21.転生王子、色の重要さを知る
「じゃじゃじゃ~~~ん! ただいま!メリエルにおみやげだよ!」
ベディと共に側室棟の母様とボクのフロアに戻ると、どこから聞きつけたのかメリエルが出迎えてくれた。ボクは我慢しきれずにすぐにおみやげを披露した。
「……おかえりなさいませ、リエト様。私におみやげ、でございますか?」
「うん!開けて開けて!」
お店の人に包んでもらった紙袋を受け取ったメリエルが、いつもの無表情で開けて中からリボンが滑り出てきた。ボクはメリエルの反応が気になって凝視しちゃう。
メリエルはちょっとだけその真っ黒の目を見開いた後、すぐに元に戻った。
「ありがとうございます」
ん?これはどっちかな?
喜んでもらえた?がっかりさせちゃった?
ボクはちょっと不安になって、メリエルの顔をいろんな角度から見上げる。
「それ、ボクとベティとおそろいなんだよ」
そう言って自分の分を見せると、後ろでベディも自分のリボンを出してくれた。
両方を見て、メリエルはまたちょっとだけ目を大きくした。
「……嬉しいです。大事にさせていただきます」
あ、あんまり嬉しそうじゃなくない……!?
そりゃあメリエルはいつも同じ表情で、笑顔になってくれるまでを期待してなかったけど、想像以上の反応の悪さ!
人生初のおみやげ&女の子へのプレゼントの反応の悪さに、ボクはショックを受けたがそこでめげていられない。
「り、リボンいやだった?」
「いいえ。仕事中に付ける事は出来ませんが、大事にさせていただきます」
え?リボン付けちゃダメなの?
母様付きの侍女は、母様にかしされた装飾品をよく着けていると思うけど。
「あの方々は貴族の生まれですし、奥様に付いて色々な場に出ますから」
メリエルにそう言われて、そういえばそうだったと思い出す。
王宮務めだから出自ははっきりした人しかいないんだけど、基本侍女って貴族出身で何なら行儀見習いでお嫁に行くまでに就く貴族の子女も多い。
そもそも侍女は身の回りのお世話、メイドは家事がお仕事なんだよね。
何でボクにはメイドしか付いていないのかは、うちの懐事情の問題なんだろうけど、メリエルのお仕事が多すぎるのは改善していきたいね。
「じゃあおそろいが嫌だった?」
「まさか。そもそも気に入らないなどと申しておりません」
そう言うけど、いくらメリエルが表情に出さないと言ってもすごく喜んでいるかどうかくらいはボクにも分かるよ。
「でも何か気になるんでしょ?教えてよメリエル、ボクはすてきなだんな様になりたいんだ!」
ボクが重ねて教えを請うと、メリエルは小さくため息を吐いて、手の中のリボンを見た。
「強いて言うならば、お色が……」
「お色が!?」
そうか、そこは盲点だった!
ボクはキラキラしていてキレイな色だなと思ったんだけど、おそろいにするんだからボクだけの好きな色で選んじゃダメだよね!
言われてみれば、護衛のベディとメイドのメリエルが普段付けるのには派手すぎたかもしれない。もっと地味な色ならメリエルも普段から着けれたかもしれない。
ああ~~~王族だからそんな事思いつかなかった~。
反省、反省。
これから出会うボクのお嫁さんが王族である可能性は限りなくゼロだから、価値観のすり合わせは大事だよね。相手を思いやって譲れる男にならなきゃ!
「ちなみにメリエルが好きなお色って何?」
まずは第一歩に、メリエルに直接尋ねてみた。
「灰色と、青灰色ですね」
灰色と青灰色……それって…………
「すごく地味な色だねぇ」
あんまり女の子が好みそうにないし、そもそもそんな地味な色の物売っていなかった気がする。
ボクが素直に感想を言ったら、メリエルがすごく「ダメだコイツ」って顔になった。何で⁉と思ったら、ベディまでもが「坊ちゃん……」と呆れ顔でボクを見ていた。
ベディに!呆れられた……だと……!?
