26.転生王子、お食事会に行く
11/20文章を直しました。
あっ!という間に食事会の日は訪れた。
「ふふふ~ん、おしょくじか~い」
自作の歌を歌いながら、ボクはソファの上で足をぶらつかせて母様の準備を待っていた。
側室棟でのボクの快気祝いの時とは違い、今回は主塔でのお食事会だ。
つまり『ホーム』ではなく、『お出かけ』になるので、母様と一緒に行かなくてはいけない。
そして妃様全員集合!ともなれば母様の気合いの入りようもすごいわけで。
「もっと髪に艶を出せないの? ねぇ、その色じゃ地味すぎないかしら?」
何日も前から準備をしているはずなのに、今になって母様もメイドたちもあーでもないこーでもないってなっている。
分かるよ、直前になると自信が無くなって、分からなくなったりとか、あるよね。
だから僕は大人しく待っているよ。主塔での食事会って事で、いつもよりちょっとおめかしさんのボクの用意はとっくに終わっちゃってるからね。
「もっと目立つ装飾の方が良いんじゃないの?」
「いえ、こちらの方がテレーゼ様の髪に映えます」
派手派手にしたいらしい母様を一人のメイドが頑張って止めている。
あれは母様がオーバリから連れて来たメイドで、母様が幼い頃から仕えてくれているマルヤ。ボクにとってのメリエルみたいな人だね。
さすが長年仕えているだけあって、母様に似合うものをよく分かっていて、的確に勧めている感じがする。マルヤを見て、ボクもセンスのお勉強だ。
一方の母様も、実際に派手好きな訳ではなく、ただ他のお妃さま達より目立たないと!という気持ちで派手な物をと言っているだけだから、マルヤに説得されつつある。
そうだよ母様。
母様にマルガレータ様みたいな毒々しい赤は似合わないし、エデルミラ様みたいに胸を強調するお洋服も合わないと思う。
母様の良さは、山に咲く小さな花の様な可憐さだと思うよ。
でもこれをこっそりメリエルに言ったら、「女性は化粧とドレスでいくらでも化けるのです」と言われた。女性のオシャレを語るには、ボクはまだまだ経験不足だってさ。
横で聞いていたベディは「うへぇ」って顔してた。
「よし、行くわよリエト!」
ようやく戦闘準備が整ったらしい母様に呼ばれ、ちょっとうとうとしかけていたボクはあわててソファから飛び降りた。
母様は結局、淡い水色の可愛らしいドレスに身を包み、ふわふわの青灰色の髪は一部を編み込み、あとはふわっと下ろした髪型になっていた。
「母様かわいいです」
「そ、そう? ……陛下もそう思ってくださるかしら?」
うーん、それをボクにきかれても分かんないけど、父様と出会った時の母様は田舎の素朴なお嬢様だったわけだから、その路線で間違ってはないんじゃないかな。まぁでも、それは田舎に癒しを求めに来た時の父様だから、王宮でも惹かれるかと言われると……難しいね。
ボクは何も答えず、ニコッと笑って返した。
沈黙は時には必要な選択だって、何かで読んだ気がする。
側室棟から主塔へはもちろん歩いて行くんだけど、階は違えど同じ建物から行くのだから、当然かち合うなんて事はあり得る事で、何が言いたいかと言うと、一階でアンネ様ご一行とばっちりかち合った。
「あら、どこの田舎娘かと思ったら、テレーゼ様でしたか」
先制攻撃は赤いドレスのアンネ様だ。短めのくせ髪には大きい髪飾りが付いており、そういうおしゃれもあるんだと勉強になる。
「ふふ、アンネ様はどこかの舞踏会にでも行かれるのですか?」
階段の上から母様がひと際見下す目をして言い返す。
『地味な小娘が』vs『場違いな派手女』ファイッ!
いや、どっちもそれぞれオシャレで素敵だとボクは思うんだけどね。
アンネ様はいつも最新のファッションだから、周囲がそれに追いつくまでにちょっと時間がいるんだよね。
でもガルバー商会のアンネ様が身に付けている物だから、これから流行る物なのは確実な訳で、けなすのにも言葉を選ばないと後から「センス無い」「時代遅れ」と言われちゃう。
ファッションにおいては、アンネ様が強すぎなのだ。
しかし一方の母様にも武器がある。
「最先端か何か知りませんが、もう少しお年を考えて色を選ばれては?」
フッと母様が意地悪な笑みを浮かべ、アンネ様の目に一瞬怒りが浮かぶ。
そう、母様は何と言っても、妃の中で最年少……アンネ様からは9つも年が下なのだ。
ボクは女性には年を重ねた分新たな魅力があると思うんだけど、世間一般的に女性は若い方が人気があるみたい。
実際父様が若い母様に手を出しちゃってるからね。
バチバチと火花を散らす母様たちに従う大人たちの中に小さな影を見つけて、ボクはそっちに向かって笑顔で手を振った。
「!」
アンネ様の傍にいたディートハルト兄様は、手は振り返してくれなかったけど、ボクの目を見てニコって笑ってくれた。兄様も今日はおめかしだね!
