49.転生王子、じゃんけんをする
「ノエル様、お客様がいらしている……」
そう言いかけながら入ってきたクルトはボクを見つけて一瞬、目を見開いた後、ぎゅっと眉間に皺が寄った。訳が分からないと言う顔だ。
すぐにハッとした様に、元のにこやかな顔を貼り付ける様にして戻った。
「リエト様が、いらしていたのですね」
言いつつも、クルトの目はボクを「どういうことだ」って言いたげに見てきている。どうもこうもないんだけどね。ボク、クルトのお願いを了承した覚えはないからさ。
「うん、ノエル兄様がアルダの本を見せてくれるって言うから~」
部屋の主に正式に招待されて来たんだよ~とアピールすると、クルトの視線がノエル兄様に向く。ノエル兄様は、うっとうしそうにその視線を無視した。
「そうだった、本だったな。クルト、僕がもう読まなくなった本を持ってこい」
「…………かしこまりました」
クルトはノエル兄様のことを心配していたのに、この態度である。
まぁね、クルトの心配ってボクも見当違いだなとは思っていたから、もしかしたらノエル兄様も同じ見解かもしれない。
「クルトが本を用意している間に、お菓子を食べさせてやる。お前が食べた事ないようなお菓子だからな、僕に感謝するように」
ノエル兄様が言う通り、テーブルに並べられたお菓子は色とりどりで、ボクが見たこと無いものばかりだった。
「兄様これは何ていうお菓子ですか?」
ピンク色の丸いクッキーみたいなのを手に取ると、とっても軽い。おまけによく見るとクリームみたいなのが挟んである。ピンクのお菓子なんてボク初めて!
「それはカロンっていう、卵の白身で作るお菓子なんだ。軽くて、中に甘いのが入ってておいしいぞ!」
女の子がすごく好きそうな外見に、ほうほうと心にメモしながら口に入れてみる。
サクッとしてるけど、クッキーとかとは違うとっても軽い口当たりの後に、クリームと一緒にトロっとした甘酸っぱいのが出てくる。
「わっ、中から何か出てきました!」
「ピューレだよ、知らないの? お前」
果物を半液体状にしたものなんだって。う~ん、甘いクリームと合ってとってもおいしい。
「わ~本当に全然食べたことないお菓子です!とってもおいしいです」
それに女の子受けしそうです!
「ふん、アルダでは人気のお菓子なんだ。うちではアルダから来たシェフがいるからな」
ノエル兄様は自慢気に顎をつんと上げている。
「お食事もアルダのお料理なんですか?」
「そうだぞ。食事は大事だからな、こればっかりはヴァルテの人間にはまかせられないってお母様も言ってる」
「そうなんですか~」
ヴァルテの王宮で、アルダの装飾のお部屋で、アルダ料理を食べて、アルダの使用人だけを信用している、んだ。
ノエル兄様は、ヴァルテの王子なのに。
不思議な生活だねぇ。
同じ他国からの嫁入りをされた母を持つフィレデルス兄様も、ラウレンス兄様も、多少はエステリバリの文化を取り入れた洋服や使用人は連れてきているけれど、もっと自由に見えた。
アルダとヴァルテの関係もあるのだろうけれど、ナターリエ様とノエル兄様は、このアルダ色のフロアからあんまり出てこられずに、アルダの文化に囲まれて暮らされている。
うーん、やっぱり国際結婚ってむずかしいね。
ボクはヴァルテに対してそんなに愛着が無いから、どこに婿入りしてもそっちの文化に合わせる気持ちがあるけどね!
「僕はジューヌ味が一番好きだな、黄色のやつ……あ、もう1個しかないから今度な」
「え~!」
そんな事言われたら、食べたいに決まってるじゃないか!
「ノエル兄様はいつでも食べられるんですから、譲ってくださいよ~」
「元々僕のだ」
お客様用に用意したんじゃないの!?
「じゃあじゃんけん! じゃんけんしましょ!」
ボクが妥協案を出すと、ノエル兄様は黄色いジューヌ味のカロンを持ったまま、キョトンとした顔をした。
「“ジャンケン”って、なんだ?」
え?あっ!
間違えた、“じゃんけん”は夢の中の世界の言い方だった!
ボクは慌てて言い直した。
「まちがえました、”ジュー”で決めましょ!」
ヴァルテではじゃんけんのこと“ジュー”って呼ぶんだよね。それに手の形もちょっと違うから、間違えない様にしないと。
気合を入れてノエル兄様を見たら、兄様はまだキョトンとしていた。
「“ジュー”って、なに?」
あれ?
