41.転生王子、思い出話を聞く
「ふむ、アルダ語の発音がずいぶん良くなりましたね」
翌日のマチェイ先生の授業で、さっそく褒められた。
「はい、ノエル兄様に教えてもらいましたから!」
「ノエル王子に? …………本当に、仲がよろしいのですね」
じとっとした目で言われたが、果たしてうなづいていいものかあやしいので、ボクは小首を傾げた。
「どうでしょう? たまたま図書室で一緒になって、他の人にあんまり見せちゃいけなかったみたいで、ノエル兄様が読んでくださっただけですけど」
「いやだから、それは十分仲がいいですよ」
昨日と似たような会話を繰り返している気がして、ボクもマチェイ先生も同時に黙った。
仲良いかなぁ?
たしかに前ほど、睨まれたり無視されたりはしない様な……いや、するか。まだ全然「フンッ」ってされるな。
「あ、それに護衛騎士とかにも嫌味言われたりするから、全然嫌われてますよ」
あの大きい騎士、えっと名前は……カジ、カジボー?何かそんな感じの伸ばすのが入った気がした。
「ボクにもディートハルト兄様にも挨拶もしなかったから、従者の人が困ってました」
ボクらとカジボーの間であたふたしていた、あの人の良さそうな従者を思い浮かべる。
「従者……それはクルト・ブラヴェですか?」
マチェイ先生から出た名前に、ああそうだそうだと思い出す。
「そうそう、クルト。メリエルが、ノエル兄様の筆頭従者って言ってました」
ボクがそう言うと、マチェイ先生が何とも言えない顔をする。胃から何かせり上がってきたのを耐える様な顔。
「マチェイ先生? 気持ち悪いなら洗面所に行ってきてくださいね」
「違います! これは過去に思いをはせている顔です!」
え、全然分かんなかった。
「マチェイ先生はクルトと知り合いなんです?」
同じ側妃棟で働いているのだから、知っていても不思議ではないけれど、そんな感じではない。マチェイ先生はしばらくの沈黙の後、ぽつりと呟いた。
「アカデミーの……同級生です」
ああ、そうか。
マチェイ先生は白髪交じりで顔色が悪くて猫背ですごくおじさんに見えるけれど、見た目よりも結構若いのだ。
「あー、そっかそういうのもあるんですね」
何と言ってもヴァルテの貴族はほぼ皆アカデミーに通うのだから、王宮内で働いている者同士で同級生だった者もいるかもしれない。
クルトとマチェイ先生が同じ年か……。やっぱりマチェイ先生って老けてるんだな、と思ったけどお口チャック。
それはともかく、こうして十五年経った今でも思い出すほどという事は親交が深かったのだろうか。
「仲良かったんですか?」
「まさか!」
しかし思いのほか強い口調で否定されてしまった。
クルトは誰とでも仲良くしてそうなイメージだったけど、学生時代は違ったのだろうか。
「あいつは級長にも選ばれて、常に成績優秀で、周囲に人が大勢いて……そんな奴と私が仲が良いわけがないでしょう!!」
違った。マチェイ先生がぼっちを極めてただけだった。
「クルトってアカデミーの時、人気者だったんだ」
そりゃあ第七王子の筆頭従者になるくらいだ、優秀な事は分かっていたけど。
マチェイ先生の口ぶりだと、ずいぶんリーダーシップがある人みたいだ。
たしかに、そうでもなくちゃ筆頭従者になれないか。
今は随分苦労してそうだけどね!
「まぁでも卒業は私が首席でしたけどね!!」
震えながら胸を張って叫ぶマチェイ先生を見て、ボクは生温かい笑顔しか出来なかった。
こうやっていつまでも過去の栄光に縋っていると、人って成長できないんだろうな。ボクはちゃんと未来を見て努力を続けよ。
コンコン
ノックの音に我に返ったマチェイ先生が、じっとりとした目つきに戻って扉の方に向かう。
勉強の時間に横やりが入ったのが嫌だったのか、人と話すのが嫌なのか。
扉を開けた先にいたメイドにも不愛想な態度で、受け答えしているのが見える。
社交性……。クルトのヴァルテとアルダの者達の間でどうにか取り持とうとしている姿を思い出すと、二人の学生時代が容易に想像できる気がした。気のせいかもしれないけど。
過去の二人に思いをはせていると、マチェイ先生が何やら紙を持って戻ってきた。
「何だったんです?」
「エアハルト王子からの伝令だそうです」
そう言って、持っていた紙を差し出される。
そこには子供の字で、時間と、「温室で待っているね」というメッセージと共にドライフラワーが添えられていた。
さ、さすがオシャレなエアハルト兄様!
ただの伝言に、さりげない贈り物!紙からも何かちょっといい匂いまでする!
「なんで第六王子からのメッセージが届くのです?」
怪訝そうなマチェイ先生。
何でだろ?
あ。
『やっぱりアカデミーが始まるまでは難しいかな』
『温室に行く前にどこかで僕とお話する時間も作ろうよ』
あ~そういえばそんな事も言っていた。
結局、温室に行く前にどうこうはバタバタしていてちゃんと決められていなかった。
その上、アカデミーが始まってフィレデルス兄様が温室からいなくなって初めての昨日は、図書室でのアレコレで温室に行かずに真っ直ぐ部屋に戻っちゃったんだった。
もしかして、待っていてくれたのかな?
それは悪いことしちゃったな。
なんせ第三妃マルガレータ様陣営のエアハルト兄様への連絡を付ける手段を持っていないんだよね。
同じ王宮に住んでるんだから、伝言を頼めばいいと思うかもしれないけど、『ちゃんと繋がっている伝達ルート』っていうのが無いと難しい。
王宮で働いている人がそんな事する?と思うかもしれないけれど、ボクってばみそっかすの嫌われ王子だから!
ボクのことをが嫌いな人や関わりたくないと思っている人に途中で潰されたりとかで、通じなかったりすることが起こりえちゃうわけ。
一応ボクの優秀なメイドさんが繋げるように努力はしてくれていると思うんだけど、メリエルも貴族の出ではないまだ十四歳の女の子だから、なかなか難しいのだ。
だからこの間のラウレンス兄様の家庭教師や従者が押し入って来た時なんかは逆にチャンス。あちらにも利点(ラウレンス兄様がこっちに抜け出してくる事を教えたり)があるから、ルートの確保が出来る。
ルートさえ確保しておけば、あちらの陣営で共有してもらえるだろうから、今後ラウレンス兄様の周囲とはちゃんと連絡が取れる。
フィレデルス兄様周辺も、イェレがいるから多分大丈夫だと思う。
もちろん、あちら側からの伝達は普通に届くよ。今回みたいにね。
「まったく、ノエル王子と言い、一体いつの間に交流を広げているんですか」
そう言うマチェイ先生の顔はまた変なお顔だ。
さっきも見たような気がする表情だ。
あ、そうだ。
「ありし日の孤独だった過去に思いをはせているんですか?」
マチェイ先生はボクには聞き取れない早口でたくさん何かを言っていたけど、よく分からなかったので「マチェイ先生、これからがんばろ!」と言ったらちょっと泣いちゃった。
キリがいいので、ちょっと短めです。
クルトとマチェイ先生は後輩先輩にしようと思ったけど、やっぱり同級生の方がバチバチだと思うのでクルトの年齢修正しました。




