50.転生王子、隠される
これまでのあらすじ。
ノエル兄様に本をやるから取りに来いと言われて、部屋に行って遊んでお菓子を食べたりしてたら、ナターリエ様がやってくるっぽい!
回想終わり!
つまりはえっと、大ピンチな感じらしい。
何たって相手は戦争に負けたせいで敵国の側妃になんてされたお姫様で、ボクはその戦争で大活躍した軍人の実の孫である。
そんな恨みの対象が、一人息子の部屋にいたら……ど、どうなっちゃうんだろう?
ボクは今までナターリエ様が感情をあらわにされている所を見たことがないから、想像がつかなくて、それがまた怖い。
とりあえず、周囲の反応を見る限り、歓迎されることがないことは分かった。
「と、とりあえずここに入れ!」
ノエル兄様が指示したのは、細かな装飾の入った子供用のクローゼットだ。周囲の人間も賛成らしく、あれよあれよと言う間に押し込まれて扉を閉じられてしまった。
と言っても、中にあった兄様のお洋服が少しはみ出したせいで引っかかって、扉がちゃんと閉まっておらず細い隙間から光が差し込んでいる。
別にボクは暗いのが怖いなんてことはないので平気なんだけど、外の様子が見えるのはありがたいので息を殺して、そっと隙間を覗き込んだ。
メイドたちがそそくさとテーブルの上を片付けて、ボクがいた痕跡を消している。ノエル兄様もひとりで遊んでいた風に、オモチャの所に戻っている。
ノックの音が響き、侍女がドアを開けた後にナターリエ様が登場。
「お母様」
ノエル兄様が立ち上がると、ナターリエ様は優雅にその場に膝を付いた。
「ノエル、私のかわいい宝物」
そう言って、ふわりと優しくノエル兄様を抱きしめる。
その顔は今まで見たことがない様な微笑みで、あのキレイな人が笑うとこんなにかわいいのだと、ちょっとドキドキした。
一方のノエル兄様の方も、ほっぺたと目元をピンクにしながら、ナターリエ様の方にそっと手を置いて抱き返している。
まるで絵画の様な光景に思わず見惚れると同時に、胸が何だか苦しくなった。さっきカロンを食べすぎたせいかな。
「ブノワ叔父様が帰ってしまわれて寂しいでしょう。またすぐ会えると言っていましたからね」
ブノワ叔父様って言うのは、確か昨日来ていたアルダからの使者の一人だったはず。
また来るのかな?
「本当ですか? じゃあそれまでに、新しい曲を演奏出来るようになっておきます!」
「あら、それは叔父様が喜ばれるでしょうね。わたくしにも聴かせてね」
「もちろんです」
胸を張って答えるノエル兄様に、また優しく微笑んでナターリエ様は立ち上がった。
「ブノワ叔父様からのお土産をたくさんいただいたでしょう? ノエルは何が欲しいか一緒に見に行きましょう」
ナターリエ様からの嬉しいはずの誘いに、ノエル兄様が困っているのが分かる。ボクがここにいるからだろう。
別に放っていってくれても、こっそり帰るから気にしなくてもいいのに、兄様は一生懸命言葉を紡いでいる。
「ぼ、僕まだやっていない課題があったのを思い出しました。それが終わったら、お母様の部屋にお伺いします」
「そうなの? 分かったわ、自分で学習する意欲があって偉いわね」
確か御年24歳で、母様よりもお歳上のはずなのに、まるで無垢な少女の様だ。
母様も少女っぽいんだけど、やっぱり何か系統が違う気がする。
白く細い手でノエル兄様の頭を優しく撫でてから、ナターリエ様は部屋から出ていった。
少しの間、部屋の中の人間みんなで耳を澄ませた時間があったと思う。
完全にナターリエ様が行ったと確証が取れたところで、ようやくボクはクローゼットから解放された。
「もういいぞ」
「ぷはあ」
ノエル兄様が扉を開けてくれて、外に出る。
隙間は空いていたけれど、いざ外に出てみるとやはり息苦しかったみたいで、思わず息を大きく吸った。
「その……お母様がこの時間に来ることはあんまり無かったから、大丈夫だと思ってた」
あ、そうなんだ。でも今朝までアルダの使者団がいたから、まぁイレギュラーがあっても不思議じゃないよね。
「暗い所に閉じ込めて悪かったな」
なんと!あのノエル兄様が謝った!