そう思っていたらディートハルト兄様の視線が何かに気付いた様に、ボクよりもっと上に向いた。
つられてボクも上を見上げると、階上にもう一つの華やかな一団……側妃ナターリエ様ご一行が冷たい目で階下の争いを見下ろしていた。
さすがアルダの公爵家のお姫様だったナターリエ様は、白い清楚なドレスに身を包み派手じゃないのに目を惹く美しさだ。
そんでもってその傍にいるノエル兄様は本日も天使である。
ナターリエ様もノエル兄様も何て言うか「高貴!」て感じの美しさに溢れているんだよね。
その分、めちゃくちゃこっちを見下してくるけどね!
ノエル兄様も目が合ったのに思いっきり「フン!」て感じにそっぽ向かれたよ。
「何ですか、この騒ぎは」
ナターリエ様の執事が前に進み出て、母様たちの従者を急かす。こういう時ナターリエ様って自分では言わないんだよ。
声を掛けるのも嫌みたい。
そもそもさ、側室棟から皆同じ場所に向かうとなればかち合うって言ったけど、それをさせない様にするのが側室棟を取り仕切っている執事なんだよね。
だって会っちゃったら絶対揉めるの分かってるもん。
多分時間配分はされていたんだと思うけど、各人の性格やなんかでこうして全員集合しちゃったんだろうな。でもそこも見越してこそのお仕事だからね。
今もほら、側室棟付きの執事や従者がそれぞれ大慌てで取りなしに行ってる。お仕事って大変だなぁ。
何はともあれ、王や正妃たちとの時間に遅れるわけにはいかないから、どうにか全員収まって微妙に別ルートで主塔に集まれた。
「それでは私はここで」
食堂の手前の部屋で、メリエルがそう言って礼をした。
そうなんだ、ボクのメイドのメリエルはここまで。一緒に行けない。
給仕は専門の者がいるし、メリエルはその場に行ける程の位を持っていないんだ。
あ、ベディは別ね。護衛と毒見役は一緒に入って各持ち場で待機なのだ。
「うん、いってきます」
ボクは笑顔でメリエルに手を振って、母様と母様の護衛騎士とマルヤ、ベディと一緒に執事が開いてくれた部屋に入った。
食事会の会場は、普段主塔の父様たちが食事を取る食堂とは違う、主塔の客人などを招いた際にも使う方だから、とても広い。
中心に鎮座する長テーブルも本当に長くて、皺ひとつないテーブルクロスに完璧なセッティングがされてある。
ボクと母様はもちろん末席で、お向かいにアンネ様とディートハルト兄様だ。
ボクは執事に抱えられて、椅子に座る。
ボク用にクッションが敷いてあって、テーブルに手が届く様になっていた。
護衛は壁際で待機なんだけど、ベディは毒見役でもあるから毒見役が集まる場所に行く。こうして他の毒見役の人と会う機会をぜひ学習に当ててほしい。
ごはん何かな~。お肉だといいな~。とワクワクしていると、少し遅れてナターリエ様とノエル兄様がやって来た。どこかで時間をつぶしたのかな。
どうしても同時刻に入るのが嫌だったみたい。
次は第三妃のマルガレータ様かなと思っていたら、扉が開かれ入ってきたのは褐色肌の元気な少年だった。
「あ~腹減った~」
ラウレンス兄様はそう言いながら大股で席へと急ぐ。
この間見たごつい従者が焦った顔で早歩きで追いかけているが、その後ろからやって来るエデルミラ様もフィレデルス兄様も何事もないかの様に悠々と歩いてらっしゃる。放任主義?
(ふわ~、エデルミラ様相変わらずすごい迫力~)
ボクはと言うと、久しぶりに見たエデルミラ様に視線は釘付けだ。
フィレデルス兄様と同じ銀髪に青い目で褐色肌なんだけど、受ける印象は全然違う。
例えるならば『女帝』。
全身から漲る自信と生命力と言うか……とってもセクシーな美人なんだけど、近づきがたいと言うか、近付いたら食われると言うか……。
エステリバリ特有の露出度高めのドレスで豊満なお胸を惜しげなく見せつけ、足もスリットがかなり際どい所まで入っていて、ドキドキしちゃう。もちろんめちゃくちゃ似合っていて迫力もある。
ふと、視線を感じてエデルミラ様から目を離したらフィレデルス兄様と目が合った。
今日の兄様は詰襟のお洋服で、いつもよりかっちりした感じ。
ボクはせっかく目が合ったので、「ごはん楽しみですね!」て気持ちを込めてニコって笑って見せた。そしたら兄様も小さくフッと、笑って席に付いた。
こういう会だとフィレデルス兄様は無表情で全然喋らない印象だったけど、今日の兄様はご機嫌が良いみたい。フィレデルス兄様もごはん楽しみなのかな。催しの方かな?
