55.転生王子、誘拐犯と対峙する
しばらく『ダー・ティ・ソラーでなにつくろう』で遊んだおかげか、ノエル兄様は大分緊張がほぐれたみたいだ。
これから起こる事を考えたら、ノエル兄様には少しでもリラックスしていただかないと、もたないかもしれないからね。
対応の差から見ても、この誘拐の目的はノエル兄様で、ボクはきっと『ついで』だ。
つまり、誘拐犯たちはボクに用が無い。
ローレンツが言うにはボクは王宮内のイライラをぶつける的、”イケニエ”だからいた方がいいのだろうけれど、「いない方が良い派」もゼロじゃないと思うんだよね。
しかもノエル兄様関連だから……きっとアルダ関連だろうな~。
そうなるとボクへって言うか、おじいさまへの直接的な恨み感情が出てくるよね。いない方が良い派多そうな気がする~。
全く、生まれる前のことを言われても困るよねぇ。
そうこうしている内に、ついに馬車が停まって、ノエル兄様と顔を見合わせる。
扉が開けられた瞬間に飛び出して逃げる……なんてのは、ボクらちびっこだとすぐに捕まるだろうし、そもそもここがどこかも分からない。
こういうのは情報を手に入れてから考えた方がいい、とボクも兄様も意見は一致した。
ガタ、と馬車の扉の鍵らしきものが外される音がする。
ついに犯人と対面だ。
やっぱりどうしたって、緊張しちゃう。
ノエル兄様の手が、ボクの手をぎゅっと握ってボクを背に隠す様に前に立つ。
この年の一歳差というのはけっこう大きくて、兄様の背たけはボクよりも10センチくらい大きい。
頼もしいな、と自然と感じたけど、ノエル兄様の手も少し震えている。ボクもぎゅっと握り返して、扉が開くのを待った。
「おや、お二人とも起きてらしたのですか」
ボクらの目に飛び込んできたのは、扉を開けたノエル兄様の護衛騎士であるカジマールと、その後ろで人が良さそうな顔で微笑む、筆頭従者のクルトだった。
「な……」
ノエル兄様は予想外だったらしく、絶句してらっしゃる。
ボク的には「あ~そっちか~」て感じだった。意外だったのは、この二人以外がいないってことくらいかな。
「ふふ、リエト様はあまり驚いておられませんね」
王宮内で話した時と変わらず、穏やかに話すクルトに問いかけられ、ボクも普通に返した。
「うん、まあその辺かなとは思ってたから。でもてっきりもっと人がいると思っていた」
「こういうことは、関わる人数は少ない方がいいんですよ」
「なるほど~」
勉強になるなぁと感心していたけど、ノエル兄様の方はそれどころじゃないみたい。
ボクとつないだままの手をぎゅっと強く握りしめ、目の前の自分の護衛だった男に対して怒りと失望をあらわにしていた。
「カジマール……なんで、お前が……っ!」
カジマールはよく兄様と一緒にいるのを見たし、ノエル兄様が生まれてからその護衛になる為だけにアルダから来た騎士だったはず。
そんなんだから、ノエル兄様もきっと信頼していたんだろう。おつらいね。
「しかも、よりにもよってヴァルテの奴と組んで……!」
兄様的には、それが一番許せない裏切りだった様だ。
カジマールは普段からヴァルテの人間に敵意むき出しで、クルトのことも嫌っている様に見えた。それが全部演技だったと言うのなら、それは兄様にはひどい裏切りだろう。
カジマールの反応はどうなんだろう?と兄様の背中からのぞくのと、カジマールが勢いよく土下座をするのが同時だった。
「申し訳ございません、ノエル様! しかし、ノエル様がアルダにお帰りいただくには、この手しかなかったんです!!」
「え……」
これにはノエル兄様も戸惑いを隠せないご様子。
(アルダに……”帰る”?)
