18.転生王子、花火を見逃す
「あれ? いない」
いつもの様に温室に行くと、いつもフィレデルス兄様が座っているテラスに誰もいない。ここへは毒草のお勉強に来ていたから、別にいなくていいんだけど、最近は毎日会ってたから何だか変な感じ。
図鑑とにらめっこしながら昨日の続きから温室のお花を見ていく。しばらくしたら、声を掛けられた。
「リエト様、そろそろ休憩をなさいませんか?」
誰もいないと思ってたからちょっとびっくりして顔を上げたら、見覚えのある執事がボクを覗き込んでいた。この人あれだ。フィレデルス兄様の執事だ。
言葉が圧倒的に少ないフィレデルス兄様の通訳もしてくれる人だから覚えてるよ。
でも何でその人がボクに休憩をすすめるのかは分かんない。
「お茶のご用意は出来ておりますので、どうぞ」
そう言ってテラスに案内された。
でもってフィレデルス兄様のいる時と同じように、お菓子が並べられたテーブルのイスを引かれて座る。
「なんでフィレデルス兄様の執事がボクにお茶を出すの?」
「イェレと申します。フィレデルス様から自分が不在の時にも、リエト様がいらっしゃったらお茶をお出しする様に仰せつかっております」
そう言ってイェレは慣れた手つきで紅茶を注いでくれた。ミルクもたっぷり。
ボクはどうしようかな、と思ったけど、においだけ確認して少しだけ飲んだ。うん、大丈夫そう。
「フィレデルス兄様は今日はお留守なの?」
「はい、ご公務で出られております」
そうだよね、アカデミーの長期休みはただのお休みじゃなくて、家の事や社交をする大事な期間だ。
フィレデルス兄様ともなれば、王族だし、もう来年は最上級生だしでとっても忙しいはずだ。連日温室で会ってた方が不思議なくらい。
「リエト様の事をお気になされておりましたよ」
「? そうなんだぁ」
あの周りに無関心なフィレデルス兄様がボクの事を気にしてるって言うって、どういう意味だろう?分からなかったから、適当な返事をしておいた。
イェレは穏やかそうな顔でニコニコするだけだった。
◇◇◇
アカデミーの長期休みっていうのは、1年に2回、丸々ひと月ある。これは前にも言ったけど、貴族としてのイベントがたくさんあるからなんだけど。
で、今は後期終わりのお休みだから一番の目玉イベントと言えば建国祭だね!
建国祭があるのは緑月で、王族貴族にとっては建国祭は絶対出なきゃいけない一番大事なイベントだよね。新年を迎えるのと同じくらい大事な行事だ。
あ、ちなみにだけど1年は7つの月に分かれてて、ひと月は55日だよ。
始まりの月が白月で、そこから青月・黄月・緑月・紫月・赤月・黒月の7月。
夢の中の世界は確か十二月あった気がするから、大分少ない。でも12って中途半端だよね。あとひと月の日にちも月によって違うのも面倒くさいと思う。
だから向こうの世界とは1年の日数が違うけど、まぁ誤差だよ誤差。
で、建国祭といえば王族にとっていっちばん大事なイベントで、地方の貴族もみんな集まるし、町でも出店がたくさん出て、花火も上がったりとっても楽しいイベントなんだ!
「建国祭ですか……。多分毎回遠征に出てて参加した事ないですね……いや、あったかな? 花火は何か記憶ありますね」
「花火は新年の祝いの時にも上がりますから、花火を見たからと言って建国祭とは限りませんよ」
「え、じゃあ分かんねっス。」
「ええ~~~噓でしょ⁉ 新年の時は雪とか降ってるくらい寒いし、建国祭は春だよ⁉ その違いもわからないの⁉」
ベディのビックリの反応にジタバタしながら抗議をするも、当の本人は首どころか腰から斜めになって唸っている。せっかくのお祭りをもったいない~!
「お祭りの日はみんなお仕事お休みにすべきだよ」
「皆が休んでは祭りが出来ないではありませんか」
ぶーと文句を言うと、メリエルから冷静なツッコミが入った。確かに。みんながお祭りに行っちゃったら、誰がお祭りの出店を出して、花火を上げるんだって話になっちゃうね。
「お祭りに関係ないお仕事だけ! メリエルだって、お祭りの日はお仕事お休みでいいよって言っても休まないし」
毎年言ってるんだけど、メリエルは一度も建国祭に参加したことがない。
「メリエルはって、坊ちゃんはお祭りの時どうしてんですか?」
ボク?ボクはそりゃあ……
「まだデビュタント前で公式の場には出られないし、護衛がいなくて外にも出られないから、お城から花火を眺めてたよ」
「!!」
ベディがぶわっと涙目になって、メリエルを振り返って口をパクパクしてる。
「まぁ今年はそれ以前に建国祭中ずっと生死のさかいをさまよってたから」
「!!!!」
建国祭は3日に渡って祝われるんだけど、ボクが毒を盛られたのがこの1日目なんだよね。てゆーか、どこにも行けないかわいそうな王子にプレゼントって感じで貰ったお菓子に盛られてたんだけど。
建国祭中は王族は大忙しだから、お父様もボクを見舞う事はなかったし、ほとんどの兄様たちもボクが毒を盛られて寝込んでる事も知らなかったっぽい。多分だけど。
「なんでベディ泣いてるの?」
「何でって……あんまりっすよ、坊ちゃん……っ!」
ずびずび鼻水をすするベディにメリエルが布を差し出し……じゃないな。投げつけた。
「汚いです、早くお拭きください」
「何も投げなくても……」
そう言いながらも、ベディはメリエルに投げつけられた布で思いっきり鼻をかんだ。
「ベディ、人前でお鼻をかむのはあんまりお行儀が良くないし、メリエルから借りた物でお鼻をかむのはどうかと思うよ」
人から借りたハンカチ、それも女の子のに鼻水をおもいっきり付けちゃうのってどうだろう。洗って返されても微妙だよなと思って言ったんだけど。
「あ、悪ぃ……」
「いえ。それは使い古した雑巾なので、そのまま捨てていただいて構いません」
うん、仲良しだね!
「でも坊ちゃん、そんなにお祭りを楽しみにしてたなら、なおさら花火も見れなくて残念だったんじゃないですか?」
ふたりの仲良しコミュニケーションを終えて一息ついたところで、ベディからそんな質問をされた。
「花火を見られなかったのは残念だけど、これが最後の花火にならなかったからいいよ」
毒死してたらもう二度と見る機会がなかっただろうけど、生き残ったからね!
反応がないなと思ったら、ベディがまた口をパクパクしてた。絶句ってやつかな?
「ジョークジョーク。毒死ジョーク」
「まったく面白くないから止めてください!!」
ベディがやたらと暗いから明るくしようと思ったんだけど、失敗したみたいだ。
「護衛が来てくれたからね、来年の建国祭には町の出店を見に行けると思うから、今から楽しみだよ!」
護衛付きなら、少しくらい見に行けるはず!
本当にベディが来てくれて良かった~!来年の建国祭まではどうか辞めないでほしいね。
そう願いを込めてベディを見上げたら、さっき雑巾で顔を拭いた護衛が『閃いた!』て顔してる。だから護衛がそんなに考えが読める顔しちゃダメなんだけど。
「俺がいて外出が出来るんなら、今年の建国祭に行けなかった代わりに、これから町に出るってのはどうです?」
「え?」
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