17.転生王子、暇つぶしに使われる
ここは側室棟なので、基本的に王妃とその王子達が来ることは無いはずなんだけど、ボクの目の前に第二夫人の次男である第四王子のラウレンス兄様が立っている。
あれ?ボクいつのまにか違う宮殿に来ちゃったかな?と思ったけど、さっき自分のところの厨房から出たばかりだから、そんな瞬間移動はしていないはず。振り返ったら、まだ厨房が見えるし、うん幻覚じゃないな。
そう言えば、この間のベディからの初めての鍛錬を庭で受けた時もラウレンス兄様とオリヴィエーロ兄様がいた。
おっと、それよりもまずはボクを守ろうとしているベディを下げないと、また不敬になっちゃう。
「ラウレンス兄様! おひとりですか?」
ボクの言葉で、相手が王子と分かったみたいでベディが後ろに下がった。主人を守ろうとする姿勢は護衛としては優秀かもしれないけど、いい加減王家の人間だけでも顔を覚えようね。
ラウレンス兄様は、最初の自分の問いかけへの返答じゃないボクの言葉に、ちゃんと頷いてくれた。
「側室棟行くっつったらうるさい奴らばかりだからな、巻いてきた」
え~って思ったけど、ボクもこないだまで一人で王宮内を歩き回ってたから、言えた義理じゃなかった。まあ立場は同じ王子でもだいぶ違うんだけど。
とりあえず、王子同士の立ち話はまずいかも。長くなりそうならお茶に誘った方がいいかな。
いや待てよ。まずはラウレンス兄様のご用事を確認した方が良いか。
「ラウレンス兄様は、どうしてここに? 良かったらご案内しますよ」
普段主塔の宮殿にいるラウレンス兄様よりは側室棟に詳しいと思って申し出てみると、ラウレンス兄様は海みたいな青い目を輝かせた。
「おう! それなら厨房に案内してくれ」
んんん?何だか嫌な予感がするぞ。
ボクがさっき行った時の厨房の皆の反応を思い出してくれたら分かると思うけど、普通王子は厨房になんか行かない。まず用がない。身分が違うから会う相手もいない。ボクはあったけど、普通無いはずなんだ。
しかも自分の住んでる宮殿じゃなくて、側室棟の、しかもボクの家の専用厨房を指しているっぽい。
これは素直に連れて行ったら良くない事が起こりそうな予感。
「厨房ですか? お腹が空かれているのでしたら、何か持って来させましょうか?」
ボクはあえてすっとぼけて言ってみた。
それにラウレンス兄様はあっけからんと首を振る。
「違う違う。腹は減ってないし、厨房が直接見たいんだよ」
「見てどうするんですか?」
「そりゃ、調べるんだよ。お前を毒殺しようとした奴を」
うんん???
◇◇◇
話が長くなりそうだし、このまま厨房に連れて行ったらシェフのジェフ始め厨房メンバーがご飯を食べられないし、何より一日に二王子は精神面でもきついと思うから客間の方に案内する事にした。
ベディに言って、急いで厨房とメリエルに声をかけてお茶と軽食を用意する様に伝えた。
ボクらが客間に到着してほどなく、メリエルがお茶と軽食を持ってきた。
紅茶と焼き菓子を出され、お腹は空いていないって言ってたラウレンス兄様はバクバク食べてる。ボクも1枚取って頬張る。バターが効いてて軽い食感でとっても美味しい。あ、これなら持ち運びも出来るし、女の子へのプレゼントとかにも良いかも!今度作り方ジェフに教えてもらえないかな、て考えてたらメリエルと目が合った。冷たい目だ。そうだった、今はラウレンス兄様の用事が第一だ。
「それで、どうしてラウレンス兄様がボクに毒を盛った人を調べているんです?」
ボクの質問に、兄様はやっとクッキーを頬張る手を止めて、紅茶でゴクリと飲み込んだ。
「むぐ、おー。いや、元はオリヴィエーロなんだよ」
「オリヴィエーロ兄様、ですか?」
そういえばこの間も一緒に来ていたな。
「そう。オリヴィエーロがさ、お前が毒を盛られて死にかけたって聞いて、犯人探しをするって言っててさ」
オリヴィエーロ兄様は正妃ツェツィーリア様のご子息で、ラウレンス兄様と同じ年だが王位継承順位一位の兄様だ。
周囲は二人の王子を競わせているみたいだけど、この口ぶりだと意外にも仲良しみたい。
何で知らないのかって、そんなのボクが側室の末席のみそっかす王子だからだよ。違う宮殿の王妃たちとその王子達とは基本関りが無いし、年も離れているからどういう関係なのかっていうのもうわさ話くらいしか知らない。
同じ年の兄様たちは位も近いし、てっきり王位継承権を争っているのかと思ってたけど、そうとも限らないのかな。
そう言えば、第一王子のフィレデルス兄様なんてあんまり王位継承争いには興味がなさそうだったし、その同母弟であるラウレンス兄様も……?て思ったけど、二人のお母様はあのエデルミラ様だ。
兄様たちとはあまり関わりが無かったけど、王妃や側室の皆さんの事のお話はよく聞いていた。主に母様のグチとかで。
あのエデルミラ様が王位に興味が無いなんて事は……多分無い。あとエデルミラ様の故郷のエステリバリ王室も。
個人の気持ちだけではどうでもならないのが、王子のせちがらいところだね。
それにしても、兄様同士の仲は今は置いておくとして、何でオリヴィエーロ兄様はボクの毒殺未遂の犯人を調べようとしたのかって話。そんでもって、何でそれにラウレンス兄様も加担しているのかって事だけど……
「なんか面白そうだから」
ラウレンス兄様の答えはこれだった。
面白そう……。ボク死にかけたんだけど……?
