22.転生王子、時々第四王子が降るでしょう
自分の察しの悪さに落ち込んだけど、ボクはまだ5才なんだ。これを“かて”に成長していけば良いと思い直す様にした。
出来ればボクと同じ色の何かを買い直したい所だけど、そう簡単にお城の外には行けないし、何より……ボクの色って本当に地味で!
灰色と青灰色なんて、もう全体的に濁っている色しかないのボクって!
せめて髪が母様みたいに青っぽかったり、目が他の兄様みたいにはっきりしたお色だったら良かったんだけど。
まぁ言っていても仕方ないよね。目の色や髪の色が変えられる訳でもないし。
ん?夢の中の世界ではそんな物があった様な……こわ!
ともかくボクは、心機一転これで良いだんな様に向けて一つ成長できた事にした。
メリエルとベディにも謝りたいところだけど、ここで謝るのは無粋な気がする。
でもあのリボンが『ノエル兄様派』アピールになるならベディが目立つ様に身に付けていたらまずいから、「お守りにして部屋に飾っておいて」と言っておいた。
ベディはボクが最初に言ってたベルトや剣の鞘に装飾品として付けようと思っていたみたいで残念がっていたけど、察してくれたメリエルと一緒に説得したら分かってくれた。
次のお出かけはいつ行けるかな?と思いながらもボクは特に何もない日常に戻った。
と言っても、ボクだけが何もないだけで、ボクの周りの人たちは忙しそうだった。
それというのも、アカデミーの新学期が近いのだ。
前にも言ったと思うけど、王国内の貴族(と一部のお金があるか特別賢い庶民)の12歳から18歳の子はみんなアカデミーに通う。王家からだと、ラウレンス兄様とオリヴィエーロ兄様より上の兄様はみんなアカデミーに戻る事になる。
アカデミーは王都から少し離れた郊外にあるから、通いではなくて基本的に寮生活。
つまりアカデミー生の兄様たちはまたしばらく留守になる。
だからそれまでにやっておかなきゃいけない事。社交とかお勉強とか宿題とか。
そういうのを今急いでやってる感じ。まぁ宿題が終わってないのはラウレンス兄様だけだろうけど。
特に上の兄様たちは社交やご公務にお忙しいみたいで、ここ数日は温室に行ってもフィレデルス兄様の姿も無い。なぜか兄様付きの執事……イェレだっけか、はよくいて「フィレデルス様が寂しがっておられましたよ」と言ってくる。
この間までボクの存在自体をあんまり気にしていなかった兄様がそんな訳ないけど、ボク知っているよ。こういうのは『社交辞令』とか『リップサービス』って言うんだよね?
だからボクもスマートな大人の男を目指すために、「ボクもフィレデルス兄様に会えなくてさびしいです」と言っておいた。
フィレデルス兄様がいなくても、ボクが毎日温室に行く事に変わりはない。
だって温室はとってもとっても広くて、とてもじゃないが数日、数週間で全部のお花の確認は出来ないもの。
そんな訳で、今日もベディと一緒に温室に向かうわけ。
本棟の廊下は相変わらず広くて豪華だ。
正直、この広いお城の中を毎日温室まで往復しているだけでも鍛えられそう。
ううん、ボクはまだまだ若いんだから、これくらいを運動と言っちゃダメだよね。目指すは強くて頼れる男なんだし。
ボクはいつも側室棟から主塔を通ってから中庭にある温室に行く。側室棟の方から中庭の方にも出れなくは無いんだけど、そうすると広い広い中庭の迷路を通るか、騎士団詰め所を通らないといけない。
どちらにせよ遠回りだし、メリエルからもベディからもなるべく建物内を通る様にって言われている。
どこから何かが飛んでくるかもしれないし、他のお妃様や側室様の息のかかった騎士がうっかり剣とか投げて、それが偶然歩いていたボクに刺さる、なんて事もあるかもしれないからね!
