32.転生王子、ご本を借りる
お久しぶりです!連載再開です!
いつもの様に図書室に行くと、先にお勉強をしていたらしいディートハルト兄様がボクに気付いて駆け寄って来た。
「ディートハルト王子、はしたないですよ」
いつも静かに行動するディートハルト兄様が珍しい、と思ったら例の護衛騎士、アードリアンが眉をひそめて注意して止まった。
「あ、ごめん」
前回はアードリアンに厳しく言い返していた兄様だけど、さすがに今回は自分に非があるとみて、すぐに謝って立ち止まり、改めて歩み寄ってきた。
「リエト、あれから後は大丈夫だった?」
昨日の踊り子さんの心配をしているだろう兄様に、ボクはニッコリ笑って答えた。
「あの後すぐにお医者様が来てくれたから大丈夫です! 今朝には元気になって帰ったそうですよ」
そう答えると、ディートハルト兄様は少し考えるそぶりをして、「今日の本を選ぼう」とボクの手を引いた。後ろの方でまたベディがアードリアンを抑えているうちに、いつもの子供向けの本棚じゃなくて、もっと奥の本棚に連れて行かれた。
へ~こっちにも子供向けの本があるんだ~と思ったら、兄様がボクの耳元に顔を寄せて、ないしょ話をするみたいにひそめた声を出した。
「それは誰から聞いたの?」
「ボクの護衛からですけど、メイドも肯定していたので確かだと思いますよ」
まぁね。王族に招かれて何かあったって言うのは外聞が悪いから元気に出立しました、と言って実は……てパターンまで考えたのかな?
ベディはともかく、メリエルは優秀なメイドさんだから、メリエルの情報は信用できるよ!
「そう……あの楽団はお爺様も知っていた、色んな国で人気なんだ。噂が広まらないといいけど……」
あ~何かそんな事言ってたね、あのお髭くるん大臣も。
王政であるこの国ヴァルテではもちろん王族が一番なんだけど、国際的に見たら全部が全部それで通じる訳にもいかないもんね。この間ディートハルト兄様に教えてもらった島国ヤントゥネンなんて共和国、王様のいない国なんだって!
そういえば夢の中の世界も王様はいなかった気がする。でも平和そうだったな。
確かにあの世界ではゲイノウジンって人たちがすごく影響力を持っていた。
誰だって、憧れの人の言う事は信じちゃうし、守りたいって思うもんね。
そう考えると、あの楽団は国を跨いでファンがいっぱいいるそうなので、もしかしたらヴァルテ王国大ピンチの巻だったのかも。あ、そうだ。
「兄様、あの後来たお医者様は側妃棟のおじいちゃん先生でした」
これは報告しといた方がいいな、と思って言ったら、ディートハルト兄様の顔色がもっと悪くなった。
「主塔の医者を全員捌けさせていたという事か……」
そんな事出来るのって、主塔の方じゃないと無理だよね~。
で、あの楽団を呼んだのは正妃ツェツィーリア様陣営だからもちろんここは除外して、となると残りは2つしかなくなっちゃうね。
兄様の白い顔色を見ながら、ボクは諦めに似たため息が出そうになるのをおさえた。
だってさ、主塔のあの方かあの方の陣営の仕業なら、側妃棟のボクらに出来る事なんて何も無いんだよね~。
ディートハルト兄様は元商家の男爵家。
うちは田舎の男爵家の上に、押しかけ側妃。
ボクが最底辺には違いないけど、ディートハルト兄様はその次くらいにお立場が弱い、よわよわ王子コンビなのだ。
(ボクらじゃどうしようもないんだよね)
だからとりあえず、死なない様にお勉強をしているんだけど。
賢いディートハルト兄様もそれはよく分かってるみたいだけど、悔しそう。この間までの死んだ魚の目みたいな兄様じゃそんな顔しなかっただろうな~と思っていたら、図書室内がにわかに騒がしくなった。
兄様と顔を見合わせ、本棚の影からひょいと声のする方をのぞくと、うちのベディと兄様の所のアードリアンが何やら別の人物と言い争っている。
何をそんなに……とじっとよくよく見たら、ベディたちと言い争っている騎士の足元に金色が見えた。
見間違える訳がないくらい、キレイな光輝く絹の様な髪。
「ノエル兄様」
ボクの呟きが聞こえたかのように、兄様の宝石の様な目と目が合った。
そのまま、護衛騎士同士の足元をすり抜ける様に優雅にこちらに向かって歩いてくる。
「底辺同士がこそこそと……弱いものは群れるって本当だな」
開幕見下し罵倒である。
なんだなんだ、ごきげんナナメなの?ノエル兄様、と思ったけど、これが通常営業だった様な気もする。現にディートハルト兄様も呆れた顔をして嘆息してる。
「……君はそうやって、他者を見下さないと話も出来ないのか」
「フン、見下すも何も、お前たちが僕よりも下なのは本当だろう?」
「……僕は一応、君の兄になるんだけど」
「ちょっと早く生まれたからって、立場は変わらないだろ」
バチバチである。
まぁ確かに、ノエル兄様のお母様はアルダの公爵家のお姫様、つまり王族だ。元商人の子と田舎のワンナイトベイビーじゃ太刀打ち出来やしない。
それでも側妃、って立場は同じなのはアルダ的にも、ナターリエ様的にもスーパーおこだと思う。
そんな訳で側妃棟の中では一番を主張するのは、間違ってもないからボクは全然受け入れている。
そもそも同じ棟にいてもそんなに会わなかったから、そこまで気にする事じゃなかったんだけど、なんだか最近よく会う気がする。
ボクが色々出歩いているっていうのもあるけど、この間会った時以前はノエル兄様を図書室で見た事はなかったのに、最近よくかち合っちゃう。
(兄様も七才ともなると、お勉強することがたくさんあるのかな)
ボクも今から備えておかなきゃ!
