12.転生王子、ご本を読んでもらう
顔を真っ赤にしている護衛の騎士は放っておいて、ボクは兄様に引き続き話しかけた。
「ディートハルト兄様、ボク今日は海のご本を読もうと思ってたんです。兄様のおすすめはありますか?」
「え、あ……海のどんな事が知りたいの?」
このヴァルテ国は大陸の海沿いにある国だから、海とは切っても切り離せない。
だから海運国家のエステリバリとも仲良しだし、機嫌を損ねたくない。
ボクも結婚するときは、海に面した国か、もしくは面していない国からしてみれば港のある国として重宝されるかもしれないから、ちゃんとお勉強しておかないと!
でも最初は海の楽しい事が知りたいな。
「うーん、海の生き物とか、どんな海があるのか知りたいです!」
「それなら……僕も君くらいの時によく読んでいた本がある……。こっち……」
そう言って兄様は図鑑のコーナーにボクを案内しようとしたんだけど、それに金髪護衛が立ちふさがる。
「兄様の護衛は、兄様のお勉強のジャマをするのがお仕事なんですか?」
困った護衛だね。
「違います。ディートハルト王子は、ディートハルト王子の学習をなさってください」
お前の相手してるヒマなんかないんだと言うように、ボクを視線だけで見下す護衛。
ディートハルト兄様を見ると、迷うようにボクと護衛を見ている。
兄様が図書室に来る時間は、自由時間ではなく自主学習時間だったみたい。
「何をお勉強するかはディートハルト兄様が決めて良いんでしょう?それなら誰かにお勉強を教えるのは、復習勉強になるよ?」
ボクもマチェイ先生に習った事や自分で本で読んで覚えた外国語を、夜にメリエルとベディに教えれられる様になりたいんだけど、人に教えるって自分が完全に理解してないとできないから大変なんだ。
ディートハルト兄様はそれを全然つっかえずにやってのけるから、本当に頭いいんだよね。
「まぁまぁ、殿下たちが仲良く勉強してんだから、良いじゃないすか。護衛は護衛同士、控えてましょうや」
空気を読んだベディが金髪護衛の肩に手を置いたが、振り払われた。読んだつもりが読めていなかったねベディ!でもこれは相手の方が非常識だから、ベディどんまい!
「ルベルの田舎兵士が気安く触るなっ。貴様と私が同等な訳がないだろう!」
ここ図書室だから、静かにしないと管理者さんに怒られるよ?
まぁね、ディートハルト兄様の母様のアンネ様とボクの母様とはすっごく仲が悪いし、対立しているから近付けないように言われているのかも。
平民出身の側室と、押しかけ田舎貴族側室という、王宮から見たら底辺の争いなんだけど、争いは争いだ。
ディートハルト兄様にご本を読んでもらうのは楽しかったしためになったんだけど、護衛がこれだけ出てきたらもう無理かな~。
ディートハルト兄様も困ってるんだろうな、と兄様を振り返ろうとしたら、スっと兄様が歩みを進めた。
ボクと兄様の年の差は5才。身長差も30センチ以上はあるからボクからは兄様の背中しか見えない。
「アードリアン、僕はこれからリエトと勉強をするからお前は下がっていて」
ディートハルト兄様の優しい声が、こんなにはっきりと物を言うのを聞くのは初めてだった。
「なっ……王子、私はですね……」
「聞こえなかったのか? 下がっていろと言ったんだ」
主人の命令に呆れた物言いで言い返そうとした金髪護衛……アードリアンね……だったけど、兄様はそれを許さなかった。はっきりとした声で命令をし、固まったアードリアンに背を向け、ボクに向き直った。
死んだ様に曇っていた兄様の茶色い目が、優しくボクをまっすぐ見て、兄様は言った。
「さぁ、リエト。ご本を読もう」
◇◇◇
あれからディートハルト兄様とお勉強をして、ボクとベディは次の場所に向かっていた。
「ベディちゃんとごあいさつも出来てたし、空気を読んで行動していてえらかったよ」
ボクが褒めると、ベディは嬉しそうに照れている。大きな体で照れてもじもじしてるから、ちょっと気持ち悪いね。
でもベディはあの後、ジャマになりそうなアードリアンを引っ張って下がってくれて、そのままジャマしない様に抑えていてくれた。えらいぞベディ!
