23.転生王子、第六王子に憧れる
中庭で寄り道をしたがるラウレンス兄様に注意しながら、ボクとエアハルト兄様、ラウレンス兄様、そしてベディとあの目付きの悪い騎士で温室にやって来た。
なんせ中庭の反対側は騎士団詰め所だからね、自分から温室に行くって言いだしたのにふらっとそっちに行きそうになっちゃうんだ。よっぽど鍛錬とかが好きなんだろうね。
そしてやって来ました温室!
なんて、ボクは何度も入っているから何とも思わないんだけど、エアハルト兄様は見上げてちょっと緊張している。近くで見るの初めてなのかな?
確かに、王宮内の温室とあって大きくて豪華だもんね。
すごく天井が高いドーム型で、日の光を入れる為に鳥かごみたいになっている間にガラスが嵌められている不思議な建物。
中は一年中色んな花が咲いていて暖かくて綺麗だけど、国内の植物の研究や種の保全の為でもあるらしいよ。このあいだフィレデルス兄様が言ってた。でなきゃこんな大きな建物いっぱいの植物の管理なんてお金がかかって仕方ないものね。
人が二人並んで通れるくらいの幅の舗装された道がちゃんとあって、その両側には植物がいっぱい。何なら温室内に池もあったりする。
エアハルト兄様は上を見て、横を見て、キョロキョロしてる。
「すごい……」
「すっごく広いですよね」
ボクが答えたら、独り言だったみたいでビクってなったけど、すぐに笑顔で返してくれた。
「うん、それに植物の数も多いね」
エアハルト兄様も植物が好きなのかな?だったらフィレデルス兄様と気が合うかも。
対してラウレンス兄様は歩みを止めることなく迷いなくずんずんと進んでいく。13歳と5才の歩幅の差があるから、ボクはほぼ駆け足で付いて行っている。
どこに向かって歩いているのか、ちゃんと決まっているのかなとちょっと不安になりながらボクが遅れだしたらラウレンス兄様が急に足を止めて戻ってきた。
「わあっ」
どうしたのかなと思って見上げたら、お腹を抱えて持ち上げられた。
「遅すぎるからもう抱えていく」
「自分で歩けますっ」
「ちょこちょこ歩かれちゃたどり着けないだろ」
ちょこちょこなんて歩いてませんー!スタスタでしたー!
「足の長さを考えてください! てゆーか抱っこならベディにしてもらいます」
そう言って降りようとするが、ラウレンス兄様はいっこうに離そうとしない。後ろでベディがボクの言葉を聞いて受け取ろうと手を出しているけど完全無視だ。
「これくらいの重さならちょうどいい負荷になる」
なんて言ってどんどん進んでいく。
負荷扱い!
てゆーか鍛錬?普通に移動するだけでも鍛える事を考えているの!?
ボクもこの位鍛えないと強くならないのだろうか……と一瞬思ったけど、ボクは未来のお嫁さんを守れるのと「かっこいい」と思われる位で良いから、そこまでしなくて良いのかも。
なんて考えている間もラウレンス兄様はボクを抱えたままよどみなく歩くし、ボクの主張は無視だし、兄様に意見出来るのはエアハルト兄様くらいだけど見ると温室に夢中みたいだ。
いつまでこの格好のままなんだろう、と虚無感すら感じ始めた辺りでラウレンス兄様の足がまたピタリと止まった。
顔を上げると、道の先に見覚えのある執事と騎士の格好の人が立っていた。青い髪のまだ若そうな執事は確か……
「イェレ」
ラウレンス兄様が名前を呼ぶ。
そうそうイェレ。フィレデルス兄様付きの執事だよね。
「ラウレンス様、珍しいですね。温室においでになられるなんて。よろしければこちらにどうぞ」
落ち着いた声で促され、ボクら一行はフィレデルス兄様がいつもご本を読んでいるテラスに案内された。ちなみに依然ラウレンス兄様の小脇に抱えられたまま。
「お~こんな所あったのか。前からあったっけ?」
「テラス自体は以前からございましたが、フィレデルス様がよくご利用される様になってから少し改装もされております」
なんて言いながら、椅子を引くのでボクはようやく地上に降りれた。
と思ったらすぐにイェレが「失礼します」ってボクを抱き上げてクッション付きの椅子に乗せた。
皆すぐにボクの事を持ち上げるけど、荷物かなにかだと思ってない?
