47.転生王子、懇願される
さっき見たアルダ使者団の出迎えの中に、クルトもいたと思ったんだけど、こうして今ここにいるって事は見間違えだったのだろうか?
「クルト、アルダからのお客さんはいいの?」
ボクが訊ねると、クルトは疲れた様に小さく微笑んだ。
「今は執事が屋敷の案内をしておりますので」
ヴァルテの人間でアルダのお客を迎えるというのは大変な気苦労があるのだろう。
「ですので、このお時間にリエト様とお話し出来ましたらと参りました」
さてどうしよう?
メリエルは湯浴みの準備に行ったので、当分は戻らない。
ベディは少し待てば帰ってくるから、それまで待っててって言う?
「ボク今ここを動けないんだけど、それでもいい?」
ローレンツと同じご用事なら、現在アルダの人がいっぱいの所に連れて行かれるって事になっちゃうからそれは避けたい。
クルトは騎士ではなく従者だから無理やりとかは~と思ったけど、成人男性対5才児じゃボクが負けるに決まってた。
クルトがそのつもりだったら勝ち目がないから、ここは話し合いでどうにかしたいな、と思って言ったけど、クルトは意外にも「大丈夫です」と答えた。
「ここでもいいってこと?」
「はい、少しお話がしたかっただけですから」
「ふぅん、じゃあどうぞ?」
ここでもしもローレンツと同じ事を言うのならば「もう知ってるよ」って言えばいいだけだ。
しかし、クルトの発言はボクの予想を大きく裏切ってきた。
「ノエル様に、近付かないでいただきたいのです」
「…………うん?」
近づかないでもなにも、全然近くないと思うんだけど今現在。
あとローレンツとは全くの真逆だった。これは予想外。
同じノエル兄様の側近でヴァルテ人同士でも、思想は違うってことか。まぁそれはそうか。同じヴァルテ人だからって皆が仲良しなわけではない。
現にヴァルテ人同士の派閥争いの話をこの間も聞いたばっかだ。
それはそれとして、クルトの話に戻そう。
「近づかないでって、どういうこと?」
意図が全然分からなくて、疑問をそのままぶつけてみる。
「リエト様は現在、積極的に他の殿下たちと交流をなさっているでしょう?」
え、そうかな?
アカデミーの兄様たちからお手紙が来たのはオリヴィエーロ兄様の差し金だし。
ディートハルト兄様とは図書室で一緒になるから、おすすめの本や読んでいる本で分からない所を教えてもらっているだけだし。
エアハルト兄様とはお互い温室にご用事があるから、ついでにおしゃべりしているだけだし。
ボクはディートハルト兄様がいなくても図書室には行くし、フィレデルス兄様やエアハルト兄様がいなくても温室にも行く。
ボクが積極的にどうこうってのは、ないと思うんだけど。
あ、でもこの間ベディやメリエルもそんな感じのこと言ってたな。
ボクがどうこうよりも周りからはそう見えるって事もあるんだね。
「クルトからはそう見えるんだね。それで?」
「……ノエル様は、アルダ王族の血を引く御方です。それが今はヴァルテの側妃の子として甘んじなければならない。とても複雑なお立場でいらっしゃいます」
「そうだね」
「ただでさえヴァルテの王宮でのお暮らしで辛い思いをされている中、オーバリ男爵のご令孫であられるリエト様が近くにいては、余計お心を痛めてしまいます」
(ん? うーん)
ちょっと引っかかるけど、まぁいいか。
要は側妃入りする原因にもなったおじいさまの孫であるボクが近づくと、ノエル兄様が嫌な思いをするだろうから遠慮しろって事だよね。
「うん、分かったよ」
クルトが言いたい事はね。
ボクがうなづいた事で、クルトがほっとしたのでボクに話したいことっていうのは、コレだったのだろう。じゃあ用事は終わりだね、と思った時にふと思い出した。
「あ、そういえばクルトってマチェイ先生と同級生だったんだってね」
マチェイ先生の話では、クルトは勉強も運動も出来て人望もあって級長を努めていて、マチェイ先生の嫉妬の対象だったみたいだ。
しかしクルトは少しの間の後、手を顎にやり困った顔をした。
「マチェイ……すみません、覚えがありませんね」
マチェイ先生ー!
