57.第七王子、宣言する
突然アルダに行く宣言をしたノエル兄様に、ボクらはビックリ大仰天!
今ヴァルテに帰ろうねって流れだったよね、絶対!
急な心変わりにボクは付いて行けなくて大混乱だよ!
カジマールだけが、目を輝かせている。
「ノエル様……! そうです、ノエル様はアルダの王族なのです! おい、お前らノエル様自身の意志を邪魔するなよ!」
いやするよ、ジャマ!
立場分かってる!?
ノエル兄様は、ヴァルテの第七王子なんだよ!?こちらこそ正統な王族ですけども!?ボクとちがってね!
そもそもナターリエ様がお輿入れされたのだって、休戦協定の条件のひとつなんだけど!
それを勝手に反故にするって、もっかい戦争やりたいってことになるんだよ!?
「ノエル兄様……!」
ボクがすがる様に兄様の名前を呼ぶと、兄様は、真っ直ぐとボクを見て「大丈夫だ」と言った。
え?大丈夫ってなにが???
わ、分かんない! こういう時どうすればいいの!?
下手したら戦争になっちゃうよ!オロオロして、ベディを見るけど……ダメだ!メリエル!メリエルどこぉ~!?メリエルの意見が聞きたいよ~!
しかし残念ながらボクの優秀なメイドさんは、遠く離れてしまった王宮にいる。
「頼めるか? ローレンツ」
ノエル兄様に聞かれたローレンツは、真剣な顔で少し悩み、頷いた。
「分かりました」
分かっちゃダメでしょーーー!
「ど、どうしようベディ。ボクに出来ることあるかな?」
「うううすいやせん坊ちゃん、俺には何も思いつかないでさぁ」
だよねぇ。メリエルぅ……。
涙目になっているボクを尻目に、ローレンツがさくさくと意識の無いクルトを馬車に放り込み、続いてカジマールにも手を掛けようとしたが身をよじられる。
「触るな! ノエル様のアルダへのご帰還は、私がお連れする! 縄をほどけ!」
え~いやだなぁ。
ノエル兄様、こんなのがいいの?と兄様の方を見たら、ゾッとするほど冷たい目でカジマールを見ていた。
「黙れ。僕はお前の手など必要としていない。大人しく拘束されていろ」
ひょ、ひょえ~、美人が怒ると怖いってほんとなんだ……。
いつもの「ふんっ」てのは、全然怒ったうちに入っていなかったんだね。
すっかり意気消沈?したカジマールは、それでもうるさいかもしれないので口にも布を当てて縛り、ベディがその巨体を担いで馬車に放り投げた。
中でぐえって声がしたから、クルトをおし潰したかもしれない。まぁいいか。
そしてベディは馬に、ローレンツとボクとノエル兄様は馬車の御者席に座ってアルダ国境へ向けて出発をした。
ちなみにローレンツが乗ってきた馬は、馬車に繋いで一緒に走らせた。
赤月が出てきて、辺りがだんだん赤く染まっていく。
ノエル兄様の横顔を見ても、ずっと前を見ていて目が合わない。
兄様は、なんでアルダに行くなんて言ったんだろう。
ヴァルテでの生活がそんなに嫌だったのかな?そんな考えがぐるぐる回る。
(え~ん、分かんないよ~。助けてメリエル~)
脳内メイドさんに助けを求めるしか出来ないボクに、メイドさんは脳内でも無表情で、淡々としゃべった。
『ひとりよがりは……モテませんよ』
ズッキーン!!
何もトラウマ級のクリティカルヒット発言を思い出さなくとも、と思ったけど、それだけ記憶に植え付けられているということである。
メリエルは、ボクがつっぱしりぎみで、ひとりよがり……自分本位だってことを言っていた。
今はどうだろう。
戦争になっちゃうかもってのと、ノエル兄様が行っちゃうかもって不安でぐるぐるしてる。
でも、ノエル兄様は「大丈夫」って言った。
そうだ、ノエル兄様はボクに、大丈夫って言ったんだ。
だったらボクは、それを信じないと。
隣に座るノエル兄様の手を握ったら、ぎゅっと強く握り返された。
∑
カジマールに吐かせた合流場所である国境は、開けた場所だった。
国境って、もっとこう、ここから!みたいな線でもあるのかと思ったけど、違った。
アルダとは接している面積が広いから、壁があって~みたいには出来ないんだって。でも何人かの軍人はウロウロしていて、やぐらっていうのかな?見張り台みたいなのもあった。
ローレンツを引き連れたノエル兄様が、約束の場所へと歩いて行く。
ボクとベディは、少し離れた場所で馬車と誘拐犯たちを見張るためにお留守番だ。
見張り台から見えていたんだろう、すぐさま軍人たちが横一列にビシッと並び、真ん中に空いたスペースから、一人の男性が出てきた。
あれが、ブノワ侯爵かな。
侯爵自らお出迎えに来るなんて、よっぽどノエル兄様にアルダに来てほしいんだろうな。
「ノエル兄様……」
信じるっと決めたけど、やっぱり心はブレブレだ。
ノエル兄様、あの侯爵のこと好きみたいに言ってたし、お土産もいっぱいもらってるんだよね。
「ノエル! よくぞ帰ってきた!」
喜びをあらわに駆け寄ろうとしてきた侯爵に、ノエル兄様は首を振って答えた。
「ノエル?」
戸惑う侯爵とアルダの軍人たちだが、ノエル兄様は決してそれ以上国境には近付かず、声を上げた。
「大叔父様、僕はアルダには行きません」
「ノエル!? どうした、何があったのだ。……護衛が聞いていた騎士と違う様だが、そいつの入れ知恵か?」
一応ね、直接約束したクルトとカジマールを出した方がいいかなって思ったけど、拘束を外すのも、拘束したまま出すのもややこしくなりそうだから止めたんだ。
「違います、大叔父様聞いてください」
「何が違う? 幼子に何を吹き込んだ貴様。ノエルはアルダの大事な……」
「僕は、ヴァルテの王子です!」
ノエル兄様の、キレイなボーイソプラノが響いた。
唖然とする侯爵やアルダの軍人たちを前に、ノエル兄様は毅然とした態度で続けた。
「僕は、ヴァルテで生まれ、育ったヴァルテの王子です。アルダの血を引いている、ヴァルテの王子です。だからこそ、僕は両国のためにも、ヴァルテの王子として、頑張っていきます!」
「ノエル……」
侯爵はしばらく沈黙し、軍人たちも戸惑いざわついていたが、やがて静まった。
「そうか……そうだな。私は、妻の願いを叶えてやりたい一心で、少し見失っていたかもしれない」
「大叔父様……」
「ノエル……それでもお前が私の姪の子な事に変わりはない。困った事があったら、遠慮なく頼ってくるといい」
「大叔父様、ありがとうございます」
侯爵が踵を返したので、軍人たちも戸惑いながらも引いて行った。
ローレンツを引き連れたノエル兄様も、彼らに背を向け、ボクたちがいる馬車の方へと歩いてきた。
「ノエル兄様……一緒に帰りましょう」
赤月に照らされたノエル兄様は、それはキレイに微笑みを返してくれた。




