10.転生王子、色んな勉強をする
ところで兄様達の通っているアカデミーの話なんだけど、前期と後期に分かれていて、その前後に1月のお休みがあるんだ。ちょっと長いと思うけど、通っているのはほとんど貴族の子息子女だからね、お家に帰ってやる事もしっかりあるし、学習や鍛錬も家庭教師がバッチリ付いているから大丈夫なんだ。
と言っても、各家庭教師も休みの間だけ呼ばれるのも困っちゃうよね。貴族の家庭教師なんて、ほとんどがっつり身元ごと取り込まれてる。何かいけない事教えられちゃたまったものじゃないから、素行の悪い家庭教師にならない様、お金のある貴族は住み込みで家庭教師の衣食住全部の面倒を見る。
うち?うちはもちろん、王家だからがっつり抱え込むよ。そんでもって家庭教師同士の仲ももちろん悪いよ!
だって王子一人一人が家庭教師の成果そのものだし、雇い主の派閥に入っちゃってるから、王子も王子のバックもその家庭教師もみーんな敵って訳!王宮内って皆ケンカしてるね。
今アカデミーに通っているのは、第一王子のフィレデルス兄様を始め、第四王子のラウレンス兄様まで。みんな側室ではなく、夫人の子だから家庭教師もそのまま雇っているよ。
兄様達がアカデミーに行っている間は、学習計画を立てたり、学者として好きに研究してるんだって。だから権力争いに巻き込まれる面倒はあるけど、安定していて自由に研究できる時間が長くて、学者の憧れの職業らしい。貴族の家庭教師は。
もちろんこの話のソースは、マチェイ先生だよ。
側室の子に王宮がそこまでお金を出してくれるか分からないけど、ノエル兄様の母様の実家は隣国の公爵家だから、プライドを掛けて家庭教師を日雇いなんかにはしないだろう。
そんでもって、ディートハルト兄様のお家はお勉強に命を懸けているし、お金もあるから絶対離さないだろう。
となると、お金もろくに無いし、王宮からの支援も受けれそうにないうちだけが、ボクがアカデミーに入ったら休み期間中しか雇わなくなる可能性が高いってのを、マチェイ先生はグチグチ言っている。
「ああ、私は本当に不幸だ。
せめて貴族としては下級でもディートハルト様の陣営に入れていれば、研究に没頭できたのに……」
ディートハルト兄様の所は家庭教師も複数だから、マチェイ先生が上手くやっていけるとは思えないけどなぁ。
「先生、そんな先の事を今から言っていても仕方ないですよ。まだあと7年もあるんですから、再就職に向けて色んな事が出来ますよ!」
「クビにする事前提に励まさないでください!!」
あ、泣いちゃった。
ボクがアカデミーに入るのなんて、7年も先なのに、今から泣いてたら涙が枯れちゃうよ。そもそもボクまだ5才だから、7年なんて今の全人生よりも長いんだから、何でも出来ちゃう気がするけどなぁ。
あの時見た夢の中でのボクは大人だったけど、夢の中の世界はぼんやりとしか思い出せないし、ノーカウントでね。
「そんな事よりマチェイ先生、アルダ語でのあいさつなんですけど……」
「そ、そんな事より…………」
ショックを受けて震えているけど、マチェイ先生今はお勉強の時間なんだよ?ボクは8才のデビュタントまでに、アルダ語とエステリバリ語は会話出来るまでにはなりたいんだ!出来れば他の国の言葉も!
だってその分未来のお嫁さんとの出会いが広がるもの!
「……本当に勉強熱心になりましたね。発音はたどたどしいですが、それは全部独学で学習したんですよね?」
「はい、図書室のご本で勉強しました」
メリエルとベディも一緒にお勉強してくれるから、がんばってるよ!
「その熱心さをもって、私の家庭教師としての有能さを周囲にアピールしてくれませんかね?そうすれば雇用が延びるかも……」
え、グチばっかりでほとんどお勉強を教えてくれなかったマチェイ先生の話を周りに!?ダメダメ、ボクの唯一の家庭教師がいなくなっちゃう!
「それはむりです」
「無理……。まぁリエト王子のご威光ではさほど効果が無いでしょうしね……」
まぁそれもあるね。
でも前よりはちゃんと教えてくれるようになったマチェイ先生。
その日は語学の基礎と、計算のお勉強をした。
◇◇◇
アルダ国の基本的な情報が載っている本を返しに、図書館にやってきた。ヴァルテ国語で書かれている本だし基本的な事しか書かれていなかったので、思ったよりも早く読み終わった。
次は何を読もうかなと図書館内をウロウロする。ボクに読めるご本はまだ少ないから、逆に探すのも大変。
これ面白そうと思って中を見ても、よく分からない言葉や文法が出てくるんだもん。
これでもボクは、夢の中の世界の記憶のおかげで大人が使う言葉はけっこう知ってる方だと思うんだけど、専門的な言葉が出てきたり、貴族的な遠回しな表現が出てくるとムリ。これにも慣れて行かないといけないんだけど、まずは基本からだよね!