騎士団はおじいさまリスペクトの人が多いけど、おじいさまより雇い主の方が大事な騎士もいるだろうから、用心するに越した事はないね。
でも建物内を歩いていると、その分人に会う確率が上がっちゃうんだよね。
今もほら、前からボクをすごい目で睨んでいる騎士の格好の人がやって来るよ。
「リエト」
それでもって、そのガンつけ騎士の腰辺りの背の極上の蜂蜜と同じ色のふわふわ髪。
エアハルト兄様がボクの名前を呼んだ。
「エアハルト兄様、こんにちは」
ボクがニッコリ笑ってあいさつしたら、暗めの茶髪の騎士がボクをギロリと見下してきた。目付きが悪い人だなぁ。
「またこっちに来ているの?お前の部屋はあっちの棟だよ?」
なかなかキツい言葉をごく自然に嫌味なく言われた。
エアハルト兄様は血筋第一主義のヘルツシュプルング家だから、悪気無く主塔と側室棟は別物だって刷り込まれているんだろうな。その中でもボクは下の下だからね!色々言われているんだろうなぁ。
だからボクも気にせず答える事にする。
「温室に行きたくて近道してました!」
もろもろ省略して簡潔に答えたら、エアハルト兄様はますます不思議そうに首をかしげた。むぅ、エアハルト兄様もノエル兄様と同系の美少年だから、こういう仕草がとっても様になる。
「温室? あそこは……」
「おー!エアハルトにリエトじゃん!」
言いかけたエアハルト兄様の言葉に重なる様に、元気な声と共にドサッと何かが落ちてきた。
すぐさまボクとエアハルト兄様の前にそれぞれの護衛騎士が出るが、落ちてきた物の正体を見て下がった。
「何してんだ?」
「それはこっちのセリフです、ラウレンス兄様」
降ってきたのは元気いっぱいに定評のあるラウレンス兄様だった。
「いや、上からお前らが見えたからさ」
見上げると、廊下の中二階があったのでそこから飛び降りてきたのだろう。無茶をする。
そんでもって、当たり前の様に護衛騎士も従者もいない所を見ると、また逃げ回っているのだろう。
「ラウレンス王子、危険な行為はおやめください。お怪我をされたらどうなさるおつもりですか」
チクリ、と目付きの悪い騎士が忠告するが、ラウレンス兄様は全くこたえていない。
「この位の高さでケガなんかしねーって」
「そういう問題ではありません。それに王家の威信に関わります。もうアカデミー生に通われる年なんですから、もう少し落ち着きを持ってですね……」
実にヘルツシュプルング陣営らしく、礼儀礼節気品を重視する発言だ。教育が行き届いているね。
ラウレンス兄様はあからさまに「うっせーなー」て顔して聞き流しているけど。
フィレデルス兄様もマイペースな所があるから、エステリバリ国は自由な教育方針なのかな?
そんな事をぼんやり考えていると、いつも王族がいるところでは大人しくしていたベディが珍しく口を挟んだ。
「不測の事態も考えて行動した方が良いです。何よりも、下にはぼっちゃ……リエト様とエアハルト殿下もいらっしゃったんですよ」
王宮内だし、主人の危険とあって兄様の護衛騎士もベディも物申したいみたい。
2人掛かりで注意をされて、ラウレンス兄様はぶぅとふてくされた顔をしたが、ベディを見て思い出した様に目を輝かせた。
「あ!お前確かリエトをずたぼろにして鍛えていた護衛か!」
ずたぼろになんてなってませんー!
ちょっと足に擦り傷ができただけですー!