今に見てろよ!すぐににょきにょき伸びて鍛えてムキムキになってやるんだから!
「そのクッション……リエトの為?」
メイドにお茶を配られていて、急遽三王子のお茶会が始まる中、エアハルト兄様がボクを指差しながらイェレに聞いた。
ここにある椅子だと、ボクの座高じゃテーブルに届かないからね。
フィレデルス兄様がいる時は大体フィレデルス兄様のお膝に乗せてもらうんだけど、いない時はイェレがいつもクッション付きの椅子に座らせてくれる。そう言えば最初は無かったっけコレ。
「はい。リエト王子の身長ではこちらの椅子では届きませんので」
「何でそれをフィレデルスお兄様付きの執事であるお前が用意するの?」
「そのフィレデルス様からのご指示でございます」
あ、そうだったんだ。
ボクはてっきり、イェレが気を利かせたのかと思ってた。
もしかしてフィレデルス兄様はお膝に乗られるのうっとうしかったのかな?今度から兄様がいる時もクッションをお願いしよう。
「へぇ~兄様が人の事を気に掛けるなんて珍しいな」
お茶を一気飲みして、すぐに2杯目に口を付けているラウレンス兄様が感心した様に言っている。その手には焼き菓子も複数握られている。よく食べるのも強くなるのには必要かな?とボクも手を伸ばして2枚頬張ってみる。
「リエト、あまりフィレデルスお兄様のお邪魔をしてはいけないよ」
「おふぁまふぁひてふぁいふぇふよ」
「何言ってるか分かんねー」
エアハルト兄様に注意をされたので答えたら、ラウレンス兄様が大笑いした。
焼き菓子2枚はボクの口には多すぎた。紅茶で何とかごっくんして、もう一回同じ事を言う。
「おジャマはしてないですよ。そういうお約束ですもん」
最初に温室に来た時に、『邪魔だから去れ』って言われて『おジャマはしません』って約束して、そのまま居させてくれているからおジャマではないと思う。
「はい。フィレデルス様はリエト王子を邪魔だとは思われていません」
ほらーイェレもこう言ってる!
納得いかない顔をしているエアハルト兄様だったけど、ラウレンス兄様が口を挟んだ。
「兄様はジャマだと本当に追い出すから、リエトはジャマしてないんだろ。アルブレヒト兄様は話しかけまくって追い出されたんじゃねぇの? 現に俺も来た事あるけど追い出されはしなかったし」
何でここでアルブレヒト兄様の話?と思ったけど、そう言えばさっきもエアハルト兄様はアルブレヒト兄様から何か聞いたみたいに言ってたな。
ボクが温室に通い出してからすぐに掴まって尋問もされたし、やっぱりアルブレヒト兄様はフィレデルス兄様に温室から追い出された事があるみたい。どんまいだね。
「ラウレンス兄様はここに何度も来た事があるんですか?」
質問の相手をボクからラウレンス兄様に変えたエアハルト兄様。その隙に焼き菓子をもう1個頬張る。これ以上食べたら夕飯が入らなくなっちゃうかもしれないから、これで最後にしよっかな。
「ん~何回か。小さい時に兄様を探して入った事があるぞ。それこそコイツくらいの年の時に……」
ボクを指差して止まったラウレンス兄様にどうしたんだろうと首をかしげたら、兄様も首をかしげた。
「お前くらいの……お前、リエトって何才だ?」
ズコー
思わず夢の中の世界で見たゲイニンさんみたいにひっくり返るところだった。それやったら椅子から転げ落ちちゃって危ないからやめたけど。
お城の人は皆ボクに興味がないとは思っていたけど、血の繋がった(と思わしき)兄弟でもこれとは!
