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10話

「きっかけは彼の国、シャルムによる一方的な宣戦布告でした」


 挨拶もそこそこにリーザは本題へと踏み込む。

 長テーブルを挟んで向き合う両国の要人、及び役人達。和やかさとは無縁の緊張感が場を支配していた。


「勿論、私達は理由を問いました。ですがそれは到底納得のいくものではなかったのです」


 クレセント教国の出席者は教皇カミル、枢機卿ランドルフを始め、書記の神官に至るまで皆人間族(ヒューマン)では無い。

 カミルは猪人族(オーク)、ランドルフは小人族(ドワーフ)

 多種族が住まうアルカディアの中でも特にクレセント教国は種族間の垣根が低く、同国内だけでほぼ全ての種族に会うことができる。ハーフやクォーター等の混血も珍しい存在ではなかった。

 それは、差別や(いさか)いの撲滅に尽力したのが他ならぬクレセント教国であるからだ。多様性を尊重する姿勢が多くの種族から信奉を集め、ここでは亜人という言葉でさえ禁句である。


「歴史を紐解けば、確かに種族間で争った事実が幾つもあります。しかしながら帝国によって種族国家は統一され、何より貴国の働きで平等な世界が実現しました。

 彼らの言い分も当時を蒸し返すものでなく、むしろ()()()()にまで(さかのぼ)るものだったのです」


 今から約千年前。シャルムの地を厄災が襲った。

 それは「全ての災害が同時に発生したようだった」と文献に残っている。

 当時シャルムを支配していた黒森人族(ダークエルフ)達は滅亡の危機に瀕し、僅かな生き残りが数百年をかけて国を再興させた。

 そして三百年前、メタトロンによってアルカディアの大部分が統一され、シャルムもその属国となった──簡単に言えばこれが両国の歴史である。


「彼らは突然、千年前の厄災がメタトロンの前身国家、つまり人間族(ヒューマン)の仕業だったと主張し始めたのです。そのような証拠はどこにも──メタトロン側は勿論のことシャルム側でさえ提示できていません。それなのに、どれだけ話し合いを重ねても彼らは頑なに意見を曲げませんでした。

 これ以上人間族(ヒューマン)を首長とする帝国に連なることはできない。独立は勿論のこと、仇敵に対して報復すると──それが彼らの言い分です」


 誰も口を挟む者はいない。リーザが述べた経緯は周知の事実であり、彼女にしても話の導入として簡潔にまとめただけだ。

 一方でカミルやランドルフだけでなく、他の神官や後ろに控える神殿騎士達まで、何やらそわそわと落ち着きがなかった。

 彼らはリーザの背後に立つ騎士にチラチラと視線を向けては、目が合うと途端にそれを逸らす。


「私達に彼らと戦う理由はありません。従って防衛が戦略の基本となりましたが、戦端が開かれて十年を過ぎた頃から……状況は一変しました」

招かれざる者(アウトサイダー)……ですな」


 ここで初めて教皇カミルが口を開いた。その目線を再びリーシュに据えて。


「はい。暗黒召喚と呼ばれていますが、それは私達が使う召喚魔法とは何もかも……原理からして異なるという研究結果が出ています。

 そこから更に三十年もの間、私達は恐るべき脅威にひたすら耐え続けてきました。独自に開発した魔法で、国の中枢を空へ逃がしてまで。

 ですが国は疲弊する一方……事態は好転する兆しさえ見せません」


 アウトサイダーの特異性もさることながら、その要因の多くは単純な引き算にあった。

 メタトロンが多くの兵士、市民を失う一方でシャルムは異形の化け物だけが犠牲になる。しかも幾らでも補充される。

 開戦当初こそ圧倒していた国力が、ジワジワと削られ遂には限界を迎えたのも当然の結果であった。


「私達は何より、長い戦で苦しむ民に平穏を取り戻したいのてす」


 そもそも戦争の大義名分があやふやなこと。あくまでも防衛に徹し、平和的解決を模索してきたこと。そして民の救済こそが最優先であること。

 交渉の第一段階として、停戦を求める理由を述べてリーザは一息いれた。

 (もっと)もこれだけで調停に動いてもらえるとは彼女も考えていない。


「何卒お力添えいただけないでしょうか。不躾とは存じますが、こちらを」


 リーザが目配せすると、隣の外交官がびっしりと文字の書かれたリストをテーブルに並べ始めた。

 その内容は金貨千枚、銀貨二千枚。加えて小麦や家畜、鉄鋼等の物資──要するに調停の見返りである。


(さて……ここからどうなるか)


 後ろに控えるセシリアが心の中で呟いた。

 アルカディア中に信徒を抱えるクレセント教国は潤沢な資産を持つ。元より土地が肥沃で食糧自給率も高い。

 これが交渉の第二段階なのだろうが、その条件で乗ってくるかは微妙であった。


(他にも見返りは用意されているだろうが……シャルムが教国内で犯した暴挙やアウトサイダーの脅威、神殿騎士の先走りを絡めつつ、それらを小出しにして妥協点を探るしかない。

 皇女殿下は、確かに学業は優秀であられた。だが交渉には駆け引きや胆力も必要だ。あのお優しい性格でそれが可能だろうか。

 何より問題は──リーシュだな。何故何も言ってこない)


 交渉の難航を予想した彼女だったが、それより教国側から指名しておいて、リーシュに一切触れようとしないことの方が気になる。

 しかし事態はそこから思いがけない展開を見せた。


「いや、実は我々の方針は既に決定して──」

「リーシュ!」


 ランドルフの声を遮るように、突然広間に響き渡る大声。

 奥はどこか別の場所と繋がっていたらしい。そこから一人の女性が文字通り飛び出して来た。

 〈創世神〉の名を受け継ぐ聖女──イリアその人が。

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