25.転生王子、お食事会を楽しみにする
「お食事会?」
いつもの様に朝のお勉強の後に訪れた図書室で、ディートハルト兄様から聞いた単語をボクは繰り返した。
「そう。上のお兄様たちがもうすぐアカデミーに戻られるだろう? その前に全員集まってのお食事会をやるらしいよ」
ディートハルト兄様が今日選んでくれたのは、ヴァルテ国のおとぎ話集みたいなご本。お勉強ばっかじゃなくて、こういうのも読んでみたらって。確かに、純粋なご本好きな令嬢たちはこういうのを読んでいるだろうから、おさえとかなきゃいけないよね。兄様ナイス!
「それってボクも入ってます?」
「当然だろう?」
ディートハルト兄様は当然だって言うけど、「全員」にボクや母様がハブられる事はままあるんだなこれが。
そもそもアカデミーに通っている兄様は第一から第四王子までだから、みんな妃の御子、主塔の方々だ。側室棟のメンバー、いる?と思ったけど、ディートハルト兄様が言うのなら本当なんだろう。
「お爺様の伝手で揃える物とかがあるらしくて、それで早くに情報が回ってくるんだ」
なるほど。ディートハルト兄様のお爺様……アンネ側妃さまのご実家は国一番の商家だったのが男爵位を与えられたお家だ。
「ガルバー商会に手に入れられない物は無い」って言われるくらいだからね。あ、ガルバー商会っていうのは、アンネ様のご実家の商会ね。
「アカデミーが始まる3日前って言っていたから、もうすぐリエトの所にも話がいくんじゃないかな。家族しか集まらないからそんなに派手にはしないけど、少しだけ催しもあるみたいだよ」
アカデミーが始まるのは紫月に入ってからだから、あと10日。移動の事も考えて3日前……一週間後だね。あ、厳密に言うとこの国では週の制度は無いけどね。夢の中の世界では7日で一週間って言ってた気がする。
それよりも、てっきりこの間の名前だけボクの快気祝いのお食事会みたいに、ごはんを食べておしまいだと思っていた。やっぱり主塔の方々が絡むと違うね!
「催しか~何だろうね~!」
建国祭の時は死にかけていたから、派手な催しを見るのは久しぶりだ。
ボクがわくわくしながら図書室からの廊下を歩く。
「食事をする時に催しがあるんでさぁ?」
後ろから付いて来ているベディが不思議そうにしている。
「ん? ベディは故郷のお祭りの時とかに、ご飯を食べながら踊りや歌を見たりしなかった?」
「ああ、そういうのですか」
催しって言ったからピンと来てなかったみたいで、すぐに納得してくれた。
ボクの母様の実家であるオーバリでのお祭りだと、皆で輪になってその中心で踊りや歌を歌ったりしていたから、ベディの故郷と同じ感じだと思うんだよね。
もちろん王宮内の催し……しかも国王やその妃や王子の食事会だから、それよりももっともっと上品なものになるとは思うけど、根っこは同じかなって。
さっきから「思う」ばっか言ってるのは、ボクが押しかけ側室の子でみそっかす王子以前に、まだ5才で正式なパーティとかには出られない年齢だから。
3才のお披露目会でチラッと挨拶と言うか、公開されて以降は公式の場には出た事がないんだ。
これはボクにはまだまだ関係ない話なんだけど、基本公式の場に出れるのは、8才の新年祭でのデビュタントしてから。必ず親同伴だけどね。
15歳に以降になれば、親がいなくてもパーティに出るのはオッケー。友達付き合いとかもあるからね。
でも公式の場に親無しで出られるのはアカデミーを卒業してから。
ただし王族を除く!
何せ王家だからね、色々付き合いがあって、親って言ったら王様とお妃様になっちゃうから、いちいち付いていけないの。
だから王族に限り、顔売りの意味も込めて6才から公式の場にも出ても良い。デビュタント前だから、本当に最初の方だけ王様たちと一緒にいるだけだけど。
でもって、アカデミー入学の12歳以降であれば親無しでパーティに出ても良い。つまりは、外のパーティにお呼ばれするのを受けても良いって事。もちろん側近や場合によっては親戚筋の大人が付いていったりするんだけど。
つまり何を言いたいかって言うと、齢5才のボクにとって、パーティとまでいかなくても、催しのある会がとっても貴重で楽しみって事!
