54.護衛騎士たち、王子たちを追う
少し遡り、ベネディクテュスとローレンツは遭遇した後、使用人住居の建物へと走っていた。
ローレンツの気迫と真摯さに押され、また、リエトの無事のためと経緯を説明したベネディクテュスに、ローレンツは「その秘密の場所を知っている」と答えたからだ。
「かなり昔、ヴァルテがまだアルダ以外の国と戦争をしている時、籠城戦のために作られたらしい」
避難所兼食料、武器貯蔵庫らしい。主塔の下に作らなかったのは、管理のためとバレにくくするためだとか。
一部の使用人だけが存在を知っており、その際に誰かが隠し通路を更に枝分かれさせ、その中の一つが中庭の隅に続いたが、その入り口の上に木が植えられた。何とか通路を繋げようとした名残が、洞からの侵入口だ。
「その場所をノエル王子が見つけたのは、本当に偶然だった。もちろん俺たち側近は、危険が無い様にその場所を調べてどこに通じるかも把握したうえで見守っていたんだ」
ノエルは洞から入って、隠し通路に入ってすぐにある部屋までしか知らない。そこを自分の秘密基地の様にして遊んでいた。
だから問題は無いと判断し、見守っていたと言う。
まさかそこに誰かを連れて行こうとするとは。
使用人住居の一番西、人通りのない廊下突き当たりの壁をローレンツが何か操作し、隠し扉が出現する。中には下へ続く階段があった。
「ここからその部屋がある通路に通じている」
階段を降りると、細い通路が続く。ローレンツが簡易用のランプを取り出し灯りを点ける。
通路は真っ直ぐではなく、いくつもの分かれ道があったが、ローレンツは迷いなく進んでいく。ここではローレンツの言う事を聞くしかない。
森でも、そこで暮らす人の案内が一番だ。培っていた経験でベネディクテュスはそれを知っている。
「こんな場所に、ノエル王子を一人で行かせていたのか?」
今回のことがなくとも、問題が起こる未来しか見えないじゃないかと非難する物言いになるのは仕方ない。
しかし、ローレンツはそれに怒るでもなく、静かに答えた。
「いいや……基本、ノエル王子がこの場所に行かれようとする時は、外と中、どちらにも人を待機させて見守っていた」
「は……? それじゃ……」
ベネディクテュスが口を開こうとした時、ローレンツの足が止まった。
振り返って、指差す。
「ここだ」
石造りの床と壁に、質素な木の扉。
ローレンツが小さくノックをして様子をうかがうが反応は無い。
「ノエル王子、いらっしゃいますか? ……開けますよ」
バン、と鍵のかかっていない扉を開け、中を照らすが、狭い室内には壁に積まれている麻袋と、中心に散らばっているいくつかのオモチャだけで、誰もいない。
ただ部屋の中が、妙に植物っぽい匂いがする。
「これは……!」
部屋の隅っこに転がる瓶に気付き、ベネディクテュスは駆け寄った。
むわ、ときつい匂いがするその瓶は、今日リエトが持っていた香水に違いない。
「っ、坊ちゃん! 坊ちゃんどこかにいたら返事をしてください!」
ベネディクテュスが声を張り上げるが、石造りのここでは、こんなに声が反響しているのに返事はない。
そのまま洞へと続く通路も見たがいない。迷子になっている可能性も考え、他の通路も見たがどこにも、二人の王子はいなかった。
「!時間だ、合流のため一度戻る」
外を探しに行ったカジマールと合流する時間になり、一旦戻ろうとすると、ローレンツが怪訝な顔をした。
「今の時間の護衛担当はカジマールだったはずだが、どうして一緒じゃなかったんだ?」
聞かれても、ベネディクテュスの方が眉をしかめるしかない。
「そんなの、手分けして探した方が良いに決まってるからだろうが。だからカジマールが外に……」
言い返している途中で、その違和感に気付いた。
ノエルの側近はあの場所への出入り口を知っていると、ローレンツは言った。
だがカジマールは、二人が遅いから探しに行こうとなった時に、何と言った?
『私は外に出ていないか探してくる』
ザっと青ざめるのかが分かった。
全速力で走り、あの木の所に行くが、カジマールはいなかった。
真っ青になって立ち尽くすベネディクテュスに、ローレンツは声を掛ける。
「外に探しに行くと、カジマールは言ったんだな?」
「言った。厩の方に走って行ったのを見た」
「まるで……最初から二人が王宮の外、それも遠くにいる様な行動だな」
「!!」
その通りだ。
どうして気付かなかった。
ノエルのことも、秘密の場所についてもカジマールの方が詳しいのに、どうしてカジマールが中を探さない事に違和感を持たなかった。
リエトがいなくなったと知って、気が動転していた。では言い訳にならない。
自分はリエトの、唯一の護衛騎士なのだ。
あの子に何かあった時、一番に動いて、一秒でも早く救い出さなくてはいけないのに、何をしていたんだ。
自責の念で目の前が真っ暗になりそうになるのを、自らの手で頬を叩き気合を入れる。
(ダメだ。今は早く、坊ちゃんを救う事だけを考えないと!)