眼中にもなかった―――――!!
「ええと、ボクの家庭教師のマチェイ・デジレ先生なんだけど、クルトとアカデミーで同じクラスだったって言ってたんだけど……」
「ああ、はい。リエト様の家庭教師の名は存じ上げておりますが……同級生だったかと言われると、記憶が……」
あーーーー完全に一方通行の思い出―――――。
「ううん、ごめん……。無理に思い出さなくていいよ」
これ以上ここにはいないマチェイ先生の可哀想な所を見たくなくて、ボクは思い出そうと悩むクルトに首を振った。
「そうですか? 申し訳ございません」
クルトは本当に申し訳なさそうに眉を下げて礼をして、去って行った。
「坊ちゃん、お待たせしやした」
ちょうど入れ替わりにベディが戻ってきたのだが、去って行くクルトの後姿を見て目つきを変えた。
先日のローレンツのことがあって、すっかりノエル兄様の側近は敵認定したらしい。
「坊ちゃん、大丈夫でやしたか? 変な事言われてませんか?」
「変なことと言えば変なことだったけど」
ローレンツもだけどさ、何でボクが、別陣営の従者の言う事を聞くと思うんだろうね。
顔色を青くするベディに大丈夫だよと返して、ボクはメリエルが待つお風呂場に向かった。
∑
赤みの強い金髪をしっかりとセットし、同じ色の髭も綺麗に整えられているどこから見ても紳士、ブノワ・アシャシュは一通り義理の姪の住むフロアを見て回った。
妻からも、義兄である現王からもくれぐれもしっかりと監察するようにと言われている。
ブノワ自身も、アルダの大事な姫をヴァルテが戦勝国権限で側妃として迎い入れた事には未だに納得がいっていないし、これで粗末な扱いでもしようものなら再び戦場に立ってもいい気概だ。
今回の査察では、出迎えの際には王も出てきたし、姪と王子の住むフロアも見たところ不足も無い。
普段から大国と声高に名乗っているだけの経済力とアルダへの配慮は一応持ち合わせている様だ。
気に入らないのは、使用人くらいか。
ヴァルテの人間が多い。
ナターリエの輿入れの時にも、ノエルが生まれた時にも、アルダから使用人も騎士も送り込んだが半分は送り返されている。
今のノエルの側近のまとめ役もヴァルテ人だ。この男は多少話せば分かる者だったが、気に入らないことに変わりはない。
「かわいそうに」
思わず口を付いたのは、敵国で過ごす姪とその子を思っての事だ。
ブノワはナターリエの事は幼いころから知っている。
アルダ国でも評判の美しい姫で、清廉でいて、か弱い見た目からは想像が出来ない程芯がある子だった。王家の血を濃く継ぐ公爵令嬢という事もあり、縁談も多く申し込まれていたのに、敵国の二十も年上の男に嫁ぐ事になるなんて。
しかも正式な妃ではなく、側妃として。
そんなナターリエにそっくりな美しい王子、ノエルもアルダに生まれていたのなら幼い頃のナターリエの様に蝶よ花よと育てられただろうに。
敵国の側妃の子として、みじめな暮らしを強いられている。
アルダはヴァルテに比べ確かに国土は狭い。
それでも培ってきた歴史と文化は負けているなんて事はない。
ただヴァルテの方が資源が多く、戦争が強い……馬鹿の様に強い騎士がいた。それだけだ。
現在は停戦条約を結び、資源の貿易も多少はしているが、決してアルダがヴァルテに屈しているわけではない。あくまでも対等な立場だ。いや、国としてはアルダの方が歴史が長いのだから先輩であろう。
それなのに。
「必ず、救い出してやるからな」
ブノワの呟きは、ヴァルテ王宮の廊下に響くことなく、消えて行った。
理解はしたけれど、了解をしたとは言っていないリエト。