「お歌かな~、踊りかな~」
何にせよ、国で最高の人が呼ばれてやるんだと思う。何せ国王の前だもんね。
「あ、そうだ。大きな会なら、ジェフに頼んでた物がいるかも」
「ああ、厨房の奴らに何か頼んでましたね」
「うん、ちょっと聞きに行ってみようか」
いつもだったら温室に行く流れだけど、ボクは回れ右して、ボクらの階の厨房に向かった。
「た~のも~!」
厨房の入り口で張り切って声を上げたら、若いキッチンメイドの子がびっくりしてカトラリーを落としてガシャンって音が響いた。食材やお皿じゃなくて良かったね。
「りりリエト殿下!!」
「坊ちゃん、『たのも~』って何ですか?」
「ん? あーごめんくださいみたいな意味だよ」
ベディに訊かれて、そういえば夢の中の世界のあいさつだったと思い出す。
一方のキッチンメイド……確か名前はビアンカだったはず……は、ボクらを見てはわわわしてる。
「何の音……り、リエト殿下!」
音を聞きつけ、奥で作業していたらしいシェフのジェフともう一人のキッチンメイド、ノーラが駆けつけて来た。今は時間的には夕食の仕込みとか休憩時間だったかな?
「あ、ジェフ~。この間頼んだやつ、出来てる?」
ボクがニコニコして手を振ると、ジェフは戸惑いつつビアンカの非礼を詫びてノーラはばら撒かれたカトラリーを拾った。
「うん、別に大丈夫だよ」
ボクは女の子のうっかりは、全部受け流すって決めてるんだ。
ビアンカみたいなの夢の世界では『ドジっ子』って言って、人気者だったから、多分女の子ってうっかりさんが多いんだと思ってるし。
「あ、でもボク以外の王子の前だと怒られちゃうと思うから気を付けてね」
「それはもちろん……! ビアンカは給仕には出しませんし、まだ他の厨房に手伝いにも行かせておりません」
「それなら良かった」
他の妃の厨房の人達は王宮の厨房を任されているとあって、とっても腕もプライドも高そうだもんね。それを言うと、ボクの厨房で働いているのが皆仲良しで良かった。
「ジェフは今度の食事会の事聞いてる?」
「はい。私とノーラも手伝いに行きます」
ビアンカだけお留守番なんだ……。
チラッとビアンカに目をやると、しょんぼりとしている。そしてベディが同情的な目をしていた。
ああ……ベディもしばらくは「表に出せない」ってお勉強ばっかしてたもんね。
「国王夫妻並びに妃様、王子たちがみな揃うとあって、厨房の者達は皆気合いを入れていますよ」
「わー楽しみだなー!」
催しも楽しみだけど、豪華なごはんも楽しみ!
ベディに毒見のひとくちは小さめにって散々言ったから、今度こそボクも豪華なお食事がたくさん食べられるはず!……あとでもう一回言っておこう。
でもそっか、厨房にジェフたちも入るなら、ちょっと安心度アップだな。
そこで本来の目的を思い出す。
「あ、そうだった。それでジェフ、ボクが前に頼んでたやつは出来てる?」
ボクが再度訊ねると、ジェフも思い出した様で一度奥に引っ込んで、小瓶を持って戻って来た。
「おまたせしました。……これで、大丈夫ですか?」
差し出された小瓶の蓋を開け、くんくんと匂いを嗅ぐ。
うむ、無臭!
「坊ちゃん、何ですかその黒い粉は?」
ベディの質問には答えず、中に指を入れて黒い粉を触ってみる。極極小粒でさらっとしている。うん、理想通りだ。
「うん、大丈夫! ボクが思ってた通り!」
ボクがそう答えたら、ジェフがホッとした顔で笑った。
なるほど、おひげの強面が笑うとそういう顔になるのか。横のノーラがポ~とした顔になってる。
これもギャップ萌えってやつか。え、ジェフってギャップ萌え持ちすぎじゃない?
「坊ちゃんてば、何ですかそれ」
そんな事を考えていると、ベディが重ねて質問してくる。
ふっふっふ。
「すごーく良いものだよ。あとでベディにも分けてあげるね!」
ボクはそう言って、メリエルお手製の小さな巾着袋に粉を少し入れて首から下げる。それを服の中にしまった。
あ~お食事会、楽しみだな~。
お久しぶりの更新です!
お食事会は全員集合ですよー!