ゆくゆくはアルダやエステリバリの文化だけじゃなくて、今の流行りも知っていきたいけどね。
ふと目に止まったのは、『世界の動物』という本だった。
図鑑ではない、厚みは普通の本だからざっくり紹介している感じなのかも。
そうだ!何も毒は植物だけじゃない。動物にもあるよね!それにこの国にはいない動物の事とか、良い話題作りになるんじゃない?いっせきにちょーだ!あれにしよう!
でもでも、その本があるのは下から四段目の棚。もちろん5才のボクが届くはずはない。
図書館の管理をしている人も見当たらないし、どうやって取れば良いんだろう、と考えて、そうか普通背が低い人はお付の人に取ってもらうんだと思い出した。
メリエルもベディも忙しいから、今日もボク一人なのだ。
「どこかに台がないかな?」
辺りを見渡すと、隅っこの方に脚立発見!これで勝つる!
―――――と思ったけど、木製の脚立はすごく重くて、ボクでは持てない。どうにかこうにか引きずるが、ちょっとずつしか動かない。むう、これはベディに頼んでボクも鍛えないとだね。
あと少し~と必死に引きずっていたら、急に動かなくなった。あれ?どこかに引っかかった?
「絨毯が傷つくから止めなよ」
脚立は、引っかかったのではなく、人の手で押さえ込まれていた。
「ディートハルト兄様」
幼い顔立ちに、疲れた大人の目をしたディートハルト兄様が銀縁のメガネ越しにボクを見下ろしていた。
図書室の床は短い毛の濃い赤色の絨毯を敷かれている。ボクは来た道を振り返ってみたら、確かに跡になっている。
「ありゃ~」
「ありゃじゃないよ。この絨毯いくらすると思ってるの?」
王宮の図書室の絨毯だから、もちろん高級品なんだろう。さすが商人の子、ディートハルト兄様がおこだ。
兄様が感情を出して喋ってるのって初めて見るかも。
「ごめんなさい。読みたいご本に届かなかったから、これ使おうと思ったんだけど、全然持ち上がらなくて……」
「その背だと届かない本ばかりでしょ。脚立も持てるわけがないし。従者はどうした?」
「みんな(と言っても2人だけど)忙しいから、ボクひとりです」
答えたら、ディートハルト兄様は眉をしかめた。
まだ10才なのに、兄様は大人みたいな表情をよくする。
「……どれが読みたいの?」
「あ、あれです。『世界の動物』!」
背伸びして指さすと、ディートハルト兄様は少し背伸びをして取ってくれた。
「ありがとうございます!」
「…………動物、好きなの?」
「うーんと、動物、よりも世界の色んなものが見たいです」
正直な話、生まれてこの方動物にほとんど触れていない生活だから、好きか嫌いか分からない。
「そういえば、このあいだアルダとエステリバリの国の語学本も持って行ってたな」
どうして知っているんだろう、と思ったけどお勉強漬けのディートハルト兄様は、図書室の常連さんだ。
「はい。最近お勉強を始めたんです!」
「そんなの勉強してどうするの?」
どうするって、将来必要になるかもしれないし、そもそもの出会いを広げて未来のお嫁さん候補達に好印象をもってもらう為だけど。うーん、何て答えたらいいんだろう?
「色んな事が知りたいです」
そうそう、未来のお嫁さんに何が必要になるか分からないし、話題に困らないように何でも知っていて損はないもんね!
「…………僕も、色んな事を知るのは好きだ」
だよねぇ!どんな事でも知らないと知ってるじゃ、知ってる方が世界が広がるもんね!
そもそも知りたくなきゃお勉強だけなんて頑張れないもん。
「僕も、アルダ語とエステリバリ語勉強してるよ」
「さすがディートハルト兄様!」
「…………あと、ミフル語とヤントゥネン語も」
「すごい! ミフルは分かりますけど、ヤントゥネンってどこの言葉ですか?」
「エステリバリとは反対側の島国。鉱山が沢山あるから、ヴァルテとの貿易も盛んだよ」
ほえ~!ディートハルト兄様って本当に博識だな!
ボクもこんな風に、未来のお嫁さんに聞かれた事にすらすら答えて尊敬されたい!
それから、しばらく、世界地図を見ながらディートハルト兄様に色んな国の特徴を教えてもらった。
マチェイ先生より全然分かりやすかった。
第四王子と第六王子がなかなか出ませんね。
たくさん読んでいただき嬉しいです!