「しかし相手は王子殿下だっていうのに、あんな態度の護衛もいるんですね」
ベディの中では平民・貴族・王族の3つにしか分かれていないみたいだから、その中のぐちゃぐちゃはまだピンとこないみたい。ボクのことをみそっかすのハズレ王子だというのを知っていたのは、就任が決まったあと誰かに言われたのかな。
「多分、伯爵家辺りの生まれなんじゃないかな~?
王族とはいえ、元々平民だったご側室とその子供に仕えるのが嫌なんでしょ」
「ええ?嫌なら受けなきゃ良いでしょ」
「ふふふ、だよね~」
ベディはハッキリしていて良いね。
そうなんだよね、嫌なら受けなきゃ良いんだよ。王族からの指名と言っても、それこそ平民出身の側室からだから、それなりの家柄なら断れるよ。でも王族の護衛という地位は欲しくて受けたんだろうね。
なのにディートハルト兄様にあの態度。護衛の仕事は何も護衛対象の身辺警護だけじゃない。王族の護衛ともなれば、主人の名誉も守らなきゃいけないんだ。
それをあの護衛は、人前で兄様を貶める様な事ばかり言ってたからね。
お仕事なんだから、受けたからにはちゃんとやってほしいよね。
その点ベディは努力しているからえらいよ!
さて、次は温室だ。
フィレデルス兄様は人が沢山いるのが嫌いらしいけど、ベディはどうしようかな。
外で待っていてもらうか……ちゃんとごあいさつして、じゃまにならない所にいてもらう方がいいかな。
温室までに続く中庭に面した道を通っていたら、急にベディに腕を引かれた。
「坊ちゃん!」
ベディの声と共に、ボールが目の前を横切った。
「すみませ……なんだ子供か」
ボールを追いかけてきたのは、赤毛の男の子だった。
男の子と言っても、ボクよりもずっと大きくて年上の、やんちゃそうな子だ。
「何でこんな所歩いてんだよ。お前どこの子?」
「それ、僕の弟だよ」
中庭の奥から、高めの声が聞こえてきた。
金色と茶色の混じった明るい髪がふわふわとしていて、一見女の子かなと思うような可愛らしい容姿をした少年が、笑いながら歩いて来た。
「エアハルト兄様」
第六王子の、エアハルト兄様だ。
エアハルト兄様は、第三夫人のマルガレータ様の次男で、つまりあのちょいグレてるアルブレヒト兄様の実の弟だ。
確かボクよりも4つ上だったはずだから、今は9才だね。
エアハルト兄様は、基本はこっちの主棟に住んでるからめったに会わないんだよね。
兄様の後ろには、他にも同じ年くらいの子が何人かいた。お友達みたい。
アカデミーに通いだすのは12才からだけど、社交界にデビューするのは8才からだから、そこで交流した貴族の子たちが遊びに来てたみたい。
女の子も何人かいて、皆育ちの良さそうなキレイな子達だ。王宮に遊びにこれるくらいだから、いいところの子たちなんだろうね。将来の側近候補やお嫁さん候補なのかも。
いいなぁ!ボクも早くデビュタントして、未来のお嫁さん候補に会いたいよ!
「弟?ノエル王子だけじゃないの?」
「うん、王家の恥だからあんまり表に出ていないんだ」
わあ、恥って言われた!
その場合恥なのは、避暑地でワンナイトラブして子供作っちゃったお父様だと思うんだけど!
でもエアハルト兄様は別にボクをさげすむ感じもなく、普通に言ってる。
マルガレータ様がいつも言ってるのかな?
前にも言ったけど、マルガレータ様のご実家のヘルツシュプルング侯爵家は血筋第一の貴族主義だからね。ボクら親子が大嫌いみたい。
エアハルト兄様は、それが当たり前みたいに言ったけど、周りのお友達は一気にボクの事を下に見る目つきになった。みんな小さくてもちゃんと貴族だね!
エアハルト兄様は友達が多いタイプみたい。その社交性の半分でも、アルブレヒト兄様に分けてあげればいいのにね。
第六王子がようやく出ました!
あとは脳筋と噂の第四王子だけですね!