13.転生王子、第六王子のお友達になめられる
「王宮には何度か来たことあるけど、初めて見るわ」
エアハルト兄様の後ろにいた女の子が冷たさの加わった目でボクを見ながら言うと、エアハルト兄様は軽く頷いた。
「うん、側室の子だから、側室用の棟の方に住んでて普段は会わないんだ」
それを聞いた最初の赤毛のやんちゃそうな子が、ボクにずいっと近付いてきた。
「それが何でこっちの中庭歩いてるんだ?」
ベディは静かに後ろに控えている。うん、貴族の子相手だからそれでいいんだよ、えらいぞベディ!
でもボク一応王子だから、兄様のお友達にとやかく言われる筋合いは無いんだよね!
ボクはにっこり笑って答えた。
「別にこっちに入っちゃいけないとは言われてないよ」
王宮は一応ボクのお家の一部ではあるんだから、招待されないと遊びに来れない子がどうこう言う資格はないんだよ。
「なまいきな奴だな」
言い返されるとは思ってなかったみたいで、赤髪の子はムッとした顔をした。
でもボクも彼にへりくだる必要がないから、ニコニコしとく。そしたら周囲の子たちがザワザワし始めた。
「ねぇ、あれって……」
「やだ、本当に会えるなんて……」
特に女の子がザワザワしてて、ボクも赤髪の子も気になってそちらを見ると、見覚えのある集団がこちらに向かってきていた。
「ああ……」
小さな声に振り向くと、エアハルト兄様が笑顔のまま、緑色の目だけを空洞の様にしていた。
オリヴィエーロ兄様と、そのお取り巻き達だ。
「エアハルト」
オリヴィエーロ兄様は廊下を歩いていたけど、エアハルト兄様達に気付いてこちらに来たみたい。ボクの時もそうだったけど、オリヴィエーロ兄様はなるべく皆に声を掛けるようにしているみたい。さすが未来の王様だね。
「オリヴィエーロ兄様、ごきげんよう」
ガラス玉みたいな目でエアハルト兄様があいさつをしたら、周囲の子たちがエアハルト兄様の袖をつんつんと引っ張った。
第一王位継承者のオリヴィエーロ兄様相手に、自分たちからは挨拶できないから、紹介してくれって急かしているんだ。皆目をキラキラさせてて、頬を赤くしている。
王族とつながるチャンスなんて、同世代で側近候補に選ばれるか、アカデミーで仲良くなるかだけど、どちらも年が近くないと難しいもんね。
「オリヴィエーロ兄様、僕の友人達です」
紹介の許可をもらえて、エアハルト兄様のお友達は我先にと名乗っている。それをエアハルト兄様は空洞な目で見守っていた。
側室ではなく夫人の子達で、同じ主塔に住んでいても、格差ってあるんだなぁ。
エアハルト兄様のお友達もエアハルト兄様の側近やお嫁さんを目指しているけど、あわよくばもっと王位継承権の上の王子にもって教わってるみたい。世知辛いね!
まぁボクは元から最底辺だから、関係ないんだけどね。
「リエトも、息災か?」
オリヴィエーロ兄様はエアハルト兄様のお友達の自己紹介を一通り聞いた後、ボクに聞いてきた。お友達、えって顔してるけど、ボクも一応王子なんだってば。それでも皆の自己紹介を止めなかっただけ、オリヴィエーロ兄様は優しいよ。
「はい、元気いっぱいです。
オリヴィエーロ兄様もお元気そうで何よりです」
ニッコリ笑って答えたら、頷かれた。
「リエトは今日も温室に行くのか?」
「はい。ちょうどこれから行こうとしていました」
ボクが答えると、オリヴィエーロ兄様は何か言いたそうな顔をした。そういえば、この間の時も温室の事で何か言いかけてたな。
「オリ……」
「殿下、そろそろお時間です」
兄様に話しかけようとしたら、側近の一人が兄様に耳打ちする。さすが次期国王は忙しいみたいだ。
側近の人はボクをチラリと見たけど、話しかけるなって事かな?
オリヴィエーロ兄様は皆に分け隔てなく接する様にしているのに、周囲の側近はそうは思ってない人もいるみたい。周りに人が多すぎるのも大変だぁ。
「それじゃあ……エアハルト、リエト、私はもう行くから」
「はい」
「はい、兄様」
「エアハルトのご学友も、ゆっくりしていってくれ」
オリヴィエーロ兄様に声を掛けられたお友達たちは皆しゃちほこばって、あいさつしていた。
オリヴィエーロ兄様にすり寄った後に、エアハルト兄様にどうやって接するのかなってちょっと見てたら、何も気にせずオリヴィエーロ兄様にあいさつ出来たってはしゃいでて、エアハルト兄様もそれに「良かったね」って笑顔で言ってた。
うん、上昇志向なのは貴族には大事だもんね!