「おい、お前」
「え、はい」
決意を新たにしてたら多分ボクを呼んだので返事をした。ノエル兄様と目が合ったから、ボクを呼んだで合ってると思うんだけど、なかなか次の言葉が出てこない。
「僕らは勉強しにきたんだから、君は君の用事を済ませたら? ほら、リエト今日の本を選んであげるよ」
ディートハルト兄様がそう言ってボクをいつもの本棚の方に促そうとする。あ、ここにはナイショ話をしに来たのか。
ディートハルト兄様に付いていこうとしたら、ノエル兄様が1冊の本をボクに向かって差し出してきた。
それは赤い表紙の、薄くて大きな本。表紙に絵も描いてあって、子供向けっぽい。
「アルダの子どもが読む本だから、お前程度でも読めるだろう」
「え」
そう言ってボクの胸に本を押し付けたかと思うと、ノエル兄様はすぐに踵を返して声を上げた。
「カジマール! もういい、帰るぞ!」
カジミールはどうやらベディたちと言い争っていた大きな体の護衛騎士の名前だったみたいで、ノエル兄様がその横をスタスタと歩いていくと、慌てて追いかけて行った。
「何しに来たんだ……?」
ディートハルト兄様とアードリアンが珍しく同じ意見で首を傾げている。
ボクは渡された本をペラペラとめくると、かわいい絵と短い文章のアルダ語の絵本みたいだった。
「リエト、無理して読まなくてもいいよ」
ディートハルト兄様にはそう言われたが、確かに今のボクにはちょうど良さそうな本……教材っていうの?なので、ありがたく借りて行く事にした。
◇
「という事が図書室であったので、この本なのです」
温室に行くと、ボクが持っていた本に興味を示したフィレデルス兄様に尋ねられたので、ボクは正直にさっきあった事をお話しした。
「そう言えば、アルダとエステリバリの言葉を勉強していると言っていたな」
あ、そうそう。
昨日のお食事会でディートハルト兄様が父様に言ってくれたんだよね。こういう学習進度の報告は家庭教師の成果でもあるんだから、もちろん知っていると思ってたらまさかの伝わってなかったという事実に、ボクもあの時はビックリした。
マチェイ先生は本当に出世したいんだろうか。
「はい、一番身近な外国なので、今からお勉強しておこうと思って」
国交が深いお国相手だから、婿入りの可能性が高いもんね。
婿入りするってなった時に言葉が分からないのは困るし、何よりもお嫁さんの言葉はちゃんと全部分かりたい。当然だ。
「そうか……なら、いや……」
それだけ言うとフィレデルス兄様は何かを言いかけてやめて、お茶を飲んだ。相変わらず絵になるお姿である。
そう言えば、もうすぐ始まるアカデミーの新学期から兄様は最終学年だ。
卒業後どうするとか、決まっているのかな。
何せエステリバリ王家とヴァルテ王家の血を引く第一王子だから、結婚相手の選定が難しすぎて未定なのである。それはつまり、何かあった時にどちらかの国の跡継ぎになるかもしれないからキープってこと。
(となると、卒業後も王宮にいるのかなぁ?)
フィレデルス兄様とは、その後いつもの様に植物図鑑を読んでもらった。
本日12/15 GAノベルから1巻が発売されました!
もっと早くに連載再開の予定だったのですが、遅くなりすみませんでした。
これから書籍と一緒に、リエトの活躍を楽しんでくださると嬉しいです。
書籍の挿絵め~~ちゃくちゃ可愛いので、ぜひ読んでほしい!