◇◇◇
初おみやげは百点満点とはいかなかったけど、次の日ボクは気持ちも新たにする事にした。
初お出かけ、初おみやげまでは出来たんだ。
これから成長していけば良いさ。
その為には、お勉強お勉強、とボクは側室棟の図書室に向かった。
「坊ちゃん、本は俺が持ちますよ」
「いいのいいの、ボクが持ちたいの」
手には昨日買ったリボンでまとめた本。メリエルが改造してくれて、本の厚さに応じて長さ調節付きの代物だ。
自分で初めてお買い物をしたリボンはやっぱり嬉しくて、自分の手で持っていたいと思って本を抱えて歩いていたら、図書室のすぐ前に人の固まりを見つけた。
「あれ、満員かな?」
「いや、図書室は広いから大丈夫でしょ」
ベディがのんきに答えるけど、そういう意味じゃないよ。
人数制限じゃなくて、権力による使用権限発動の方だよ。
何せ図書室の前には、側室そのいちナターリエ様のご子息であるノエル兄様とその護衛と従者たちと、側室そのにアンネ様のご子息であるディートハルト兄様とその護衛と家庭教師たちが睨み合っていたからだ。
周囲の大人たちが睨み合って言い合っている中、ノエル兄様はあくまでも自分が一番偉いって感じで、ディートハルト兄様は興味無さそうにと言うか、前よく見た感じ。目が死んでた。
あ、ここにボクが加われば側室棟の王子勢揃いだね。
王子同士で基本交流をしないから、この間のお食事会以来の勢揃いだ。
「う~ん、これは予定を変更して先に鍛錬をした方が良いかな?」
「え?鍛錬の時間を増やすんです?」
嬉しそうに聞いてくるベディに、そうだった鍛錬にはメリエル監視がいるんだったと思い出した。
でもボクの頼りになるメイドさんは、今はお仕事中で来てはくれない。それすなわちボクの死を意味する。……というのは、ちょっと大げさだけど、大事故必至なので事前回避をしておく。
「ううん、やっぱりお勉強する」
太めの眉をしょんぼりさせているベディを放っておいて、ボクは仕方なく人だかりに向かって歩き出した。
こういうのって、夢の世界的に言うなら前門のとらと後門の……何だっけ?多分強くて怖い動物の事だから、こっちで言うと“前門のヒドラ、後門のケルベロス”みたいな感じかな?
ボクが歩を進めると、最初にヒドラ……じゃなかった、ディートハルト兄様の護衛の金髪護衛、アードリアンだっけ?が最初にボクらに気付いて顔をしかめた。いいんだけどさ、高位貴族だって思っているなら顔に出さないでよ。
その様子に気付いた他の大人たちもボクの方を向く。
一気に視線を集めて、ボクってば人気者。
もちろんノエル兄様とディートハルト兄様もボクに気付いたので、ボクは兄様2人にニッコリして見せた。
「リエト」
「なんだ、お前か」
兄様2人ともが口を開いたので、ボクも続けて喋れる。
「こんにちは、ノエル兄様、ディートハルト兄様。ノエル兄様も図書館でお勉強ですか?」
ディートハルト兄様はほぼいつも図書館にいるけど、ノエル兄様と図書館で会うのは初めてだったのでそう聞いたのだが、ノエル兄様はバカにするみたいにボクを見下ろして鼻で笑った。
「課題をしにきただけだ。そこのガリ勉と一緒にするな」
相変わらず、天使の様なお顔で口が悪い。
そんでもって、ノエル兄様の護衛や従者がクスクス嫌な笑い方をした。
それにもちろん黙っていないのが、ディートハルト兄様の周囲の大人たちだ。
「ディートハルト殿下は大変優秀で学問がお好きなだけです。ノエル殿下はもうすぐデビュタントだと言うのに、学習計画が悪く間に合っていないと聞きましたが?」
メガネを掛けた家庭教師の一人が、意地悪な笑みで言う。
悪いのはノエル兄様じゃなくて、ノエル兄様の家庭教師だってスタンスだ。あくまで王子達自身ではなく、周囲の大人を貶めている所がずる賢いよね。
「失礼な事を……っ」
「どっちが先に……!」
なんて終わりが無さそうな争いをしている。
やっぱりどっちも自分たちが優先されるべき、て感じらしい。
「リエト」
さてどうしようかなと思っていたら、ディートハルト兄様に呼ばれた。
顔を上げたら、兄様の目が生き返っていた。おかえり兄様の魂。
「この間の本をもう読み終わったの?」
「はい!今日はもうちょっとむずかしい本に挑戦したいです」
そう言って本の束を持ち上げてみせたら、兄様の茶色がそこにくぎ付けになった。
「リエト、そのリボンは……」
あ、気付きました?
