29.転生王子、ケーキを食べる
旅の一座の音楽と踊りはとっても盛り上がった。
母様やナターリエ様は気に入らなかったみたいだけど、やっぱり異国の派手な衣装や踊りは興味深いし、見応えがあった。
ジャンって音が揃って止まり、踊り子さんたちがポーズを取ったところで、ボクはパチパチと拍手をしたのに釣られる様に、兄様たちやアンネ様も拍手をした。
「ふむ、実に興味深い余興であった。シェルマン、彼らにも座を」
「はっ」
「あ、ありがとうございますっ」
父様が言う『座』って言うのは、テーブルの事だね。
つまりは旅の一座に王室と一緒の食事を振舞ってあげるってことだ。
控えていた執事やメイド達が、あっという間に彼らの為の席と料理を用意した。
褒美として、食事だけ?と思うかもしれないけど、王族と一緒にお食事出来るっていう事がもう栄誉でごほうびなのだ。もちろん、出演料的な物は大臣が払っているだろうしね。
それは旅の一座の人たちも分かっているみたいで、みんな頬を紅色させながら落ち着かない様子で配膳をされている。
でもそれも食事を食べ始めたらすぐに目の前のごはんに夢中になった。
『う、ウマイ! こんなウマイもの食べた事ない!』
『何このお肉! 口の中でとろけちゃう!』
大きな声ではないけど、動揺のためかボクには分からない言葉で口々に何か言っている。表情からして、良い意味だと思うけど、何て言っているか知りたくてボクはディートハルト兄様にこっそり訊ねた。
「“すごくおいしい”って」
笑顔で答えてくれた兄様に、ボクもにっこりした。
うんうん、おいしいって言われると嬉しいもんね。
ボクも王家って言うか、いちヴァルテ国民として、よそのお国から来た人たちにうちの国のおいしい物を食べてもらいたいって思うもん。
ところでボクがもうデザートを食べているという事は、ベディの毒見役としてのお仕事は終わりだから、ベディはもうボクの後ろの壁際に待機している。
珍しい踊りや楽器も見れたし、おいしい物もお腹いっぱい食べられて満足満足。と思っていたら、父様が席を立った。
「それでは、私はまだ仕事が残っているので失礼する。客人はそのまま食事を続けてくれ。王子達は続き励むように」
「はい」
父様はそれだけ言い残すと、従者を伴って退室していった。王様って忙しいんだね。
父様とあんまりお話していなかった母様はしょんぼりしている。
「それでは、わたくしも失礼しますわ。行きますよ、アルブレヒト、エアハルト」
次に席を立ったのはマルガレータ様。
ツェツィーリア様が動くのを待つかと思ったんだけど、さっきの意趣返し?かさっさと席を立つ。
「俺はまだ食ってる」
そして絶賛反抗期中のアルブレヒト兄様。
「…………行きますよ、エアハルト」
マルガレータ様は何も言わず、小さくため息だけを吐いてエアハルト兄様に声を掛ける。エアハルト兄様は一瞬アルブレヒト兄様の顔色を窺ったが、すぐに笑顔に切り替え、マルガレータ様と一緒に出て行った。
「……わたくしも失礼いたします」
ずっと不機嫌そうだったナターリエ様もノエル兄様を伴って退室し、それらを見守って、全体をぐるりと見渡したツェツィーリア様も席を立った。他のメンバーはもう少しいそうだと判断したらしい。
「それでは、あとは頼みましたよシェルマン」
「はい、王妃様」
大臣に声を掛け、オリヴィエーロ兄様と共に退室。
残ったのは、エデルミラ様一行とアンネ様一行、そしてボクと母様だ……と思ったら母様も席を立った。
「私も失礼します」
あんまり上手く立ち回れなかったから落ち込んでいるっぽくて、ボクの方を見ずに席を立った。そのまま行こうとする母様に、ちょっと、とアンネ様が声を掛けた。
「貴女自分の息子をお忘れよ」
言われて初めて付いて来ていない事に気付いた様に、母様がボクを見た。
「母様、ボクはまだケーキを食べ終わってないから、ここにいます」
踊りに夢中で、全然食べれていなかったんだ。
「そう……護衛もいるから平気ね。それじゃあ」
あっさりと了承して出ていく母様に、アンネ様が驚いた顔をしている。
大丈夫です、いつもの事なんで。
前までその護衛もいなかったからね。ずいぶん改善されたもんだよ、うん。
ボクは気にせず改めてキレイなケーキにフォークを入れる。
とにかく見た目がキレイだから、女の子は好きそうだよね。ハッ!こんなのボクが作れちゃったら、モテモテなのでは!?
ちょっとあとでジェフにケーキの事も作り方知っているか聞いてみよう。
ボクが考えながら食べていたせいで、夢中で食べていると思われたのか、フィレデルス兄様が声を掛けてくれた。
「リエト、ケーキが気に入ったのなら、私の分も食べるか?」
え、う~ん、いらないかな……。
見た目はキレイだけど、ボク的にはもっと甘い方が良いな。大人の人はこのくらいが良いのかな?
「もうおなかいっぱいだから大丈夫です」
ボクが答えると、フィレデルス兄様は持ち上げていたお皿の所在を失ったけど、すぐにラウレンス兄様「じゃ、俺が食べる!」とお皿を受け取っていた。よかったよかった。
そう思って視線を前に戻すと、ディートハルト兄様がこっそり声を掛けてきた。
「リエト、フィレデルスお兄様のを貰うのを遠慮しているのなら、僕のを食べるかい?」
え、だからいらないって。えんりょとかしないし。
と思ったけど、ここでスマートな対応をしてこその“すてきな旦那さん”だよね。え~と
「大丈夫です。本当におなかいっぱいです。……もっとクリームがのっていたら貰ったかもしれませんけど」
最後の方は、ディートハルト兄様にだけ聞こえる様にこっそり言ったら、ディートハルト兄様も笑顔になってお皿を置いてくれた。
ボクの分は量が少なめになってはいるんだけど、やっぱり5才でフルコースはお腹パンパンになっちゃう。何だかねむくなってきた。
ケーキも食べ終わったし、ボクもそろそろお部屋に帰ろうかな~と思ったら突然場が騒がしくなった。
声や音がする方に目を向けると、旅の一座の人達のテーブルだった。
男の人たちが立ち上がって何か大きな声を出している。その中心には例の赤いスカートの踊り子さんが机に突っ伏している。
「なに?」
ボクも体を伸ばしてそっちを見ると、彼らの言葉が分かるディートハルト兄様が険しい顔をして呟いた。
「毒だって……?」
ちょっと短いですが、キリが良い所で。




