46.転生王子、アルダからの使者団を見る
「アルダからの使者?」
温室のテラス。夏だけど温室内は温度調節されていて、テラスの部分はガラスも特別製で日差しが熱すぎるという事もない。
年中ぽかぽか陽気のテラス席で、ボクはエアハルト兄様の従者が出したケーキみたいな焼き菓子を食べながら繰り返した。
同じ席には、さっきボクに教えてくれたエアハルト兄様とディートハルト兄様がついている。
「そう。ナターリエ様とノエルのご様子伺いに来てるんだよ定期的に。同じ側妃棟に住んでて、今までも見た事ない?」
言われて思い出そうとするが、ボクって活動的に動くようになったのは最近で、基本は自分の部屋や階からあんまり出ていなかったんだよね。
それにナターリエ様陣営の人達には近付くとろくな目に合わないから、見かけても誰か確認するもなく距離を取っていた気がする。
「うーん、あんまり覚えてないです」
「僕は見た事あるよ。アルダからの使者は大体白か青の服を着ているから目立つんだよね」
同じく側妃棟在住のディートハルト兄様が言う。
ああ、アルダでは白は高貴で神聖な色とされていて、湖の青も大事なお色だってあの絵本に書いてあったな。
「そうなんですね~。確かに、ナターリエ様も白いドレスが多いですね」
ノエル兄様はどうだったっけ?と思ったけど、そこまで白のイメージはない。
「そう、その白集団のアルダ使者団が、今回は侯爵が率いてくるんだってさ」
「こうしゃく……て言うと、ナターリエ様のお父上ですか?」
ナターリエ様は現王の姪っ子、アルダ王の兄弟の娘さんだ。お父様は公爵であったと思ってきけば、そっちじゃないよとディートハルト兄様に否定をされた。
「ヘルシュプルング家と同じ侯爵の方だよ」
ああ、なるほど、そっちか。おんなじ「こうしゃく」で位が違うのって本当にややこしいよね。
「何それ、うちのことバカにしてる? 爵位を金で買った平民上がりが?」
感心していると、エアハルト兄様が何だかおこである。
あ、そうか。正妃のツェツィーリア様は「公爵」家のご出身だもんな。きっとマルガレータ様がいつもぼやいているのだろう。
「……そんな訳ないじゃないか。いちいちそうやって嫌味な言い方するのやめなよ」
平民上がりと言われたディートハルト兄様もいい気はしないみたいで、目に影を落としながらも言い返している。
最初はギクシャクしていた二人だけど、だんだんと打ち解けてきたみたい。
初めはエアハルト兄様に様を付けたり敬語だったりしたのも段々と取れて、兄なのだからと今では呼び捨てタメ口になったし、こうして言い合いもできるくらいだ。
「マルガレータ様がそう言っておられたんです?」
ボクが口を挟むと、エアハルト兄様は何度か瞬きをして、素直に頷いた。
「うん。うちは歴史が長くて実績もたくさん出している侯爵家の中でもえらいんだよ。公爵家と比べて下ってことはないんだって」
実際爵位には歴然とした序列があるのは分かっていて、そう言ってるみたいだ。
だからこそ、下の方の爵位呼ばわりが気に障ったみたい。
ディートハルト兄様もエアハルト兄様の言い方が、マルガレータ妃の受け売りだと分かって憮然としながらもそれ以上は何も言わなかった。
ボクも話を元に戻した。
「それで、ブノワ侯爵っていうのは、アルダのえらい人なんですか?」
「ああ、今のアルダ王の妹君の輿入れ先だよ」
「あーなるほど」
つまり、ナターリエ様から見たら叔母の旦那さま、ノエル兄様から見たら大叔父様になるのか。
王族入りはしていないけれど、王女を嫁にもらったとなるとかなりのえらい人だ。
「わざわざ身内であるブノワ侯爵が来るって事は、ヴァルテ王国への牽制だろうね」
訳知り顔で言うディートハルト兄様は、新人貴族のお家なのにやけに貴族間の関係や思惑にお詳しい。
いや、新人貴族だからこそなのか。
知らないはトラブルの元だもんね。
「アルダはナターリエ様とノエル兄様のことが心配なんですね」
「まぁ、箱入りのお姫様が敵国で側妃扱いされていれば、心配にもなるでしょ」
でもノエル兄様は父様のお気に入りだし、という事はナターリエ様のご容姿も父様の好みであるという事だ。
あんまり心配いらないような気もするけれど、それはみそっかす王子基準なのかもしれない。
「ただでさえ色んなのがいて面倒な王宮なのに、アルダの王族に近しい者まで入り込まれちゃ気が休まらないよ」
やれやれといった感じで、エアハルト兄様はイスにもたれ掛かって天を仰いだ。
ディートハルト兄様はそんなエアハルト兄様を見て「お前も含めな」って顔をして口を開く。
「そういう事、あんまり口に出して言うべきじゃないと思うよ」
「ここ以外では言わないよ。どうせ、あなたやリエトが告げ口したところで僕の方が信じられるだろうからね」
「…………そういうのは、日ごろから言っていると態度にも口にも出てしまうものなんだよ」
「出ないよ。出さない、出した事ないもの。兄ぶって喋るの止めてもらえるかな」
「実際、僕は君の兄だけどね」
うんうん、二人とも随分スムーズに会話できるようになったよね。あ、これは葉っぱを触るとかぶれちゃうんだった。あぶないあぶない。さて次は――――
「あの……リエト王子」
「ん?」
次の植物を調べようと図鑑をめくっていると、上からエアハルト兄様の従者であるセレスタンに話しかけられた。
「なぁに?」
「いえ、あの……何をなさっているのでしょうか?」
遠慮がちに問われて、首を傾げる。見て分からないのかな?
