53.護衛騎士、王子を探す
おかしい。いくらなんでも遅い。
ベネディクテュスは、主人とその兄王子が入って行った木の洞を睨みつける様に見ながら、その場から動かなかった。
同じ様にその兄王子、ノエルの護衛騎士であるカジマールもその場を動かなかったが、こちらはまだ余裕がありそうだ。
それにしても、幼子と言ってもいい二人の王子が中に入って、既に二時間は過ぎている。
「おい、その秘密の場所ってのはどの辺にあるんだ? いくら何でも遅くないか?」
しびれを切らしてカジマールに声を掛けると、当のカジマールの眉間の皺も深くなっている。
「確かに……いつもより遅い、かもしれん」
いや、かもじゃねぇよ!ベネディクテュスは怒鳴りそうになるのを耐えながら洞に頭を突っ込んで声を張り上げた。
「ぼっちゃーん! リエトでんかー! だいじょうぶですか――――!?」
しかし聞こえてくるのは、自分の声の微かな反響だけだ。
(木だから声が吸収されてしまうな)
「くそ、反応がない」
木から顔を抜いて悪態をつくベネディクテュスに、カジマールの方も焦り始めた。
「普段はこんなに長く入ったままという事はない。そこから抜け出してどこかに行ってしまわれたのかもしれない」
「はぁ!?」
そんな危険があるのなら、なぜ入る時に止めなかったんだ、という怒りが湧いてくる。
「私は外に出ていないか探してくる」
「くっ、それなら俺は王宮内を探す。1時間後にここに集合だ、いいな!」
「分かった」
言うないなや、カジマールは走り出した。目的地は厩であろう。
ベネディクテュスもこうしちゃいられないと、辺りに気を配りながら中庭を走り抜ける。
生き物の気配を探ることは、得意だ。耳を、目を、五感全てを澄まして主人の気配を探りながら駆ける。
(坊ちゃん、どうか無事で!)
あの不憫で、自分の心に疎く、やたら前向きな主人の無事を願いながら、木が隣接している建物の方へと足を踏み入れた。
右に行くと騎士詰所で、左に行くと使用人住居だ。リエト唯一の護衛騎士であるベネディクテュスはそのどちらにも住居を構えておらず、側妃棟の中に部屋があるのでどちらもなじみがない。
(あの洞から微かに風の音がした。地下通路があるなら、どこかに繋がっているはずだ)
距離的には騎士詰所の方が近いので、そちらから見ようとした瞬間、嫌な顔に会った。
「おお、誰かと思えば第八王子の護衛騎士のベネディクテュスじゃないか。昨日ぶりだな!」
「ローレンツ……」
軽い調子で挨拶をしてくるのは、先ほどまで一緒だったカジマールと同じく第七王子の護衛騎士、ローレンツだった。
今はカジマールが護衛に就いているという事は、彼は時間外なので騎士詰所で鍛錬でもしていたのだろう。
それは分かる。分かるが、今一番会いたくない顔だ。
「急いでるんだ、どいてください」
乱暴に押しのけていこうとするも、ローレンツは軽く避けて後に付いてくる。昨日もこうやって散々いなされ、付きまとわれて散々な迷惑を掛けられたことを思い出し、ベネディクテュスの顔はどんどん険しくなる。
「何だなんだごあいさつだな。珍しいな、第八王子の護衛はいいのか? 第八王子にはお前しか護衛がいないのに、サボっちゃ危ないじゃないか」
聞き流そうとしたが、今のベネディクテュスには無理な相談だった。
「その危ない目に合わせている一味のくせに、うるせぇんだよ! どけ! 急いでるんだって何回言わせる!」
一喝して引けば放っておく、引かねば力尽くでも……と考えていたベネディクテュスだが、ローレンツの顔を見て止まった。
主人と同じ、青灰色の目がベネディクテュスを真っ直ぐととらえていた。
「何があった? 話してくれ!」
∑
一方その頃、温室である。
「は~今日もリエトが来ないなんて、つまんないなぁ」
第六王子であるエアハルトは、テラスにあるイスに凭れ掛かり、白のパンツから伸びる子供にしては長い足をぶらぶらとさせながらぼやいた。
その様子を向かいの席から見ながら、第五王子のディートハルトはため息を吐く。
ディートハルトだって、昨日も今日もリエトが図書室に現れなかったのは寂しい。
もしかしたらこちらには、と思って二日連続で温室にもやって来たがおらず、がっかりしているところなのだ。
「もしかしてリエト……僕と遊ぶのがイヤになったのかな」
おまけに、この様にぐちぐちと後ろ向きな発言を目の前で繰り返されては、読書も進まないし呆れるしかない。
「……そんなことはないと思うけど」
仕方なく言ってあげたのにエアハルトの顔は晴れない。
「いや、多分そうだよ。僕とのおしゃべりが面倒だから来ないんだ。フィレデルス兄様がいた頃は毎日来てたって聞いたし」
いつも自信満々でキラキラとしていると思っていたが、こんな奴だったとは。
大体、ディートハルトは引っかかっていたのだ。
「何でそんなにリエトに構いたがるの?」
第三妃の子として、何不自由なく暮らし、同じ母親を持つ兄までいるのだ。……自分とは全然立場が違う。