自分には情報が少なすぎる。ローレンツを見ると、彼も真剣な顔で考え込んでいた。
「そうか、カジマールか……」
「何か、心当たりがありそうだな」
睨むと、眉を下げて手を挙げる。
「そう殺気だった目で見るな。ここでは人目につくかもしれない、場所を変えよう」
リエトとノエル、二人の王子が連れ去られた事はほぼ確定だ。
それにノエルの護衛騎士であるカジマールが関わっている事も。
一刻も早く追いかけたいが、やみくもに突っ走って救えるものではない事くらいベネディクテュスにも分かる。
業腹ではあるが、ここはいったんローレンツの話を聞くべきなのだろう。
焦る気持ちを抑えて、側室棟に向かう途中、第五王子のディートハルトと第六王子のエアハルトに見つかり、リエトはどこだと追及されたのには参ったが、どうにか誤魔化してリエトの部屋へと向かった。
そこになら、もう一人、リエトの味方がいるからだ。
∑
「お話は分かりました」
黒髪を二つに結んだ少女は、淡々と、表情一つ変えずに話を聞き終わり、そう答えた。
そのあまりの冷静さに呆気を取られている間に、少女は、リエト付きのメイドであるメリエルは、二枚の紙を持って来て机の上に広げた。
一枚は王宮の大まかな見取り図。
もう一枚は、王宮を中心とした地図だ。
「何だってこんなもの持ってんだ」
「王宮勤めとして当然でございます。それで、その秘密の部屋の場所はこの辺でございますか?」
メリエルもリエト付き唯一のメイドとして同じフロアに住んでいるので、使用人住居には詳しくないはずなのだが、ローレンツの指す場所を知っているかのように頷き書き込んでいく。
「リエト様たちがいなくなってから、既に三時間ですか……。気付いた時点で一報を入れてほしかったですね」
「も、申し訳ねぇ……」
言われてその通りだと、ベネディクテュスは首を垂れる。
「済んだ事を言っていても仕方ありません。カジマール様が馬で出たという情報は確認出来ました。間違いなく、王宮の外へと連れ出されていますね」
「いつの間に……」
思わずと言った風に感嘆の声を漏らすローレンツを一瞥し、メリエルは続ける。
「弱小陣営には、弱小なりのやり方があるのです。リエト様が持っていた香水が割られていたのは幸いでしたね。多少は匂いを辿れるかもしれません、猟犬をお貸しいただけないか掛け合いましょう」
淡々と、だけど矢継ぎ早に情報を整理し、手段を出してくれるメリエルに感服しながらもベネディクテュスも懸命に頭を働かせる。
「匂いは、辿れるかもしれないけれど目的地が遠いと難しいだろうな」
「大体の目的地は、この方がご存じなのではないですか?」
メリエルの黒い瞳は、じっとローレンツに向けられていた。
「は!? えっ、知ってんのか!?」
じゃあ何ですぐに言わねえんだと、ベネディクテュスは何度目かの目の前の男を殴りたい衝動に駆られた。
「待て、確実じゃない。予想だし、範囲が広いから絞らないと難しい」
それでもある程度の予想がついているのに、黙っていたという事だ。
元々、リエトにひどい言葉を浴びせたり、リエトの元へ行くのを邪魔されたのだって昨日の出来事だ。
そもそもの話、この誘拐はローレンツと同じノエルの側近が関わっている。信じられるのか?
考えれば考えるほど、目の前の男への猜疑心が膨らんでいくのを感じる。
しかしそれを止めたのも、メリエルだった。
「ベネディクテュスさん、その方は信用して問題ありません」
「え、でも……」
「大丈夫です。この方は、リエト様の不利になる事は出来ません」
「え? だってコイツのせいで……え?」
メリエルの言葉が理解出来ずに戸惑うベネディクテュスだったが、当の本人は周知の事実を言ったまでといった風に、全く動じずにローレンツを見据えている。
ローレンツの方が、気まずそうにしている位だ。
「それで、カジマール様と組んでリエト様たちを連れ去ったのはどなたでしょうか?」