ボクは驚きながらも返した。
「大丈夫です! ボク暗いの平気です」
するとノエル兄様は「ふぅん、そうなんだ」となんでかちょっと嬉しそうにしてる。
「でもこの後お母様の所に行くって言っちゃったし、お前もをそろそろ帰さないとな」
確かに。そう言えばベディのことを忘れていた!
あの後学習部屋に迎えに来てボクがいないのに気付いたら、慌てて探しているかも!
「クルト、本は持ってきたのか?」
「あっ少々お待ちください!」
兄様に訊かれ、クルトは本を取りに出て行って、すぐに戻ってきた。手には薄い本が三冊。
ナターリエ様と遭遇して置いてきてしまっていたらしい。
「ふぅん、まだ他にもあると思うけど……まぁいいや、とりあえずこれだけで。ほら」
ノエル兄様はそう言うと、クルトから受け取った本をボクに手渡してきた。おずおずと受け取りながらも、一応確認をする。
「本当にもらっちゃっていいんですか?」
「いい。もう使わないし。それにお前の家じゃそんなに本を揃えられないだろ?」
これはエアハルト兄様の『悪気がない』パターンではなく、ある方だな。
でもノエル兄様の場合、これって照れ隠しの可能性も出てきた。
だって兄様がボクに本をくださる理由なんて本当に無いもの。
それに同情でも何でもいいのだ。
「はい! そうなんです、助かります!」
ボクへ割かれる王宮の予算は少ないし、母様の実家からの支援で勉強関係もあんまり期待出来ない。
「そこで肯定するなよ、情けない奴だな……」
兄様は呆れた顔で言われるが、外国の本なんて、なかなか手に入らなくて、とっても貴重なのだ。
それをタダでお下がりしてくださるなんて、ノエル兄様まじ天使案件である。
「外国のご本を取り寄せてって言うのはウチでは難しいと思うので、ノエル兄様とラウレンス兄様に本当に感謝しかないですよ」
ありがとうございます、ともう一度お礼を言ったのに、ノエル兄様の秀麗な眉がぴくりと動いた。
「ちなみに……ラウレンス兄様からは、何冊いただいたんだ」
「え? えーと確か……七冊だったと思います」
まだ全部読めていないから、思い出しながら言うと、ノエル兄様の目がジトってなった。
「兄様?」
「……次また、お前にあげられる本を用意しておく」
「え? まだくださるんですか?」
前回と合わせて四冊もいただいているのに!?
「エステリバリより、アルダの方が歴史が深いからな! 本もたくさんある!」
そんなところで張り合わなくても……。
まぁくれると言うならありがたく貰うだけですけどね、ボクは。
「わぁい、ありがとうございます。楽しみにしていますね」
「ふんっ」
ノエル兄様のいつもの「ふん」が見れたところでちょうど、部屋のドアがノックされた。
一瞬、ナターリエ様が戻ってこられた!?と部屋内に緊張が走るが、続いて聞こえた声にみんな力を抜いた。
「ローレンツです。リエト王子の迎えが来ています」
「坊ちゃん! 良かった無事で!!」
ローレンツと共に部屋に入ってきたベディは、ローレンツを押し退けてボクをがばりと抱きしめた。
あ、コラ、他の王子の部屋でそんな事やっちゃ……と注意をしようと思ったが、ノエル兄様を見るとバツが悪そうな顔で、怒ってはなさそう。
護衛も従者もいないボクを無理に連れてきた自覚はあるみたい。じゃあいいか。
ベディがどうしてお迎えがいつもより遅かったのかとか、なんで敵視しているローレンツと一緒に来たのかとかは後で聞くとして、今は早々においとました方が良さげ。
「じゃあノエル兄様、本ありがとうございました!」
「……ふん、いらない物をやっただけだ」
「それでもとっても助かります。お菓子もおいしかったし、いろんな物を見せていただきありがとうございました」
アルダのインテリアやおもちゃやお菓子なんて、なかなか見れないし食べられないから本当に貴重な体験だった。
「別に、大した物じゃない…………そんなに気に入ったなら、また見せてやってもいいけど」
さっきナターリエ様が来た時の反応をみるに、ボクがこのフロアを出入りする事はあまり歓迎されていないのだから、またノエル兄様のお部屋に来るのは難しいだろう。