いや、でも仕方ないか。
基本王室では子供が生まれてもすぐには発表しない決まりになってるし、そもそもボクが生まれた時はすぐに王室入りしてないしね。
ボクが出来たって分かった時におじいさまはすぐに王室に認知しろって迫ったけど、何せ王様の子供だから、揉めに揉めて時間が掛かって、母様が側室入り出来たのは一年以上経ってから。
その時にはボクももう生まれているから、王室の人はボクがいつ生まれたのかもあやふやだと思う。
主塔の方々にいたっては、ボクの存在そのものに興味がなかったりするから、年もあやふやでも仕方ない。
なのでボクは気にせず元気よく手を広げて答えた。
「5才です!」
ラウレンス兄様もエアハルト兄様も「ふーん」って反応。
「まぁそんくらいの時に兄様にくっついて来たけど、特に面白くなかったから何回か付いて行って止めたかな」
ラウレンス兄様が5才の時って言うと、フィレデルス兄様は9才か。その頃から温室に行っていたんだ。
「だから別に温室に行くのに身構えなくて良いんだぞ?」
「そう……ですか」
エアハルト兄様に向かって言われたので、兄様は納得しきれてないけどとりあえず頷いているみたいな感じだった。
「エアハルト兄様も植物がお好きなんですか?」
植物のお話ならフィレデルス兄様もお話してくれますよって言おうとしたら首を振られた。
「ううん、植物は別に。前からこの建物を中から見てみたかったんだ」
なるほど、大きくて立派な建物だから気になっちゃうよね。
見ているだけならフィレデルス兄様も……ボク最初に「いるだけで邪魔だ」って言われたな。
「静かにしていたら大丈夫だと思いますよ」
ボクと違って第三夫人の王子であるエアハルト兄様だから邪険に追い出される事は無いと思うけど、一応アドバイスしておく。
下手したら、第二夫人陣営(フィレデルス兄様)vs第三夫人陣営(エアハルト兄様)みたいな事になっちゃうからね。
「リエトは、ここに来て何をしているの?」
訊かれたので、ベディを振り返ったら察して図鑑を差し出してくれたのでじゃ~ん!て立てて見せた。
「ここにある植物を図鑑で調べています!」
毒になるやつと薬になるやつだけだけどね!
「リエト王子は大変熱心ですので、同じ植物を学ぶ者としてフィレデルス様も気になされているんです」
ボクが学んでいるのは、毒と薬になる植物だけだけどね!
「へぇ~。リエトは勉強が好きなんだ」
そう言って図鑑をペラペラめくるエアハルト兄様に比べ、ラウレンス兄様は苦いお茶でも飲んだみたいな顔をした。
「兄様もリエトも、勉強が好きなんて気が知れねぇな」
「ラウレンス兄様は鍛錬がお好きなんですよね? ボクは色んな事を知るのが好きです」
未来のお嫁さんのためにね!
「エアハルト兄様は何がお好きですか?」
今までほぼ交流がなかったから、陣営の特色は知っていても兄様たち本人の事についてはほとんど知らないから聞いてみた。
未来のお嫁さんにもこんな風に好きな事や物を聞いて仲良くなりたいな。
そしたらエアハルト兄様は緑色のキラキラしたお目目を丸くしてた。
「僕の……好きなもの?」
ボクが知っているのは、血筋第一主義なヘルツシュプルングの家系で第三夫人の次男。
金茶色の髪に緑の目のキラキラ美少年。お友達がたくさんで、いつもニコニコで気遣いの出来る男。たまにビー玉みたいな目になっちゃう。それがエアハルト兄様だ!
あれ?完璧じゃない?
ボクが目指すモテる男じゃない?
そう気づいたら俄然エアハルト兄様の事が聞きたくなって、ボクはワクワクして兄様の答えを待った。
兄様はしばらく考え込んだ後、ポツリと呟いた。
「綺麗な物が、好きだな。この温室みたいな」
さっき植物には別に興味がないって言っていたよね?じゃあ
「建物とかお部屋を見るのが好きなんですか?」
インテリアって事かな?オシャレ!
「そう……うん。そうだね。服や小物を見るのも好きだな」
やっぱりオシャレ!!
「確かに! エアハルト兄様いつも素敵な衣装ですもんね!」
センスが良くてオシャレで社交的な美少年なんて、エアハルト兄様完璧すぎ!!
師匠って呼んじゃダメかな?
闇持ちですが、現代にいたら一番モテてそうなのが第六王子です。