ちょっと何を言っているか分からない。
ノエル兄様とカジマールのお話に口を挟むのもよくないかと思って、とりあえず兄様の横で静かに聞いておくだけにします。
「何を言っているんだカジマール。僕は……」
「ノエル様は、ナターリエ様も、本来であればアルダ国で王族の一人として過ごされる御方々です。それをこんな……ヴァルテでみじめな扱いを受けて……私は見ていられませんでした!」
ノエル兄様でみじめなら、それより悪いボクの扱いはどうなるのさ。思ったけどお口にチャック。
「ノエル様は、アルダで家族に囲まれ、幸せに暮らすべきです! アシャシュ侯爵も、奥方様もそう願われております」
「ブノワ大叔父様が?」
奥方様って言うと、ノエル兄様のおじいさまのお姉さまだね。現アルダ王の妹でもある。
つまりはこの件は、ブノワ侯爵と王妹が糸を引いているってことか。
「でも、僕は……」
動揺するノエル兄様にカジマールが畳みかける。
「ノエル様は、生まれてこの方ヴァルテで育ったので、ご存じないでしょう」
そうなのだ。ボクですら生まれて2回母様の故郷に行った事があるのに、ノエル兄様は無いのだ。
当然と言えば当然なんだけどね。だってナターリエ様はアルダからの人質に当たるんだから。
それでも、故郷に帰れないナターリエ様はおかわいそうではある。
だからあんなに、身の回りの物をアルダの物で固めているのかもしれない。
「アルダは大変美しい国です。美しい湖に、霊峰が映る姿を見る感動は、直接でないと得られません。だからこそ、私はノエル様だけにでもアルダに帰っていただきたく……そこの男の協力を得てことに至った次第です」
そこの男、と呼ばれたクルトは苦笑気味だったが、ノエル兄様に向き直った時は真摯な顔になっていた。
「私も……ノエル様のご境遇は不憫に思っておりました。少しでもお役に立てればと思い、先日アシャシュ侯爵をお話し出来た折に、今しかないと思いまして……不躾な真似をして、申し訳ございませんでした」
「ですが、私共はノエル様を無事、アルダへ送り届けたいだけでございます」
「そうです、国境近くでアシャシュ侯爵の用意してくれた隊が待機しているはずです。そこまでもう少しのご辛抱をいただけますでしょうか?」
二人がかりでノエル兄様に説明をし、もう少しですと言って水と食料を渡された。
クルトが、ボクにも渡してきたので、一応受け取っておく。
「だからボクに、ノエル兄様に近付かない様に言っていたんだね」
「巻き込まないためでしたが……結局巻き込んでしまいました申し訳ございません」
クルトはすまなそうに頭を下げる。
「リエト様のことは、必ず無事に送り届けますので」
∑
再びボクらは馬車の中に戻され、馬車は走り出した。
多分だけど、クルトがボクらを攫って、そのまま馬車で走り出したのだろう。カジマールは後から追いかけてきて合流したのか。すごいな~。
「水、飲まないのか?」
ノエル兄様に問われ、少し考える。水分は大事だから、飲んだ方がいいだろうけど。
「今ノドがかわいてないから大丈夫です」
「食事も?」
「はい、お腹も空いていません」
ニコニコとボクが答えると、ノエル兄様はため息を吐いた。
「用心深いな……そうもなるか」
「ノエル兄様は大丈夫だと思いますよ?」
ボクもさすがに毒は入ってはいないと思うんだけど、睡眠薬とかで大人しくさせておいて……はあるかもしれない。
「クルトのやつは、お前のことちゃんと送り届けるって言っていただろ」
「言ってましたね」
「……信じてないのか、同じヴァルテ人なのに」
ノエル兄様の言葉に、ボクはコテンと首を傾げた。
「ヴァルテ人だからって、みんながみんな信じられるわけでも、味方なわけでもなくないですか?」
現に今、ノエル兄様はアルダ人のカジマールに連れ去られているじゃないか。
「っ……そうだ、そう、そうだよな……」
何か言い返そうと息を吸ったと思しき兄様の口から出たのは、力ない声と息だった。
「カジマールがまさか、あんなことを考えていたなんて……」
カジマールはアルダ至上主義の狂信者に見えたから、ボクは別段不思議ではない気持ちだ。
思っても、実行に移すものじゃないとは思うけど。
それよりもクルトだ。彼にはずっと違和感があった。
ノエル兄様が不憫で、カジマールに手助けしたくなった?
何それ?
「……巻き込んで、わるかったな」
ノエル兄様に謝られたのはこれで二回目だ。
ボクが何と答えようか迷ってるうちに、兄様が次の言葉をつむぐ。
「僕が責任をもって、お前を無事にヴァルテに帰してやるからな」
え?
不思議な物言いに、ボクは思わず聞き返した。
「兄様は帰らないんですか?」
「アルダにか?」
「ヴァルテですよ。兄様のおうちはヴァルテじゃないですか」
何言ってんですか、もう!と呆れたら、ノエル兄様の目が見開かれる。
何で驚いてるんですか!
「ノエル兄様は、ヴァルテの第七王子で、ボクの兄様じゃないですか」
ノエル兄様の綺麗な目が、今度こそ零れるんじゃないかというくらい大きく開いた。




