起こすと言われる聖女。カミルは「いつものこと」と言わんばかりに落ち着き払っていたが、簡単に「そうですか」とも言えず彼らは押し黙る以外になかった。


(〈時読み〉とやらの真偽はともかく──実在したのか)


 困惑が解けぬ中でただ一人、ウォルトだけが別の見方をしていた。


(しかも単なるお飾りではなさそうじゃ。周囲から聖女へ、強く感じる敬愛の念は恐らく本物。少なくとも打算的な負の感情は無い。更に言えば──)


 ()()。教国側のメンバーに、ほんの僅かだが確かに存在するその感情を、彼は見逃さなかった。

 あくまでも直感に過ぎないが、彼は豊富な経験則からそれを軽視していない。


(明らかに普通の人間ではない……一体何者じゃ)


 とても落ち着いたとは言えない空気であったが、しばし休憩を挟んで交渉が再開されることとなった。

 しかし進行役を自認するリーザは顔を引きつらせたまま。


「あの……これは一体……」


 テーブルの中央、リーザに対面するのは新たに登場した聖女イリア。そしてその隣に座る金髪の騎士。


「……何故、リーシュがそちら側に?」

「だって離れたくないんだもん」


 リーザはこめかみを抑え俯いた。

 訳が分からないことの連続で疲れたのか、それとも諦めたのか。リーシュも苦いものを噛み砕いたかのような顔つきで大人しくしている。


「そ、それでは続きを。我がメタトロン帝国とシャルム王国との停戦調停についてですが」

「いいよ?」


 沈黙。再び全員が紡ぐべき言葉を奪われた。


「……は?」

「だから、いいって。仲良くしなさいって言えばいいんでしょ?」


 難航すると思われた交渉が十秒で終わってしまった。

 本来なら、ここから寝る間も惜しんで学んだ交渉術を披露するはずであった。リーザは思わず前のめりになって、


「調停を引き受けていただけると?」

「うん。これも要らない。その代わり……」


 イリアはテーブルに置かれたリストをすっと押し返した。


「今日からリーシュはここで暮らすの。私と一緒に」 

「ええ!?」


 聖女の力は〈時読み〉などではない。〈時間停止〉だ。

 そう言われても即座に信じてしまう程、またしても皆を呆然とさせるイリア。

 彼女はそんな彼らへ無邪気な微笑みを向けた。

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