その様子を見るに、いじわるで知らないふりをしているわけでもなさそう。
え、でもジューだよ?ジューは誰でもやらない?王子だから、そうやって競うまでもなく全部譲ってもらってたってこと???
「えっと、手でこうやって、形を作って、掛け声と一緒に出して勝ち負けを決めるんですけど……」
ボクが手を使って説明すると、ノエル兄様はけげんな顔をした後、閃いた様に目を開いた。
「ん? ああ、“クレエ”のことか」
「クレエ?」
今度はボクが首を傾げる番だ。
「手の形で三種類の表現をして、勝ち負けを決めるゲームだろう? アルダではクレエっていう」
あ、あ~そういうこと!
何とじゃんけん基い、ジューはアルダでは呼び方が違うらしい。
「アルダでは、鳥と水と太陽でやる」
そう言ってノエル兄様は、小さく白い手でくちばしの形を作り、次に手を広げ、次に小指を立てて手を握った。
くちばしが“鳥”、パーが“水”、小指立てが“太陽”の様だ。
「へ~、ヴァルテも太陽はありますよ。あとは人と獣です」
お隣の国でもこんなに違うんだと感心しながら、じゃあそっちでいいかと思う。
「じゃあクレエで決めましょう」
ボクがそう言うと、ノエル兄様は少し黙った。
「…………いや、いい。ジューでやろう。手の形を教えろ」
「え?」
ボクも驚いたけど、控えていたメイドと騎士のカジマールも驚いた様にノエル兄様を見ている。
どうしようかなと思ったけど、ここはノエル兄様の希望通りにしようとボクはジューの手を教えることにした。
ジューは人→獣→太陽そしてまた人、という流れで強い。
人は獣より強くて、獣は人に弱く太陽より強い、太陽は獣より弱く人より強い、という事だ。何で獣が太陽に勝てるのかは分からないけど。
“人”は人差し指を立てるだけ、“獣”は親指を立てて、“太陽”はアルダ式と違って、拳を握るだけだ。
「単純だな。掛け声は?」
「ダー・ティー・ソラー、です」
まんま「人」「獣」「太陽」って意味だ。
「じゃあ……ダー」
「ティー、ソラー」
掛け声とともに、お互いに手を出す。
ノエル兄様は人差し指を立てた“ダー”、ボクは拳を握った“ソラー”だ。
「わぁい、勝った~!」
ボクが両手を上げて喜ぶと、ノエル兄様は自分の手を見ながらむすっとしたお顔。勝負に負けたのが悔しいのか、よっぽどジューヌ味のカロンが食べたかったのか。
ノエル兄様に声を掛けようとしたら、横から「待った」が掛かった。
「ヴァルテの人間がヴァルテ式で勝つのは当たり前でしょう。アルダ式でもやり直すべきです!」
護衛騎士のカジマールである。
見れば控えているメイドや従者も「そうだそうだ」と言わんばりの顔をしてボクを睨んできている。
ウソでしょ!?
幼児のお菓子の取り合いじゃんけんに、物言いがつくの!?
あまりの過保護ぶりに驚いて固まっていると、ノエル兄様がガタっと席を立って後ろを振り返る。
「やめろ、僕が負けたんだ。それにこんな単純なゲーム、すぐに覚えられる」
だよね!?じゃんけんが覚えられないとかないよね!?
ホッとしていたら、兄様がボクに黄色いカロンを差し出してくれた。
ボクはそれを受け取り、少し考えてから二つに割った。
「半分こしましょ!」
ノエル兄様は、一度目を丸くした後に、またいつものぶすっとした顔になる。
「施しは受けない」
お菓子でほどこしって!
元々ノエル兄様の用意してくれたものなのに、おかしいの。
「ボク他の味も食べたいけど、たくさん食べるとごはんが食べられなくなっちゃうから、半分食べてもらえると助かるんです」
これは本当。
カロンって色とりどりで、色違いが全部味が違うと聞いたからにはぜひ全部食べてみたい。でもまだ五才のボクのお腹では、そんなに食べたらお夕飯が食べられなくてメリエルに怒られちゃう。
ノエル兄様はしばらくジッとボクを睨んだ後、ようやく手を出してくれた。
「……そういうことなら、もらってやる」
本当にジューヌ味がお好きみたいだ。
その後もいくつか半分こにしながらカロンを食べて、再び兄様の持ってきた物を見せてもらっていると、ドアの方が騒がしくなる。
兄様も気付いてドアの方を見ると、本を取りに行ったはずのクルトが慌てた様子で入ってきた。
「ノエル様、ナターリエ様がお見えです!」
「!」
サッと部屋にいる全員の顔が、ボクに向く。
あ、ボクここにいちゃいけない感じ?
カロンはマカロンみたいなイメージで。
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