「そういやお前赤軍出なんだって?青軍と違って実力で上がってきたんだから強いんだろうな」
なんて言うもんだから、エアハルト兄様の護衛の元々悪い目つきが更に吊り上がった。
「ラウレンス王子……お言葉ですが、アスールがルベルの者に劣るなど断じてございません」
キッパリと言い切るが、ラウレンス兄様も引かない。
「だってアスールのやつらは儀式だ何だと綺麗な鎧を付けて行進の練習ばっかしてるじゃないか。それよりも現地で実践を積んでいるルベルの方が強いだろ」
なあ、とボクとエアハルト兄様を振り返られても困る。
ボクは軍の事なんてよく知らないし、下手な事言うとエアハルト兄様の護衛が爆発して矛先をボクに向けてきそう。
なんて答えようとエアハルト兄様を横目で見ると、相変わらずエアハルト兄様は笑顔だった。
「どっちが強いとかは分からないけど、アスールの騎士達はいつも沢山鍛えていてとても強いと思います」
エアハルト兄様の答えに、吊り目護衛の目がちょっと垂れた。ナイス兄様!空気を読み力が強い!
「それに儀式は大切な事ですよ」
続く言葉にラウレンス兄様はまた嫌そうな顔をしている。基本的に、『儀式』とか『礼節』っていうのが嫌みたいだね。
それは置いといて、アカデミーで思い出したのでボクも口を開いた。
「ところでラウレンス兄様、もうすぐアカデミーのお休みが終わりますけど、課題は終わったんですか?」
前にも全然やってない様子だったので気になっていたのだ。
すると兄様の顔色はさっと変わった。
あ、これまた逃げ回っているな。
そう思ったのはここにいた全員みたいで、呆れた視線がラウレンス兄様に集まるが、兄様はめげなかった。だてに今までサボっていない。
「そ、それよりもお前ら何で一緒にいたんだよ!珍しいじゃん!」
完全に話を逸らしたいための質問だけど、第二夫人の次男であるラウレンス兄様はここにいる人間の中では一番立場が上だ。まぁエアハルト兄様とは同等だけど、年上だからね。
仕方なく応じる。
「ボクは温室に行く途中だったんですけど」
「それでたまたま会って話していただけです。そうだリエト。さっき言い損ねたんだけど」
そう言えば何か言いかけた時にラウレンス兄様が降ってきたから話が中断されていたね。
エアハルト兄様がさっき言いかけていた言葉の続きを言った。
「温室は、フィレデルスお兄様の場所じゃないの?」
どこかで最近聞いた言葉に、誰出の発言かはすぐに分かった。
何て言ったってエアハルト兄様は、その人物の実の弟だからね。ボクに言った様にエアハルト兄様にも何度も言っていたんだろう。
ボクはアルブレヒト兄様に答えたのと同じ様に言おうかと口を開いたけど、その前にラウレンス兄様の大きな笑い声が響いた。
「そんなわけないじゃん! あの温室は兄様が生まれるずっと前からあるんだぜ?」
ラウレンス兄様はみんなの視線を浴びながらも、お腹を抱えて笑ってる。
何がツボに入ったのか分からないけど、ラウレンス兄様はフィレデルス兄様の実の弟だから、ボクらよりもフィレデルス兄様の事をよく知っているのだろう。
「どうせそれ言ったの、アルブレヒト兄様だろ? あの人もこりないな~」
こりない、とは何の事だろう?
「どおりで温室に誰も近付かない訳だ。まぁ兄様には都合が良かったんだろうけど」
それからボクに目を向けた。
「俺は興味が無いから行かなかっただけだけど、リエトは入ってるんだろ?」
「はい」
素直に答えたけど、エアハルト兄様はまだどこか納得がいっていない顔をしている。
実の兄に教え込まれた事が違うと言われて戸惑っているみたいだ。
「じゃあこれから行ってみるか、3人で!」
「え!」
ラウレンス兄様の提案に、エアハルト兄様は目を丸くして驚いた。
そんな大層なものじゃないと思うけど……ラウレンス兄様、課題をしない為の時間稼ぎをしているだけだろうし。
主塔を歩くと、たまに上から王子が降ってきます。
何気に弟王子sでした。
ラウレンス→フィレデルス「あにさま」他は「にいさま」
エアハルト→アルブレヒト「にいさま」他は「おにいさま」




