15.転生王子、厨房にお邪魔する
今日から1日1回更新です。
今日の朝ご飯は、バターが添えられたふわふわパンに潰した芋にお肉が混ざって焼いてるやつと、黄色いトロっとしたスープと新鮮野菜のサラダ。
黄色いスープは甘くておいしくてボクは大好き!
基本的にヴァルテ王国は国土が広くて気候も良いから、作物に困る事はあんまり無くて、庶民の間でもふわふわパンは食べられてる。と言っても、王宮内みたいに毎日って訳じゃないみたいだけどね。
ボクはみそっかすの末王子で、押しかけ側室の母様と二人のこの別棟はあんまりお金はかけられてないんだけど、それでも王族だし元々一応貴族だからね。庶民よりは良い物を食べてるよ。
具体的に言うと、ボクと母様の棟にはシェフが1人と厨房のお手伝いが主なキッチンメイドが2人いる。
あとは洗濯、お掃除中心のメイドが2人、母様のお世話のメイドが2人、執事が1人に男の人の従者が2人、母様の護衛の騎士が2人、棟全体の警備をしている騎士が2人。
それにボク付のメイドのメリエルと護衛兼毒見係のベディ。以上!
結構いると思った?
でもこれ、王家の側室棟としては本当に必要最小限だからね。
例に出すのもおこがましいって感じだけど、正妃であるツェツィーリア様と第三王子のオリヴィエーロ兄様の所には、この5倍は人数がいるよ。
エステリバリのお姫様だったエデルミラ様なんかは、お輿入れの際に連れてきたエステリバリの従者が沢山いるし、お隣のアルダ国から来られたナターリエ様の棟もアルダ人の従者が沢山だ。
一方ボクの母様が連れて来られたのはメイド1人だけ。まぁ押しかけだったからね、ちょっと王宮入りも条件が厳しかったみたい。でも護衛の騎士はおじいさまご推薦の腕が良い騎士なんだって。ちなみにその時ボクはまだ生まれてなかったから、一緒に護衛を付けられなかったんだね。その後は知らないけど。
普段の生活なんかはこの人数でも大丈夫だけど、母様がお茶会を開くとか、父様が来る時なんかはもう皆大慌てだ。護衛の騎士まで準備を手伝わされてるのを見た事もある。
あ、ちなみにこの間の父様とのご夕食会は、側室全体の会だったから、場所はココじゃなくて側室用の広間を使ったよ。準備はそこの管理を任されている従者と、各側室のメイドさんだったみたい。
それはともかく、今日の予定はいつもと違うんだ
「坊ちゃん? お部屋に帰らないんでさぁ?」
「うん、厨房に行くから付いてきて~」
「厨房? 食い足りないんですか?」
う~ん、まだちょっと言葉遣いが不安定だね。まぁボクとメリエルの前だけだったらこれくらいでいっか。メリエルが許すかは分かんないけど。
多分自分がまだお腹すいてるベディを連れて、厨房に行く。
作られた物が運ばれてくるから、食堂のすぐ近くじゃないのだ。廊下を進んで、端のお部屋。食品の搬入とかに便利だから端っこらしいよ。火も使うし煙も出るしね。
大きな調理器具の搬入もあるから、大きめの扉。入るのは初めてなんだよね。
扉をベディに開けてもらうと、石の壁に高い天井の広い厨房が広がっていた。
縦に長い窓から差し込む光が、壁に掛けられた色んな大きさのフライパンや鍋に反射してキラキラしてる。
壁沿いには棚の中にたくさんの食器。ボクと母様しかいないと言っても、使用人の分も毎日作るし、パーティを開く可能性もあるもんね。作業台とは別にある机もとても広いし、奥にあるかまども大きい!
初めて見る光景に、ボクは何だかワクワクして見渡していたら、ガチャンって大きな音がした。
見ると、キッチンメイドの1人が手にしていた調理器具を落としたっぽいんだけど、本人はそれに気づいてないみたいで、ボクらの方を凝視して固まっている。
そしてそれは、同じく調理中だったシェフともう1人のキッチンメイドにもボクらの存在を教えるものだったみたいで、3人分の視線を独り占めしてしまった。
「リ……リエト王子殿下……」
固まっているキッチンメイドの一人、母様より年上っぽいしっかりしてそうな方が呆然って感じにボクの名前を呟いた。
それにハッとした様にがっちりめの体格のシェフが帽子を取り、礼をする。キッチンメイドの2人も慌てて礼をした。
「あ、いいよいいよ。まだ忙しい時間だったのにゴメンね」
ボクがご飯を食べ終わったから厨房は後片付けのお時間かなと思ってきちゃったけど、よく考えなくてもボクらが食べ終わってからじゃないと使用人の皆は食べれないから、今は使用人用のご飯の用意の時間だったね。
「ここで待ってるから、続けて続けて」
そう言って、僕は部屋の端っこにあった丸椅子に飛び乗った。ちょっとジャンプしないと座れないのだ。
「で、ですが……」
メイド達が困ってお互いの顔を見合わせているが、ボクがニコニコしていると、シェフが唇をかみしめて、もう一度ボクに礼をしてから2人に声を掛けた。
「ちゃっちゃと済ませるぞ」
「は、はい!」
それから3人はボクの事を気にしない様に、素早く作業に戻った。
メイド、特に若い子の方はたまにボクの方をチラチラと見てたけどね。
しかし、さすがプロ。しかも王宮勤めを認められたプロだもんね。
すっごく手際が良い。大人数分を一気に作ってるんだろう。大きなお鍋をものともせずに勢いよく振っている。料理人にしては体格良すぎじゃない?と思ったけど、あのお鍋を振るには筋肉いるよそりゃ。
そんでもっておいしそうな匂いが厨房中に広がって、ご飯を食べたばかりのボクもよだれが出そうになった。出してないけどね!王子だから!