少なくとも、しばらくは無理だと思う。
でもお気持ちだけでも受け取っておこうと、ボクは
「はい、またよろしくお願いします!」
と言って兄様の部屋を出た。
「それで何で、ベディはお迎えの時間が遅れたの?」
ノエル兄様の部屋を出て、さらにフロア移動をしたところでようやくボクはベディに何があったかの質問をした。
「本当に申し訳ねえです……。裏庭で鍛錬をしてたら、アイツがいきなり手合わせをしようって来やがりまして……」
うん、言葉づかいね。まあボクしかいないからいいけど。
「あいつって、ローレンツ?」
「へぇ。断ったんですがしつこくて……結局やる羽目になった上に、もう時間だからって行こうとしても仕掛けられてなかなか離れられなかったんです」
「なるほどね〜」
ベディが時間通りに来ないなんておかしいとは思ってたんだよ。
急に兄様がボクの学習部屋に、授業が終わった後に現れた事を考えると、おそらくグルだろう。
ローレンツはベディの足止め役だったみたいだ。
「まんまとだったね」
「面目ねぇです」
これはまぁ、ボクに付いている人が普段一人しかいない事が問題なので、ベディをいちがいに責められないよね。
ボクだって、ノエル兄様に連れて行かれる時にうちの執事とかメイドを呼ぶ判断も出来たのに、しなかったわけだし。
「まぁそれはもういいや。それより何で、ノエル兄様の部屋に来た時一緒だったの?」
明らかに意図を持って足止めをされていた人間と一緒にその後も行動するのはおかしくないか?と思って聞くと、ベディはことの経緯を説明してくれた。
「やっとアイツを振り切って、坊ちゃんがいるはずの部屋に行ったんですが誰もいなくて、慌てて探していたら、厨房のビアンカが」
「ビアンカが?」
あのドジっ子キッチンメイドが出てくるとは思わず聞き返す。
「へぇ、坊ちゃんがノエル王子に手を引かれて、上の階に行くのを見たって言うんでさ」
「あ、見てたんだ。ん? 何で見てたのに誰にも報告してないの?」
ビアンカが誰かに言っていたら、すぐにメリエルの耳に入って、メリエルが何かしらの手を回して迎えに来てくれていたと思う。
それが無かったと言うことは、ビアンカが誰にも言っていないと言うことだ。
「それが、坊ちゃんとノエル王子が手を繋いで仲良さそうだったとしか見ていなかったみたいで……」
「おう……」
思わず声が漏れてしまったじゃないか。
これは流石に、ドジっ子で許される範囲なのだろうか?悩んでいると、ベディが続きを話し出す。
「あ、この話はジェフ達も一緒に聞いてて、こっぴどく怒られてやした」
「あ、そうなんだ。よかった」
直属の上司であるジェフが怒ってくれたなら、ボクが出る幕ではない。ホッとしながら続きを促す。
「それですぐにでも上の階に迎えに行こうとしたんですが、いつの間にか付いて来てやがったローレンツのやつが、今はまずいって止めてきやがって」
「まだ足止めしてくるんだ。……ん?違うね、そのタイミングって……」
「そうです、ちょうどナターリエ様が部屋に向かわれていた時です」
あーたしかに。
あのタイミングでベディも来ちゃったら、フォローのしようがなくて大変だったろうね。
ボクが部屋にいた事もバレただろうし、ナターリエ様とノエル兄様がいる部屋にボクの護衛騎士が乱入するのもまずかったろうし。
これはローレンツにお礼を言うべきなのか?
いや、そもそもローレンツがいなければ、ボクはノエル兄様のお部屋に連行されていないのか。
「ふーん? 一応助けられはしたのかな」
「分かんねーです。何考えてるのかあの野郎……」
ローレンツはぼくとノエル兄様の交流推進派(ただしボクがイケニエとなること前提)だから、その手助けをしたんだろうけど。
何のためかが、よく分からないな。
その日の夜ごはんの時も、母様は「ナターリエ様ばかり陛下とお食事してずるいわ」って話をまだしていた。
それにあいづちを打ちながら、またお腹なのか胸なのか、どこかがずんと重くなる感じがした意味も、よく分からなかった。




