38.転生王子、アルダ陣営の確執を見る
マチェイ先生の授業が終わる頃、ベディも鍛錬を終えて再び本を持ってもらって次の予定に。次は図書室でお勉強だ!
ベディは続けてお勉強をするなんて、考えるだけで頭が痛くなるなんて言っていたけど、マチェイ先生に新しい事を教えてもらった後に、図書室でそれに関係する本を読むのは楽しいよ。
分かる事が増えているのもあるし、新しい発見なんかもある。
これが知識が広がるってやつかな。
そしてその先には、新たな未来のお嫁さんとの出会いがあるはずなのだ!
図書室に着くと、いつもの席でディートハルト兄様が本を広げていた。その傍らには、金髪騎士のアードリアンだ。
「リエト」
ボクに気付いて、ディートハルト兄様がにこって目元を緩めた。
ボクが歩み寄る間にイスから立ち上がる。
「今日読むご本を選ぼうか」
いつもの流れなのだけど、今日は少し違う。
「ううん、今日は読むご本が決まっているので、選んでいただかなくて大丈夫です」
そう言って、アルダの絵本をじゃじゃん!と見せる。
アルダの絵本に加え、エステリバリの本まで複数冊いただいたのだ。しばらくはこの辺の解読に時間を割きたいと思っている。
そう、子供向けの本と言ってもやっぱり全部外国語だから、まずは翻訳しないといけない。
その中で、その国独特の喩えや常識があったりするのも理解していかないといけないから、やっぱり読むのには時間がかかる。今日マチェイ先生に聞いたやつみたいなのね。
「ああ、ノエルに借りた本か」
「はい! まだ全部読めていないし、分からない所とかあるので、ディートハルト兄様に聞いてもいいですか?」
ボクがノエル兄様にご本を借りた時にディートハルト兄様もその場にいたから、すぐに分かって頷いてくださった。
ディートハルト兄様はヴァルテ生まれのヴァルテ育ちだけど、数か国語を読めて各国の歴史なんかについてもボクよりずっとずっとお詳しいからね。
「またディートハルト王子の学習の邪魔をする気ですか」
相変わらず慇懃無礼なアードリアンが会話に入ってくる。
「分からない所だけ……ちょっとだけでもダメですか?」
「う、ううん」
ボクがディートハルト兄様から言質を引き出すと、アードリアンは今度はディートハルト兄様を睨む様に見る。主人にする顔じゃないって。
でもディートハルト兄様も負けていなかった。
「僕が、アルダの子供向けの本の翻訳程度で、自分の学習が滞ると思っているの?」
「それは……」
ディートハルト兄様の強い口調と瞳に、アードリアンはぐっと詰まる。
ディートハルト兄様の傍にずっといるなら、兄様がどれだけ賢いか分かっているのだろう。その辺は、血筋がどうこう関係ない。そもそもディートハルト兄様って王子だしね。
「分かっているのなら、いちいち口を挟まないで。アードリアン、君の任務は僕の護衛だろう?」
護衛騎士が余計な事をするな、とディートハルト兄様に言われ、アードリアンは悔し気だ。それでも黙っていられないらしく口を開いた。
「わ、私は王子の学習を心配して……!」
「だからそれは君の仕事ではないだろう? 大体今は学習時間ではなく、自由時間に図書室に来ているだけなのだから、何をするのも僕の自由だよ」
兄様ってば自由時間に図書室に来ていたんだ。まぁボクも同じ様なものなんだけど、勉強熱心だね。
それにしても、以前はアードリアンに何かを言われると縮こまって下を向いていたディートハルト兄様が、すごい変わり様だ。
「僕が、僕の意志と考えでする事だ。主人の意志を尊重しての護衛騎士ではないのか?」
「くッ、そんな事を言って、本に集中しすぎると周囲の言葉が聴こえなくなることもあるでしょう!」
「う」
おお、今度はアードリアンの口撃。
「先日もガルバー男爵から贈られた外国の新しい本に夢中になって、寝食を疎かにして貧血を起こしたでしょう!」
兄様そんな事していたんだ。本が好きだとは言っていたけど、本当に好きなんだなぁ。
アードリアンが言った事は事実らしく、兄様は言い返せずに黙った。
でも以前みたいな俯く感じではなくて、口をへの字にして不満をあらわにしている。
「…………それとこれとは話が別だろ。あれはお爺様が取り寄せてくださった貴重な本だったからで、今読んでる本だったら、途中でリエトの質問に答えるくらい出来る」
「何か……仲良くなってません?」
「ほんとだね」
前まででのピリピリ感が感じられない。何ならちょっと軽口的な言い合いだ。ディートハルト兄様が年相応に見える。
ディートハルト兄様が王子として従者に接する様になったら、主従の関係も変わったみたいだ。
実際、ちゃんとした手筈を踏んで王室入りしたアンネ様と、王の間に生まれた正式な王子のディートハルト兄様が雑に扱われるいわれはないんだよね。ボクと違ってさ!
