51.転生王子、秘密の場所に行く
あくる日、ボクが起きていつも様に自分でお顔を洗っていると、メリエルがタオルを差し出し、ボクの顔を拭いてくれた。
「どうしたの、メリエル。いつもはなるべく自分でやってくださいって言うのに」
不思議に思って尋ねると、メリエルは黒い瞳でじっとボクをまるで観察するように見てきた。
「お体にご不調などはございませんか?」
「え、体?」
言われて昨日何度かお胸やお腹がズーンと重くなった感じがしたことを思い出したけど、今日は特に何ともない。
「大丈夫だよ、どうして?」
「……いえ、大丈夫ならいいのです。今日は私の手が空いておりますので」
いつも忙しいメリエルだけど、手が空くこともあるんだ。
いや!それが普通じゃないと!職場環境改善をボクはまだ諦めてないよ!
「手が空いているのなら、メリエルも少し休憩したらいいよ。あとはボク一人でできるからさ」
メリエルはボクの世話係と言っても、アルブレヒト兄様よりも年下の14歳の女の子なのだ。
もっとやりたい事もあるだろう。
「メリエル……ボク、がんばるからね!」
ちゃんとお休みをあげられるように、王宮から予算をもらうか、ボクがお金を稼げるようになるよ!
決意を新たにメリエルに宣言をしたら、はぁ、とわざとらしいまでに明からさまにため息をつかれた。
あ、あれ?
「リエト様の前向きなところはよろしいのですが、突っ走り気味なところは治した方がいいかもしれません」
「え? え?」
ど、どういうこと???
メリエルがいつも自分のことは自分で出来るようにって言っていたし、お休みがないから少しでも休んで欲しいと思って言っただけなんだけど……。
あ、これなんかリボンのお土産を渡した時と似てるかも。
あの時もメリエルは、ボクの色の物が良かったって言ってくれたのに、それに気付けなかったボク。
こんなんじゃ素敵な旦那さんになれないと大反省したのに、またやらかした!?
「め、メリエル……どういう所が違ったかな?」
恐る恐る聞くも、メリエルはじっとボクを見て、目を逸らした。
「別に違ってはいません。しかし……ひとりよがりところはあるかと。ひとりよがりは……モテませんよ」
∑
メリエルはあの後「ひとりよがりは言いすぎました、申し訳ございません」と言ったけど、多分本心だ。
その言葉のあまりのショックさに倒れるかと思ったが、ボクは踏ん張って考えた。
ひとりよがり……自分のことばかり考えてるって事か。
確かに、お土産を選ぶ時も「ボクがキレイ」だと思った色を選んで、ベディやメリエルの好きな色や使う場所なんて考えていなかった。
キレイな色だから、みんな好きに違いないというのは、ボクの勝手な思い込みだ。
お休みもボクが夢の中の世界のイメージもあって、あった方がいいと思って……いや、おやすみはあった方がいいよね!?
働くって大変だもの!夢の中の世界では休めなくて病んだ人とかいたもん!心も体も休めるべきだよ!
でも、みんながそうとは限らない……てことなのか。
うう〜どうすればいいんだ。ひとりよがりの男になって、モテないなんて困る!お嫁さんと愛し愛される家庭を築くのに、それは困る!
まずは人のことを考えて動ける男にならなければ!
いずれ出会うお嫁さん、もしくはお嫁さん候補のことだけ気にしていればいいと思ってたけど、何事も積み重ねが大事だもんね!
そこではたと、そういえばオリヴィエーロ兄様たちへのお返事の手紙をまだ書いていなかったことを思い出した。
いや!最初はすぐに書こうと思ったんだよ!それで香水も貰ってきたし!
でも何を書こうか考えているうちに、アルダの使者だのなんだですっかり抜け落ち……これが自分のことばかり!
うわ〜、そうだよね、お手紙出したらお返事来るかなって誰でも気にするよね。
そうと決まればすぐにお返事だ!
まずは便せんに香水を吹きかけてみよう。封筒のほうがいいかなと思ったけど、アカデミーまで送るのだからそのうちに香りが消えてしまうかもしれない。
封筒の中の便箋であれば、兄様達が読むまで保つかもしれない。それに封筒を開けたらいい匂いするって、ロマンチックかも!
しかしここで問題が発生。
アカデミーまで保たせるのだからと香水を多めにシュッシュしていると、メリエルに「くさいです」と言われて部屋を追い出されてしまった!
いい匂いも、過ぎると辛いようだ。
仕方がないので、外でシュッシュしようとベディと一緒に移動する。
「どこでやるんでさぁ? 坊ちゃん」
「部屋だと匂いがこもっちゃうみたいだから、外だよね。側妃棟の裏庭でやろ」
あそこなら、僕らでも独占できる。
そう思って側妃棟のエントランスに出たところで、ノエル兄様とカジマールに遭遇した。
あれ、これ昨日の再放送?と思ったけど、今日はベディがいるの違う世界線だ。
「ノエル兄様こんにちは」
ひとまずあいさつをしてみたら、ノエル兄様はツカツカと早足でボクの前までやってきて、ボクの手を取った。
やっぱり再放送かな?