「植物観察だよ」
「あの、それは今じゃないといけませんかね?」
おかしな事を言う従者である。
温室に来て、植物観察する何が悪いと言うのだろうか。
「うん。ボクは元々温室には植物観察に来ていたから、今じゃないとダメ」
だって他の時間はお勉強したり鍛錬したりお昼寝したり、忙しいんだよボクは。
「えー……あの、出来ればエアハルト様とディートハルト様の仲裁に入って、お三人でのお茶会を続けてもらえましたら……」
ちらりとテラスの方を見ると、ふたりは元気に言い合いをしている。
ボクがいないのも気付いていないみたい。
「二人で大丈夫だよ。ボクは観察に戻るね」
ニコっと笑って、次の植物を改めて観察して辞典を再び開いた。
∑
翌日、ベディ式鍛錬(改)をしている時に何だか表が騒がしい。
ちょうど休憩を入れようと言っていたので、ボクはこっそり建物内を覗きに行った。メリエルとベディも一緒だ。
鍛錬をしているのは側妃棟の裏庭的スペースなので、そこからそっと中を覗くと、一階玄関ホールに見覚えのない人が数名と、それを迎える様に大勢の使用人たちがいた。その中に、見覚えのある人物を見つけ合点がいく。
ナターリエ様とノエル兄様だ。
という事は、迎えられている側の知らない人たちは噂のアルダの侯爵と使者たちなのだろう。確かに、侯爵らしき一番えらそうな男性は白い服、他は青い服を着ている。
「アルダの使者団みたいだね」
「そうですね、リエト様は見つからない方がよろしいかと」
あ、そっか。ボクのおじいさまがアルダとの決闘で大暴れしたんだもんね。
アルダの人はもれなくボクのおじいさまならびにボクのことが嫌いだ。
そっとその場を離れようとしたら、ふと、ノエル兄様と目が合った。
しまった、ボクがここにいる事を使者団に言われたら怒られちゃう!と思ったけど、ノエル兄様はボクをじっと見た後、ちらっとだけ侯爵らしき人を振り返って、もう一度ボクを見てから移動する使者団たちと共に上の階へと行ってしまった。
(見逃してくれた……?)
いつもみたいに「フン!」てそっぽを向かれるでもなく、どこか名残惜しそうな……て、そんなわけないか!
先に行ったベディとメリエルと追いかけて、ボクも元の場所に戻る。
「あれってアルダ国の侯爵一行なんでしょう? そういうえらい人のおもてなしは主塔の方でやるんじゃないんでさぁ?」
不思議そうなベディに、メリエルはため息だけを吐いたので、ボクが代わりに答えてあげた。
「主塔でもしたんだと思うよ。でも大事な自国のお姫様と王子様がどんな暮らしをしているか、現地も確認したかったんでしょ」
「あ~そういう」
お話でだけなら何とでも言えるから、現地査察ってやつだ。
まぁ側妃ではあるけれど、ナターリエ様もノエル兄様も大事にされているから問題はないと思うけど。
ボクらは再び、ベディ式鍛錬へと戻った。
鍛錬内容はメリエルのテコ入れで大分マシになっているが、やっぱり終わった後は汗だくで土まみれである。
「湯浴みの準備をしてまいります」
メリエルがそう言って離れ、ベディも道具の片づけに行った。
ボクは自分の膝に付いた土を、無駄だと思いながらも払った後、端っこに置かれている木の椅子に腰かけた。
(ん~命の危険はないとは分かったけど、うっかりで死んじゃうこともありえるから、やっぱり自衛は大事だよね)
早く強く、せめて敵から逃げられるくらいにならないとな、とか考えていると、ふっと今まで浴びていた日差しが陰る。
見上げると、すぐそばまで見覚えのある人がやってきていた。
濃茶の髪に気苦労が絶えなさそうな温和な目元。ノエル兄様の従者のクルトだ。
「リエト様、少しお時間、よろしいでしょうか?」
あれこれデジャヴってやつかな?
会話が成立していたら、コミュニケーション出来ているからよしとするリエト。