そんなエアハルトがリエトと交流を持とうとする意図が読めない。
「何でって、そりゃあかわいいからだよ」
あっけらかんと答えられて、拍子抜けをする。
エアハルトは止まらなくなったのか、続けた。
「弟だし、小さいし、ほっぺたマシュマロみたいだし、それに僕の事を聞きたがるんだ、あの子。不思議だよね、ほとんど会った事もない、別陣営の王子の好きな物を知りたいなんて。おしゃべりしてて楽しいし、ころころ表情が変わるのもかわいい」
聞きながらディートハルトも、エアハルトの言っている事は大体分かる。
あんなに小さいのに、知識欲旺盛で、どんなことにも興味を持って、ディートハルトの話を目を輝かせて聞いてくれる。
「それにあの子、オリヴィエーロお兄様と僕への態度が同じなんだよ。アルブレヒト兄様にもだし、多分フィレデルスお兄様にもだよ」
そうだ、リエトはどの派閥のどの王子に対しても、態度を変える事がない。
内心首がもげるほど頷いていたディートハルトだったが、エアハルトの最期の言葉に固まった。
「何より僕よりずっと下の立場っていうのがいいね!」
「…………そういう考えは、同意しかねる」
絞り出す様に答えたが、エアハルトはキョトンとしている。
大人びた物言いが多いエアハルトだが、ディートハルトより一つ年下の九才の子供だと分かる。
「何でさ、上より下の立場の者の方が、気を使わなくていいし、何かあった時こちらが有利じゃない」
「……さっきはリエトが兄によって態度を変えないのがいいと言っていたのに、自分は変えるんだな」
「それは……」
痛いところを突かれたように、エアハルトが口ごもる。
ディートハルトも自分で言いながら、誰が誰に言っているのだと思った。
三人の妃と三人の側妃。
それぞれ立場が違い、それぞれの思惑がある王宮内。
その中で、誰に対しても同じ態度で接することなど、本来ならば不可能なのだ。
ディートハルトだって、主塔の妃たちの子である王子たちには気後れするし、見かけてもきっと話しかけられない。
かと言って、同じ側妃の子であるノエルだって、アルダ王家の血を引く者なのだ。外国との貿易も盛んな祖父の商会の事もあり、揉めるのはまずい。
リエトだけ……ディートハルトよりも「下」か「同じくらい」だと思っていたから、あの時話しかけられたに過ぎない。
(ああ、リエトに会いたいな)
「…………今日はもう、僕は帰るよ」
「……僕も、そうする」
リエトのいない温室にいても意味がない。
ディートハルトが立ち上がると、エアハルトも小さく呟いた。
傍から見ていた護衛騎士のアードリアンとオルフィエルも何とも言えない顔で付き従う。内心、何であの末王子は来ないのだと悪態を吐きながら。
「ん、あれは……エアハルト様」
温室を出て、中庭をそれぞれが歩いている時に、オルフィエルが何かを見つけてエアハルトに声を掛けた。
「なに……」
億劫そうにエアハルトが顔を上げ、ディートハルトもつられてオルフィエルが指す方に目を向けた。
「あれは……リエトの護衛騎士、と……」
「ノエルの護衛騎士だ」
中庭入り口で何やら言い争っている様に見えるのは、間違いなくリエトの唯一の護衛騎士であるベネディクテュスとノエルの護衛騎士であるローレンツだった。
駆け寄ると、二人もこちらに気付き、なぜかビクっと反応した。
「お前リエトの護衛騎士だったよな? リエトは? どこかにいるの?」
エアハルトが勢いづいて質問をしながらキョロキョロと辺りを見渡すが、灰色頭の小さな子は見当たらない。
「あ、え~ぼっちゃ……リエト殿下は今はお昼寝の時間なんです!」
「お昼寝の時間? それはもっと前じゃない?」
エアハルトは以前リエトに温室でのお茶会にもっと早く来れないのかねだった事があったが、その時リエトからさっくりと「お昼寝があるから」と断られたのだ。だからお昼寝の時間は把握している。
ディートハルトも、リエトが基本毎日のスケジュールをきちんと決めていて、その通りに動こうとする事を知っている。
「あ、あ~……」
「昨日ちょっと遊びすぎたらしくて、お疲れでお休みだそうですよ」
明らかに動揺して言い澱むベネディクテュスを後ろに追いやりながら、ノエルの護衛騎士であるはずのローレンツが答える。
(どう見ても、あやしい……)
小さな子供ならいざ知らず、二人の王子は10才と9才で物の分別は付く上に、人の機微に敏感なタイプである。
「じゃ、じゃあ失礼しますね!」
そそくさと中庭に走って行く二人の後姿を見ながら、王子たちは顔を見合わせ、口を開いた。
「オルフィエル、二人を追って。セレスタン、僕のお友達たちに連絡を取れるようにして」
「アードリアン、おじい様の商会の人に連絡を」
ディートハルトのリエトへの好感度は80くらい。
一方のエアハルトは、高そうに見えて60くらい。(友達にはすぐなれるけど、友達関係が長いタイプのキャラ)