「ちょうどいい、来い!」
言うやいなや、ノエル兄様はまた早歩きで歩き出した。
ボクは昨日と同じく、足がもつれないように一生懸命ついて行き、その後ろを戸惑いつつもベディとカジマールがついて来ていた。
「兄様、どこに行かれるんですか?」
当分ノエル兄様の部屋には行かない方が……と思ったけど、兄様は側妃棟を出て、主塔への渡り廊下を進んで行く。
「お前昨日暗い所が大丈夫って言っていたから、僕の秘密の場所に連れて行ってやる」
感謝しろとでも言いたげなノエル兄様の声色。
秘密の場所?
話の流れからして、暗い所らしい。暗いところは別に怖くないけれど、進んでいきたいかと問われればノーである。
大体暗いところなんて何が面白いのだろう。
「そこは暗いところなんですか?」
「最初だけちょっと暗い」
じゃあずっと暗くはないのか。それならいいかな、と思っている内に、王宮の中庭に出た。
いつも行っている温室とは逆方向にノエル兄様は進む。中庭はキレイに整備されていてボクらの身長より高い木がたくさん生えているから、多分温室側からはボクらは見えないだろう。
整備された道をはずれ、草を掻き分けた先で、ようやくノエル兄様の手が離れた。
「ここ……ですか?」
中庭の外れの小さい木や大きい木がたくさんある場所。こういうのをうっそうとした、て言うのかな?
キラキラ美少年のノエル兄様には似つかわしくない場所だけど、ノエル兄様は得意げな顔でキラキラしている。
「ふふん、こっちだよ」
言うと兄様は、さらに奥の木に向かい、ボクを手招きする。
大人しく兄様のそばに寄って行くと、一番奥にあった大きな木の幹に穴がある。空洞って言うのかな?子供なら入れちゃいそうなくらい大きな穴。
「これ、中に入れるんだ」
「入ってどうするんです?」
入れそうだなとは思ったけど、別に木に包まれたい願望は持ち合わせていない。
「下に秘密の通路があるんだよ」
「え」
言われて空洞の中に頭を入れて中を覗き込むも、真っ暗で見えない。
「下って、どこですか?」
「特別に、連れて行ってやるから付いて来い」
言うやいなや、ノエル兄様が幹の穴に入っていく。
と思ったら、ぴょこっと顔だけ出した。
「あ、カジマール達は入れないからそこで待ってろ。ほら、来いよ」
「え、ちょっと……坊ちゃん……!」
「中はそんなに広くないから問題ない」
止めようとするベディをカジマールが抑えている間に、ノエル兄様の手がボクを引っ張る。
「わわっ」
下に秘密の通路って言うから、落ちてしまうのではと思ったけど、違った。
ボクやノエル兄様が立つと頭を打っちゃうくらい低くて、膝を曲げた状態でやっとだ。
「こっち、付いて来い」
ノエル兄様はそう言って、右手を壁に沿わせながら進んでいくから、ボクもマネして進んだ。
大きな木で幹も太かったけど、こんなに奥行きがあったっけ?と思っていたら、前の兄様にぶつかった。
「あいた」
「ちゃんと前を見てろよ」
「暗くて見えないですよ~」
だんだん暗いのに目が慣れてきたけど、それでもほとんど見えない。でも真っ暗じゃないんだよ。
入口の穴から光が入っているのとは別に、奥もうすぼんやりと光が漏れている気がする。
「ここ、階段になってるんだ」
ノエル兄様が指差した先がうすぼんやりとした光の元みたい。近くでじっと目を凝らすと、下に穴がある。
「先行くから、付いて来い」
ここまで来たら付いて行くしかない。
方角的に、側妃棟とは逆方向だけど、王宮内に向かっている気がする。
となると、官吏がお仕事していたりする塔の方かな?
階段は、そんなに長さはなくて5才のボクでも難なく地面に着いた。
(石畳だ)
靴が地面に付いた感触で分かる。
(整備されてる……て事は、やっぱり城からの隠し通路?)
でも入口があんなに狭くちゃ、子供しか入れない。何であんなに狭くしているんだろ?子供用ってことなのかな?
「この先に、僕の秘密の部屋があるんだ。もう少ししたら明るくなるから……」
うっすらと、ノエル兄様が手元をゴソゴソしてるのが見え、ボクの視線もそっちに集中する。
だから気付かなかった。
すぐそばに迫っていた、そいつに。
メリエルにモテない認定を受けて大ショックのリエト。
5才だからこれからこれから!
生き残れたら!