気付いちゃいました?
ボクが嬉しくて自慢しようと思ったら、サッと伸びてきた手に本ごと奪われた。ボクのリボン!
慌てて見たら、取ったのはノエル兄様だった。
ノエル兄様相手では、ベディも手が出せなくて後ろでヤキモキしている気配がする。
それが正解だから大人しくしていようね。
「ノエル兄様、そのご本が読みたいのですか?」
それならボクが今から返す手続きをしてくるから……と言いかけるが、ノエル兄様が興味があるのは本じゃなかったみたい。
「このリボンは、お前のか?」
問われて、自慢タイムチャンス再び!?とボクは意気揚々に答えた。
「はい!昨日街にお買い物に行った時に買ったんです!」
街に行ったのも初めてだったし、お買い物したのも初めてだったので、誰かに聞いてもらえるのはとっても嬉しい。
なのでボクはにっこにこで、どんなお店で買ったかとか、そのリボンがとってもキレイだと自慢した。
もちろん兄様たちはボクのリボンよりも良い物をたくさん持っているのは知っているけどさ、そういう事じゃないよね。
ボクが絶好調に自慢したら、なぜだかノエル兄様は眉間にしわを寄せながらも白い頬を赤くして、ディートハルト兄様は半目になっていた。
「…………興がさめた。課題は部屋でやる」
そう言ってノエル兄様はボクに本の束を乱暴に返して、回れ右して帰っていった。
従者たちは慌てて追いかけてく。
ノエル兄様が去っていつものメンバーになったので、すぐに図書室には入れた。
今日は家庭教師たちも一緒だから、一緒にお勉強は出来ないと思ったけどディートハルト兄様は「先にリエトの本を選んでやるから」と抗議する大人たちを振り切ってボクと本棚に向かってくれた。
その時に、さっきのノエル兄様の不思議な行動の意味を知らされた。
「リエトはノエルの応援をしているの?」
「おうえん?」
何の?と思ったけど、この王宮の中で応援する事と言えば、真っ先に思いつくのは『王位継承』だ。
それでなくても、誰かの応援をするという事は「その陣営に付く」という事だろう。
なのでボクはますます首をかしげた。
「ボクは誰にも付いていませんし、ボクが付いたところで何もないですよ?」
そう答えると、ディートハルト兄様はちょっと困った様に、でも嬉しそうに笑った。
「じゃあその色は持ち歩かない方が良い」
指差されたのは、さっきまで本を束ねていた紫地に金の刺繍のリボン。
ボクは言われた意味が分からず、じっとリボンに目を落としていたら、ディートハルト兄様が噛み砕いて教えてくれた。
「金と紫の組み合わせは、ノエルの髪と目と同じ色だろう?その色の組み合わせを持ち歩いていると、少なくともノエルに好意的だと思われる」
「ええ!」
ビックリ!
ただキレイな色の組み合わせだと思って買ったのに、ノエル兄様に繋がるとは!
つまりノエル兄様は、造形だけじゃなく色までキレイの象徴!?すごい!じゃなかった、そんな意味が……そこでボクははたと気付いた。
(灰色と、青灰色ですね)
「こういった事でも王宮内ではどう取られるか分からないから気を付けないと」
「ボクは……何ておろかなんだ……」
がくりと赤じゅうたんに膝をついた。
「リエト……。お前はまだ幼いから、これから少しずつ気を付けていけばいいよ」
優しく注意してくれる兄様の声が耳に入らないくらいボクは落ち込んだ。
女心に気付けないにぶい男なんて“すてきなだんな様”マイナス百点だ!!
ストックが切れたので、これからは不定期更新になります。