何でディートハルト兄様が急に言い返す様になれたのかは分からないけど、これが正常だし、死んだ魚の様な目のディートハルト兄様が元気になったのは良かったよね。
そばにいる人が敵なのは気が休まらないもんね。
あ、それで言うなら、今日マチェイ先生が言ってた…………
「図書館で騒がしくする常識はずれがいると思ったら、お前たちか」
ちょうど思い出していた人物が、可憐なボーイソプラノ嫌味と共に登場した。
第七王子のノエル兄様だ。
なんだか最近よく図書室で会う気がするけど、ノエル兄様も何かお勉強したい事があるのかな。
「別に騒いでなんていない」
護衛と言い争いをしていた手前か、ディートハルト兄様はつとめて冷静に言い返しているが、ちょっと不貞腐れた感じだ。
同じく、アードリアンの方も気まずさを隠す様に澄ました顔になっている。
ノエル兄様の後ろには、見た事がある大きな体格の騎士と、あんまり見覚えのないスーツ姿の30前後っぽい人の良さそうな顔をした従者がいた。
「ノエル様、その様なケンカ腰に仰られなくとも……」
その従者がおずおずと声を上げるが、ノエル兄様はチラリとだけ視線をやって無視をした。
おお……こっちは主人が従者を嫌っているパターンか。
「ブラヴェ、ノエル殿下のなさる事に口を出すな」
しかも護衛騎士の方が、ギロリと従者の方を睨む。
はは~ん。
ボクはピーン!ときた。
なるほど、これがマチェイ先生の言っていた「ナターリエ様陣営の色々」だね!
具体的に言うと、アルダから来た人とヴァルテの人だ。
見るからにノエル兄様全肯定の騎士の方がアルダから来たのだろう。
となると、さっきノエル兄様を注意しようとしたあの人が良さそうな従者の方がヴァルテの人間って事か。
従者っていうのは主を窘める事も時には必要だから、別に間違った事は言っていないのに主人に無視され、同僚に文句を言われて大変そうである。
ボクはもう慣れちゃってあんまり気にならないけど、ノエル兄様は基本トゲトゲ言葉だから作らなくていい敵を作ってる面が確かにある。無駄な争いは避ける様に進言する者がいてもいいだろう。
あの天使のごとき容姿でニコニコしていれば、周り皆ノエル兄様の味方になっても不思議ではないのだから、ある意味バランスは取れているんだけど。
「ですが、仮にも兄君に向かって……」
「ほぉ、貴様はヴァルテの商人の息子ごときにアルダ王家の血を引くノエル殿下が傅けと言うのか?」
「そんな事は……」
ああ、なるほど。
ヴァルテ側の従者がヴァルテ人のディートハルト兄様を庇う様な事を言っているから、余計気に障るのか。いやでも、王宮内はエデルミラ様陣営とナターリエ様陣営以外は皆ヴァルテ人なんですが……。
そんでもって、「商人の息子ごとき」って言葉に、ディートハルト兄様とアードリアンもムッとしている。
ここで揉めたら、ディートハルト兄様にアルダの本を見てもらうことが出来ないなぁ。
どうしたものか、とさっきディートハルト兄様に見せようとしたアルダの絵本を握って見ていると、ノエル兄様と目が合った。
「それ……僕が」
「あっはい! 貸していただいたご本です!」
決して温室に置き忘れたり汚したりしておりませんよと掲げて見せる。
「……読めたのか?」
「え? あ、いえまだ全部は……。分からない所をディートハルト兄様に教えてもらおうと思って……」
「は?」
ピクリ、とノエル兄様の秀麗な眉が不機嫌そうに動く。
ハッ!
こんな簡単な本まだ読めてないのかって思ってる!?
それか、もしかしてこの本って他の人に見せちゃダメだった!?
やばい、フィレデルス兄様にもラウレンス兄様にもマチェイ先生にも見せちゃった!!
「なんで、コイツに教えてもらおうとするんだよ」
あー見せちゃダメな方だった~~~!
「えと、すみません、ディートハルト兄様がアルダ語もご堪能だから……」
「アルダ語なら、僕の方が得意だけど!」
え?
「え?」
ボクの心の声が漏れたかと思ったら、周囲の大人たちの声だった。
ディートハルト兄様も目をぱちくりさせてノエル兄様を見ている。
「何だそのマヌケな顔は。僕は物心ついた頃からアルダ語に触れて来たし、本場の発音を知っているから、そんなガリ勉より僕の方が得意に決まっているだろ」
え……それは、そうでしょうけども、そこじゃなくて…………
「ノエル兄様が教えてくださるんですか?」
あのノエル兄様が?
ボクの事をいつも道端にいる虫みたいに見下していたノエル兄様が?
「僕があげた本なんだから、僕が一番詳しいに決まってるだろう。来い、読んでやる!」
本当に?
あと貸してくださったんじゃなくて、くださっていたんだ?
なんで?
更新空いていて申し訳ございません!
どうにも体調が安定せず…。
遅くなりましたが、コミカライズ連載が開始されました!
南野のこ先生のめちゃかわいいリエトやかっこいい兄王子達をご覧ください!
https://www.cmoa.jp/title/320473/
1話は無料なのでぜひ!