「いやー、長期休み期間って暇なんだよな。そしたら何かオリヴィエーロが面白そうな事してんじゃん」
「ヒマって……」
アカデミーに年二回ある長期休みは、貴族(王族)としての学習や社交に使われるはずなんだけど……。前にも言ったけど、専属の家庭教師も複数人付いているはずだ。
「宿題とかも出てるんじゃないですか? もう終えられたんですか?」
ボクが聞くと、ラウレンス兄様が視線を窓の外に向けた。
あ、これ終わってないな。て言うか、宿題や社交から逃げたくてやってるな。
「ラウレンス兄様……」
「いや、でもほら! 作法の勉強よりも弟の命を狙ったやつを調べる方がおもしろ……大事だろ!?」
作法のお勉強がお嫌いなんですね。分かります。
「それで、どうやってお調べになるつもりだったんです?」
前回も言ったけど、ボクが毒を盛られていたのは出所不明の贈り物のお菓子だ。
ボクがいくらみそっかすでジャマな王子だとしても、王室は一応搬送経路は調べている。
今更兄様たちが調べてもなにも出てこないと思うな。
「そりゃお前、まずは厨房の奴らを全員締め上げて吐かせて……」
わぁー物騒。
良かった、いち早く厨房から遠ざけて。ボクグッジョブ!
「やめてください、うちのシェフ達をいじめるのは。贈り物のお菓子に盛られていたんですから、彼らは無関係ですよ」
「えー、じゃあ贈り物を持ってきた従者か!」
そう言ってボクの唯一のメイドのメリエルに視線を向けるから、慌てて飛び跳ねて間に入った。
「そんなのもう王室で調べてます!」
「むー、じゃあお前、おとりになれよ!」
「やですぅ!」
ラウレンス兄様はむちゃくちゃな事を言ってきたので、ボクも思いっきりブーって唇を突き出して拒否した。本当にただの暇つぶしみたいだ。
そもそもの話。
「て言うか、犯人なんか分かってどうするんですか?」
「どうって……自分を殺そうとしている相手を捕まえるのは当然だろう?」
でもボクの場合、それやると王宮から半分くらい人がいなくなっちゃうと思うんだけど。
ボクの事、殺したいとまで思ってる人はもう少し少ないと思うけど、いなくなればいいと思ってる人で言ったら大半だと思うし。
「つかまえたところで何にもならないですよ」
「何にもならない事はないだろ」
「ならないですよ。そもそもつかまえられるかどうか……」
「俺の事を見くびってるのか?」
ラウレンス兄様が、さっきまでのあっけらかんとした雰囲気を捨てて目をキッとさせた。後ろに控えているベディが緊張したのが分かるから、多分威圧みたいな事をしてるんだと思う。
仮にも第二夫人の御子息で、王位継承権も王子の中では四位だもんね。自分がやろうと思った事は大体かなってきたんだろうし、王子としてのプライドもあるんだと思う。
でもそうじゃないんだよな。
「そうじゃなくて、“ボクを毒殺しようとした罪”だけで、つかまえられるかなって話です」
実行犯のその辺の使い捨ての人間ならいけると思うけど、指示をした上の人となると……多分結構上の人か王族だから、無理だと思うなー。
「?どういう事だ?」
ラウレンス兄様にはボクが言っている意味が分からないみたい。正統な王子様だもんね。エステリバリ王族の血も引いているし。
死のうが生きようがどちらでもいい、むしろ死んだ方が良いと思われている王子がいるという結論に、たどり着かないんだ。
「失礼! こちらにラウレンス殿下が……いた―――――!!」
なんて説明したら帰ってくれるかなと頭をひねっていたら、その前にお迎えが来た。
「げぇ! ヴィル! 何でここが……!」
「分からいでですか! さぁ! 戻って勉強ですよ!」
ラウレンス兄様の筆頭家庭教師と従者が二人こちらが返事をする前に押し入ってきた。
普通他の王子のいる部屋に返答も待たずに入る事なんてありえないけどね。ナチュラルに失礼なのは主人に似たのか、主塔の方々は皆同じ認識なのか迷うところだね。
ベディはいち早くボクを庇う位置に来てくれてるからいいけどさ。
そんでもって、この人たちを呼んだのはメリエルだろうな。さすがボクのメイドさんは、仕事が早い。チラリと視線をやっても素知らぬ顔だけど。あれは多分早くこの席から退席して別の仕事をしたい顔だよ。
まぁボクもラウレンス兄様のお相手をする時間はあんまりないから、助かったけど。
「あ、失礼いたしました。それではリエト殿下、ラウレンス殿下は回収させていただきます」
ボクを庇う様に立つベディを見て、ヴィルって呼ばれた家庭教師の人は謝ってくれたけど、他の従者二人は軽く礼をしただけだった。
「ううん、いいよ~。じゃあね」
ボクはソファに座ったまま手を振った。ベディを下がらす事はしない。
「リエト! また来るからな~」
なぜかラウレンス兄様はそう言って従者二人に抱えられるように連れていかれた。
まだ何か用があるのかな?
「メリエル、あの家庭教師か従者とすぐに連絡を取れる経路を作っといて」
「もう確保済みでございます」
さすが、ボクのメイドさんは優秀だな。
正室の方々の一派には相当舐められているリエト。
ヴィル先生はベディを見て「あ、そういや護衛が付いてる王子だったわ」て思い出したから、まだマシな人です。