でもってフィレデルス兄様の隣のラウレンス兄様もボクに気が付いたみたい。
「お~!」
と明るく手を振ってきたので、ボクも手を振り返したら母様に無言で下ろさせられた。
エデルミラ様は笑っていて、本当に自由にさせているみたい。
あとなぜかノエル兄様からはしかめっ面をいただいた。
次にお部屋に入ってきたのは、今度こそマルガレータ様とそのご子息たち。アルブレヒト兄様とエアハルト兄様だ。
エアハルト兄様がボクを見てちょっとニコッとした。
ボクはさっき母様に注意をされたから、テーブルの下からエアハルト兄様だけに見える様に小さく手を振って返した。
「エデルミラ様、順番は守っていただかないと困ります」
部屋に入るなり、マルガレータ様が眉を顰めて既に悠々とグラスを傾けているエデルミラ様に詰め寄っていった。
あ、やっぱり順番おかしいよね?
ボクも第三妃のマルガレータ様の後に第二妃のエデルミラ様のはずだと思ったんだ。こういう時は身分が低い順から入場が普通だから。
だからボクは早いの。
「フ、身内の食事会で順番など気にするほどでもあるまい」
エデルミラ様は笑っていなす。
ニヒルな笑い?てやつで、とってもかっこいい!
エデルミラ様が男の人だったら、父様なんて目じゃない位にモテたんじゃないのかと思った。
むう、参考にしたいけど、エデルミラ様とボクではタイプが違う気がする。
でも何かの糧にはなると思うから、心の中にメモメモ。あとで鏡の前で練習してみよ。
「陛下も含めた格式の高い会です。それでなくとも規則は遵守すべきですわ!」
キッと元々きつめの目元を更に吊り上がらせるマルガレータ様に構わず、アルブレヒト兄様が横をすり抜けてさっさと自分の席に付いた。その後をささっとエアハルト兄様が追って行く。さすが要領が良い。
「ああうるさい。これから楽しい食事会だと言うのに、そうやって雰囲気を悪くするそなたはマナー違反ではないのか?」
「なっ……! わたくしは王室としての姿勢を……っ」
「騒がしいですね」
カツン、と響く音を立てた後に落とされた言葉に、マルガレータ様の言葉が止まる。
今入室してきた声の主である正妃ツェツィーリア様は、オリヴィエーロ兄様と同じ宝石の様に輝いて見える黄色の瞳がひたりとマルガレータ様に合わされる。
どちらかと言うと小柄で大人しめな外見のツェツィーリア様だけど、目の前に立たれるとつい背筋を伸ばしてしまう様な雰囲気がある。エデルミラ様とはまた違う迫力をお持ちなんだよな。
ちなみに傍らにいるオリヴィエーロ兄様もツェツィーリア様と同じ様にマルガレータ様を見ていて、ボクとは目が合わない。
「わたくしは、エデルミラ様にヴァルテ王室の規則について注意をしていただけですわ」
フン、と鼻息荒く弁明をするマルガレータ様だったけど、ツィツェーリア様の表情は変わらず厳しいままだ。
「陛下のお越しの前に場をかき乱す事はお止めなさい。妃としての器が問われますよ」
ひゃ~~~正しいけど、きっつい~~~!
正論なだけ、何も言い返せずマルガレータ様がグッと赤い唇を噛み締めたのが見えた。
「それに貴女は第三妃です。エデルミラ様へ進言するにしても、場と言葉を選びなさい」
ここからでもマルガレータ様が歯を食いしばっているのが分かる。何なら歯ぎしりが聞こえてくる気がしてきた。聞こえるわけないんだけどね。
お家がヴァルテの有力侯爵家で、おまけに血統や伝統を重んじるヘルツシュプルングのマルガレータ様だからこそ、正妃で更に格上の公爵家のご出身であるツェツィーリア様に言われちゃ、何も返せないよね~。
「失礼いたしました……」
きれいな所作で完璧な礼をしてツェツィーリア様に非礼を詫びるマルガレータ様だったけど、ツェツィーリア様が「気を付けなさい」と言って席に向かってから上げた顔がすごかった。
『屈辱』を表すならこんな顔!て感じ。
めぇっちゃ睨んでいる。
憎悪の感情を背中に受けながら、ツェツィーリア様は当然の様に父様に一番近い席に付き、オリヴィエーロ兄様もそれに続く。
その様子をエデルミラ様は面白げに見ていて、ナターリエ様は眉を顰めながら視線を逸らして、アンネ様は周囲をよく観察している。
ボクの母様はツェツィーリア様たちの気迫に怯えた後、ぐっと拳を握りしめていた。
もしかして「私も負けていられない」って思ったのかな?やめとこ、母様。格が違うからね?
ちなみに母親が屈辱を受けている際の兄様たちは、アルブレヒト兄様が面倒そうにそっぽを向いていて、エアハルト兄様はまたしても目から光を消していた。あれって感情も消しているのかな。
何はともあれ、やっと最後にマルガレータ様が席に付いたのを見計らった様に、ボクたちが入ってきたのとは違う扉が開かれ、父様が入ってきたので全員立ってお出迎えをする。
こうして集まったのが、ボクの家族です!
全員出したらちょっと長くなりました。
ちなみに
正妃:ツェツィーリア 34歳
第二妃:エデルミラ 36歳
第三妃:マルガレータ 33歳
側妃:ナターリエ 24歳
側妃:アンネ 30歳
側妃:テレーズ 21歳
です。




