34.転生王子、お礼を言われる
エアハルト兄様とバイバイした後、ボクは無事にお昼寝を遂行出来た。
お昼寝から起きると、お外はまだ明るいけれど、風が少し涼しくなっていた。
紫の月が近いから、日が長くなっているのを感じるね。ヴァルテでは夏は短いから、お昼が長いこの季節は貴重だ。
夕食まではまだ時間はあるし、何をしようかな、と考えて思い出した。
「そうだ、ノエル兄様が貸してくれたアルダのご本を読もう」
そう思って机の上を見るが、見当たらない。
あの赤い大きな本を見つけられないなんて事はないと思うんだけど、ボクは続けて自分の部屋のあちこちを探した。
「何をしていらっしゃるんですか、リエト様」
ボクのお昼寝後のお水を持って来ていたメリエルが、怪訝そうな顔でこちらを見下してくる。あ、見下すって悪い意味じゃないからね。ボクの方が小さい上にしゃがんでベッドの下を見たりしていたから必然的にそうなっただけだから!
「メリエル、ボクが今日持って帰った赤い絵本知らない?」
メリエルは普段あまり動かさない眉毛を珍しくピクリと動かし、ますます怪訝な顔をする。ボク何か変な事言ったかな?と首をかしげると、メリエルの口から衝撃的な言葉が放たれた。
「リエト様は赤い本など持ち帰っておりませんよ」
えええええ!?
まってまってまって!
持って帰ってない!?
「え、嘘、だって……」
「いつもの様に植物辞典だけを持って帰って来られましたよ?」
何とか言葉を続けるボクに、メリエルがバッサリと切り捨ててくれる。
記憶を辿ると、確かにボクは植物辞典を持って帰ってきた……気がする。
まさか…………
な・く・し・た!!?
「え、ほんとうに!?」
よりにもよって、ノエル兄様が貸してくださったアルダの本を!?
嘘でしょボク!!
『気が向いて施しを与えてやったと言うのに、さすが下賤な奴は恩を知らないな』
イマジナリーノエル兄様がめちゃくちゃ冷たい目で罵ってくるのに謝りながら、どうにか思い出そうと頭を抱える。
「たのも~。坊ちゃん起きやしたか?」
そこにのんきな顔でベディが部屋に入ってきた。「たのも~」って主人の部屋に入る時に使う言葉じゃないんだけど……って、今はそんな場合ではない!
「ベディ!ベディ!ボク、ノエル兄様から借りた赤い絵本をいつまで持ってた!?」
ボクが覚えられていないのだから、あとは一緒に行動していたベディに聞くしかない。
「え? ああ、あの絵本ですか。温室では持っていましたけど、そう言えばその後は持ってなかったですね」
それだー!
温室でフィレデルス兄様にお見せした記憶はあるもん!
そんでもって、その後のアルブレヒト兄様に吊るされた時には持っていなかった気がする!
でかしたベディ!
いやでも気付いていたなら、その時に言ってくれてもいいんだよベディ!
ボクとベディは大急ぎで温室へと向かった。
∑∑∑
急ぎだったので、ベディに担いでもらって主塔に急ぐ。
こんな姿を他王子の陣営に見られたら、また色々言われるんだろうな~と思いつつ背に腹は代えられないと主塔に入ってからは人目に付かない様にベディに気を付ける様に言って急いでいたんだけど、考えうる中で一番まずい人に見つかってしまった。
「リエト」
「お、オリヴィエーロ兄様……」
よりにもよって、王位継承順位一位のオリヴィエーロ兄様とその取り巻き達に見つかっちゃったよ!僕ってば今日の星占い最下位なのかな!?こっちの世界では生まれつきで運勢を順位付けする占星術は聞いた事ないけど。
「これはこれは側室棟の第八王子ではございませんか!」
「側室棟の第八王子が、そんなに急いで主塔に何の御用が?」
「もう五才になったと記憶しておりましたが、移動は護衛におんぶですか。まるで赤子の様だ」
四方八方からの嫌味の集中砲火である。
正妃さまのご子息であるオリヴィエーロ兄様にお仕えしているのがよっぽど誇りみたいで、オリヴィエーロ兄様の側近たちは皆他の王子を見下しているんだよね。
中でもボクは、そりゃあ見下しやすい最下層王子な訳で、遭遇したら大体こういったからかい交じりの嫌味をいっぱい言われる。
いつもの事なので別に気にしていられないボクは、それよりもオリヴィエーロ兄様をベディの背中から見下ろすのはよろしくないので、嫌味ラッシュに震えだしたベディをペチペチ叩いて下ろしてもらう。
「申し訳ございません、オリヴィエーロ兄様。少し急いでいましたので、護衛に運んでもらっていました」
「ああ、そうなのか。急ぎの用事はいいのか?」
よくないけど、急ぎだからまたね!と去れる場面ではない。
「あ、はい。大丈夫です!」
「そう、良かった。私もお前に話があったんだ」
「え、オリヴィエーロ兄様が、ボクにですか?」
意外な事を言われ、目を丸くしてしまう。
正妃の嫡子で王位継承順位一位の正統な王子であるオリヴィエーロ兄様が、押しかけ側室の子であるみそっかす末王子のボクに話って、何だろう?