ボクの後ろに控えていた、護衛で毒見だからボクよりも先に食事を終わらせてるはずのベディからは出てたけど。
それよりも料理が出来る男っていうのもカッコいいな。
こっちじゃボクって王子だから普通がどうなのか分からないけど、夢の中の世界では料理が出来る男子ってモテてたはず。
ボクは将来市井に降りる可能性もあるから、シェフは雇えないかもしれないし、働いている奥さんの可能性も高いわけだから、そこでボクが料理をササっと作ったりしちゃうと、奥さんも喜ぶかも!
別の目的で来たけど、暇なお時間に料理を教えてもらったり出来ないかな~。
そんな事を考えていると、いつの間にかシェフがボクの目の前まで来ていた。
「あれ? 終わってからで良いよ?」
「いえ……あとはもう盛り付けだけなので、2人に任せたので大丈夫です」
「そう?」
見ると、2人のメイドがワゴンにお皿をどんどん載せて行っていた。良いのかな?良いならいいけど。
じゃあ、とシェフに向き直ったら、突然シェフがザっと膝を床に付いた。
えっ?どうしたの!?
てゆーか厨房の床って石造りだし、油汚れとかで結構汚れてるて言うか、膝付く様な所じゃないよ!?
「どうか、どうか私一人の首で許していただけないでしょうか……っ!」
ん?
固い声でそう発したシェフの顔は、伏せられていて見えない。
え、ごめん。何の話?
「坊ちゃん、彼らを罰しに来たんですかい?」
ボクと同じく状況が読めていないベディが口をはさんできた。
「え? 違うよぉ」
ボクが答えると、シェフがバッと顔を上げた。
さっきも思ったけど、随分精悍な顔をしている。
40才前後のキリっとしたお顔に、清潔感のある短髪、整えられた口ひげがよく似合っている。ベディが目指しているのはこういうおヒゲなのかな?
体格も良いし、これで料理がメチャうまな訳だから、すっごくモテそう。あれだ、ギャップ萌え?てやつ。
兄様たちを見て、顔だけでいくにはちょっと不安になっていたボクが目指すべきのは、もしかしたら彼なのではないだろうか?
「先日の毒物混入の件で、私達の処刑を命じに来られたのではないのですか?」
あ、あ~それね。
まぁそれの話ではあるんだけど。
「あれはおやつに出されたお菓子が原因だったし、それもどこからの贈り物か分からなかったからおとがめなしって言われたでしょお?」
ボクが昏睡状態に陥った毒が含まれたとされるのは、おやつに食べたケーキだ。
それもおじいさまと親交の深い貴族の方からの贈り物って貰った物で、これまたその貴族の方はそんな贈り物してないって言ってるから、まだ犯人は分かっていない。
貴族の贈り物って大体人づてに来るからね、分かんないの。
「ですが……精査せずにお出ししたのは私共ですから、殿下がお恨みになるのも致し方ないかと」
まぁ正直これがボクじゃなくて、オリヴィエーロ兄様だったりしたら、とりあえず厨房の人間は全員入れ替わっていたかもしれない。疑わしきは罰しろ、が王宮だ。
でもボクだから!
みそっかすのどっちかって言うと目障りな末王子な訳で、王宮は犯人探しもろくにせずにスルー判定をした。
なぜって?
人を雇うのってすごく大変だから。
ボクと母様だけの料理人ならそんなに気を遣わなくても良いんだろうけど、何て言っても王宮で働く人材なのだ。その辺の町の料理人を連れてくる訳にはいかない。
しかも王宮で働く人って、基本住み込みだから王宮内に住むって事は、セキュリティ的にも変なのは置けない。
王宮内に置いても問題がない、変な事をしない、甘言に惑わされたりしない、他国のスパイになる可能性もない、誠実で出自がしっかりしている、なおかつ客人を迎える時の為にも腕が良い、宮廷料理にも対応できる、挨拶する可能性もあるから見栄えも良い(これは美形とかじゃなくて、清潔感があってキッチリしてるって意味ね)料理人。
これが最低限の条件だ。
もうね、こんな人材を探す手間を考えたら、ボクが死にかけた位はスルーしようってなるよね!
「別に恨んでないし、王宮がシェフ達の残留を決定したのに、ボクにどうこう出来ると思った?」
ベディじゃないんだから、シェフならボクの権力が微々たるものだって知ってるよね?
「それは……ですが、お命の危険があったのですから、感情が抑えられない事もお有りかと……」
そう言ってシェフはチラリとボクの後ろのベディを見た。ん?
あ、あ~!
さてはボクが癇癪を起こして「ベディやっちゃえ!」てやると思ったな⁉
確かに、ボクがもしそれをしても、王宮はボクに特別罰を下す事は出来ないと思う。せいぜい余計な事しやがってクソガキがと思われて、更に株が下がるくらいだ。まぁ「あんな危ないのは廃位してしまえ」勢が更に勢いづくと思うけど。
こらベディ!「そうなの?」て顔して剣に手をやるのをやめなさい!
ボクが視線だけでベディにメッ!てしてると、シェフはようやく顔を上げて少し戸惑った様子を見せた。
「でしたら、一体なぜ……」
「戻りました!」
シェフの声に重なるように、女性の高い声が聞こえた。キッチンメイドの2人が帰ってきたみたいだ。
「ああっ! 殿下どうかご寛大なお心を……!」
ボクの前で床に膝をついているシェフを見て、真っ青な顔をして駆けてくる。
わ~ボクすっごい悪者みたい。
長くなったので一回切ります。
ノー兄様ですみません。