エアハルト兄様のガラス玉の様な目を見つつ、ボクは温室に向かったのだった。
あ、もちろんエアハルト兄様にはあいさつしてからね。
◇◇◇
「坊ちゃんって他の王子の周りに結構言い返しやすよね」
温室に行く道すがら、ベディが意外そうに言ってきたけど、何か意外だったかな?
「だって自分でもみそっかす王子って言って、そこから地位向上とかは目指してないでしょ?」
「うん、そうだね」
ボクが王家の血かどうかもあやしい上に押しかけ田舎貴族出の側室の子供ってのは、まぎれもない事実だもの。だからそれに対して面白くない兄様達や兄様の母様たちに色々言われるのは構わないんだ。あ、殺されるのは困るけどね!
「でもそれでもボクは王族なんだから、王族以外の人にへりくだる必要は無いんだよ」
ノエル兄様の側近たちにいじわるされても、それがノエル兄様の意思なら仕方ないんだけど、さっきみたいに兄様の意思ではなくいじわるされたら、抵抗しなきゃ。
だってボクは王族なんだ。
王族として、王族の誇りは持たなくちゃいけない。
「坊ちゃん……俺、一生坊ちゃんにお仕えしてぇです」
「えー」
「『えー』!?」
ベディがまた、ドギャンッって跳び上がって驚いてて、ボクは笑ってしまった。だってすごい跳ぶんだもん。本当に身体能力が高いんだろうね。
「坊ちゃん、ここは主従の絆を結ぶ感動の場面ですよ!」
「あはははは」
感動の場面だって!自分で言ってる!!
必死なベディがおかしくて、ボクの笑いは治まらない。
おっと、そうこうしている内に温室に着いてしまった。
「ベディ、ストップ。フィレデルス兄様は騒がしいのはお嫌いだから、静かにね」
「いや、大笑いしてたのは坊ちゃんだけです……」
聞こえない聞こえない。
ボクはもう一度ベディに『シー』ってジェスチャーをして、温室に入った。
いつもの様に、フィレデルス兄様はテラスでご本を読んでいた。
今日は兄様の後ろに、執事と護衛も控えている。ボクらの声が聞こえたからかな?
「フィレデルス兄様、こんにちは!」
兄様は長い睫で影を落としていた蒼い瞳をゆっくりと上げて、ボクに向けた。
「…………今日は、ずいぶんと騒がしいな」
やっぱりベディの跳びあがってたのが聞こえていたみたい。あ~、ベディに注意するのが遅かったかな。まぁいいや、まずはごあいさつだもん!
「ボクの護衛のベディです!フィレデルス兄様にご紹介したかったので連れてきました」
「…………私に?」
「はい!ベディ、ごあいさつ」
ボクの言葉に、ベディが少し緊張した様子でスッと前に出て、ディートハルト兄様にごあいさつした時みたいに丁寧にあいさつした。
フィレデルス兄様はそれに何も答えず、ベディにはチラリと視線を向けただけで、再びボクを見た。
「なぜ今頃?」
「なぜいまごろ?」
兄様の言ってる意味が分からず、首を傾げると、兄様は無言になってしまった。
んん?どういう意味だろう?
「失礼ながら、どうして初めて温室に訪れた時ではなく、今日護衛を紹介なされたのですか?」
見かねたフィレデルス兄様の執事の言葉に、あーそういう事!と納得した。
「だってあの時はボクに護衛はいなかったですもん。
ベディは今日が初護衛です!」
正確にはいたけど、まだ護衛として外に出せないからお部屋でお勉強させてたんだけどね。
「護衛が……?いなかった、だと…………?」
兄様がびっくりしている。
第二夫人でエステリバリのお姫様だったお母様を持つ第一王子であるフィレデルス兄様からすれば、護衛はいるのが当たり前で、王族の子にいないなんてありえないんだろうね。
それがありえたんだよ!ビックリだよね~。
「それじゃあお前は、護衛もなしに毎日ここまで一人で来ていたのか?」
「はい!」
あ、王族ってよりも、ボクがまだ5才だからってこと?
でも王宮は広いけど、言ってみればお家の中での移動だから、5才でもひとりであちこち行けるよ?
「………………」
第一王子として蝶よ花よと育てられていた兄様には衝撃だったみたいで、無表情ながら考え込んでしまった。
どうしようかな?
ベディのご紹介もしたし、今日はもうおいとましちゃう?
「お茶をお持ちいたしますので、どうぞ」
帰ろっかな~と思ってたら、執事に席に誘われた。
でもそれをフィレデルス兄様が遮る。
「お前は、こっちに来なさい」
そんな訳で、その日はフィレデルス兄様のお膝の上でお茶とお菓子をごちそうになった。
自分の笑い声のせいではないと、自然に責任転嫁をしているリエト王子。