疑問が顔に出ていたのだろう、兄様は少し笑って教えてくれた。
「昨日の晩餐後の事を聞いた。よく働いてくれた、礼を言う」
その場にいた全員がギョっと目を剥く。
正妃の嫡子で(以下略)オリヴィエーロ兄様が、押しかけ(以下略)のボクに礼を言って頭を下げたのだ。
もちろん兄様の側近たちは慌てて止めに入る。
「で、殿下! おやめください! 頭を下げる相手ではございません!」
「そうですよ殿下! お立場が違います、他の者に示しがつきません!」
そしてボクも。
「お、オリヴィエーロ兄様、お顔を上げてください!」
ボクの言葉の後に、オリヴィエーロ兄様がゆっくり顔を上げる。
そしてその黄色の瞳をすい、と慌てている側近たちに向けた。
「お前たちも聞いただろう? リエトは我が陣営の大臣が呼んだ客人の命を救ったのだ。客人があのまま倒れたままであれば、どれだけの事件になったか」
あ、なるほど、昨日の踊り子さんの事でお礼を言ってくれたみたい。
そう言えば、あの楽団を連れてきたは、正妃ツェツィーリア様派の大臣だった。もしもあのまま踊り子さんに何かあったら、責任もそこにいくわけで……そんな事まで考えて、わざわざお礼を言うなんてさすが次期王様だ。
「感謝の意を示すのは当然の事だ。それとも何か?そういった場合に礼を欠くのが、ハームビュッフェン家ならびにデルブリュック家の流儀なのか?」
オリヴィエーロ様の鋭い言葉に、側近たちは皆言い返せずにうぐぐってなっている。
ちなみにハームビュッフェンはヴァルテ王家の家名で、デルブリュック家は正妃ツェツィーリア様のお家だね。
しかしオリヴィエーロ兄様、何だか嬉しそうである。
兄様は黙った側近たちをもう一度視線で一撫でして、ボクに向き直ってひざを折った。
「リエトは今色々な勉強をしていると聞いた。とても頑張っている様で、今回の事もそれが実を結んだのだろうと私は感心したのだ」
「もったいないお言葉です~」
視線を合わせて真正面から褒められて、ボクの胸もほわほわしちゃう。
えへへ、がんばってる事を褒められると嬉しいね!ボクもこれから出会うであろうお嫁さんには、こうやって真正面から褒める事を心がけよう!
「そんなリエトに、ひとつお願いがあるんだが」
「え?」
オリヴィエーロ兄様はそう言うと、そのままボクの耳元で“お願い”ってやつを囁いた。
大きいベディや、ましてや気まずさに顔を逸らしていた兄様の側近たちには聞こえなかったと思う。
その“お願い”はボクにとっては何の負担でもない、むしろ良い事だったので、どうして兄様がそんな事をボクに言ってくれるのかの方が分からなかった。
でもある意味チャンスだったので、ボクは戸惑いながらも頷くことにした。
「それは……別にかまいませんけど」
「良かった! それじゃあ約束だ」
オリヴィエーロ兄様は滅多に見せない子供っぽい笑顔で喜び、側近たちを連れて去って行った。その後姿をしばらく見送った後、ボクも自分のご用事を思い出す。
そうだった!
アルダの絵本!
オリヴィエーロ兄様は大手を振ってリエトとおしゃべり出来てごきげんです。
オリヴィエーロ兄様の”お願い”は次の次くらいに!
なかなかアカデミーに行かないな兄様たち!




