31.転生王子、評判がちょっと上がる
一夜明けて、朝目が覚める。
「リエト様、寝ぐせがひどいです」
洗面器周りと鏡とパジャマをびしょびしょにして自分でお顔を洗った後に、タオルを差し出してくれたメリエルに言われた。
濡れて半分ぼんやりしている鏡の中のボクの髪の毛はあちこちに元気よく跳ねていた。
う~む、昨日は何だかすごくぐっすり寝たせいかな?
お湯で濡らした布とブラシでどうにか寝ぐせを直してもらい、服を着替えたらベディが入ってきた。
「おはよーベディ」
「おはようごぜぇます坊ちゃん」
袖のボタンを留めるのは自分で出来ないので、メリエルにやってもらっていたら暇を持て余したのかベディが話しかけてきた。
「昨日の踊り子は体調も戻って、今朝もう城を出たらしいですぜ」
「そうなんだ」
元気になって良かったね。まぁエンローエの毒性ってそんなに強くないしね。
「何だって踊り子の料理にだけ、毒が入ってたんですかね?」
「王族の食事は毒見されるからじゃない?」
客人と言っても平民の一座に対しては毒見は付いていない。要は警備が手薄なんだ。
「でも旅の一座になんて毒を盛って、何になるんですか?」
ベディの質問に、メリエルがはぁと呆れたため息を吐いた。
「何だよメリエル」
むうと唇を突き出して不満な顔をするベディを見て、メリエルはもう一度わざとらしくため息を吐いた。
「全く学んでいないと思ったのです。旅の一座であろうが、彼らは招かれた客人。その招いた者の顔に泥を塗るという事も分かりませんか」
「招いたって……あの髭くるんの大臣?」
「シェルマン大臣です」
何でその場にいたベディじゃなくて、控室にいたメリエルが答えられるのだろう。
それはメリエルは優秀だからだね。情報収集も欠かさないんだよ、すごいでしょ。ふふん。
「シェルマン大臣って言うか、シェルマン大臣が支持しているツェツィーリア様陣営へのダメージになるよね」
上の人が下の人の行動の全てを指示している訳ではないけど、何かあった時に責任を取るのは上の人なんだよね。だからね、本当にたのむよベディ?
「何で招いた人の責任になるんで? 毒を盛った方のでしょ?」
「招いた客人を守れない時点で問題だよ。犯人も捕まるか分からないし」
それにあの旅の一座は他の国の王族からも評判らしいから、国際問題にもなったかもね。
「えっ犯人捕まらないんですか!?」
ベディが驚いて声をあげるが、むずかしいだろうな~。
「実際被害は出ていないも同然だしね」
「でもあの踊り子が倒れましたぜ」
「リエト様の機転ですぐに持ち直しましたでしょう? 王宮からは城を出られる際には、念入りな口止めを現物と共に行ったでございましょうし」
だろうね。
何せ家族(笑)しかいない私的のお食事会だった上に、父様や正妃であるツェツィーリア様も退席されていた。話を外に広げようがない。
もしかしたらケーキ作りをした下っ端あたりが退職させられちゃうかもしれないけど、投獄まではいかないだろう。
「まぁ被害者はすぐに元気になったとは言え、ツェツィーリア様陣営はおこだろうけどね」
裏で指示をした人物を探すだろうが、この状態では後々の交渉材料の足しになるくらいだろう。
ボクがメリエルに最後にスカーフを付けてもらいながら、あははと笑ったらベディは重い重いため息を吐いた。
「は~~相変わらず、高貴な方々の考える事は分からねぇですぜ」
「分かる様になってください」
すかさずメリエルに突っ込まれ、更に顔をしかめているけどがんばってね。
そのまま朝食に行ったら、母様はいなかった。執事に聞いたら今日は気分が悪くて寝ているんだって。
昨日のお食事会の事まだ落ち込んでいるのかな?
母様ったら、一人娘だし周囲に貴族がいなかったせいで結構メンタル弱めのお嬢様気質なのだ。あのメンタルでは、とてもじゃないけどエデルミラ様と肩を並べるのは無理な気がするけど……がんばれ母様!
今朝の朝食もふわふわパンと、ミルクのスープとふんわりオムレツとサラダ。
「あ、そうだ。あとでジェフにお礼言いに行かなきゃ」
一人で食べているから、ひとりごとになっちゃったんだけど、それを聞いた給仕の執事が「呼んでまいりましょうか?」と言ったので、せっかくなのでお願いした。
「り、リエト殿下! 何かご不満が……!?」
やってきたジェフはまたしても青い顔。なぜ。
ボクたち結構個人的にしゃべる事あったと思うんだけど、毎回怯えられているの何なの?
「ちがうよ~いつもおいしいごはんをありがとう」
「え? は……はぁ……」
目を丸くするジェフ。
いや、これだけのためにわざわざ呼ばないよ。迷惑でしょ。
「あの粉ね、すごく役に立ったから、ありがとー。また追加で作っといてくれる?」
今回踊り子さんに使っちゃったから、ボクの分が半分になっちゃっているんでお願いしたら、ああ、とジェフも合点がいったのか顔色が明るくなった。
「お役に立てたようなら良かったです。そういえば……」
ジェフはそこで少し笑った。
「厨房仲間たちの間で話題になっていますよ。リエト殿下が異国の平民を救ったって」
食事を終えて、次はマチェイ先生のお勉強の時間だから、書斎に向かう。
それはいいんだけど、後ろから付いて来ているベディの鼻歌が気になる。
「護衛中に鼻歌は止めなよベディ」
「ふふ~ン!? は、鼻歌をしてましたか俺!?」
無意識!?どんだけご機嫌なの!?
「まぁいいけど……。何か良い事があったの?ベディ」
単純に興味が湧いて尋ねたら、ベディがきょとんと目を丸くした。何でびっくりするの?
「そりゃあ……主人の評判が上がりゃあ嬉しいでしょうよ」
評判?ボクの?
首を傾げていたら、さっきジェフが言っていたみたいに、『異国』の『平民』を助けたっていうのが平民出身者にはとっても効いているらしい。
「そっかぁ」
ボクは将来市井に下りる可能性もあるから、平民の間で人気が上がるのは悪くない。て言うか良い。
「じゃあじゃあ、ボクの評判を聞いて『お嫁さんになりたい』ってお嬢さんも現れるかな!」
期待いっぱいでベディに聞いたら、無茶を言う子供にかける言葉を探すみたいな顔をされた。むむむ。
まぁね、ボクも分かっているよ。
お嫁さんをゲットするのってそんな簡単な事じゃないって。
ボクはまだまだ5才だもん。
お嫁さんをゲットして、すてきな旦那さんになって幸せな家庭を築くため、まだまだ頑張るぞ~!
次回から、上の兄様たちはアカデミーです。




