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 国を追放されてから数時間後。

 私達は馬車の荷台の上で揺られていた。

 運良く国境近くの村に戻る農夫に出くわし、乗せていってもらえるよう頼むと了承してくれたのだ。

 普通ならもっと悲壮感を漂わせていなくてはおかしいんだろうけど、私の顔も心も思ったより、すっきりとしていた。

 頭上に広がる晴れ晴れとした空のおかげかしら。

 ううん。隣にいる彼のおかげね。


「荷物は?」


「ドレスを鞄に詰めれるだけ、持ってきたわ。これを売れば、一、二週間くらいの宿代にはなるんじゃないかしら」


 予想通り、婚約破棄されたと告げたら、父にすごい剣幕で「出ていけ」と怒鳴られた。「金目の物は持っていくな」と言われたから、自分のドレスなら許されるだろうと思って、持ってきた。


「そっか。俺は寮にあった自分のもんと、孤児院に出るときに渡されたお金をずっと使わずに取っておいたからそれ。少しだけだけどね」


「本当にごめんなさい。私のせいで……」


「気にしないで。俺が好きでやったことだから。――それより」


 カイルがちょっと表情を変えて、オレンジ色の目を向けてきた。


「この国を出たらどうするか、決めてる?」


「全然」

 

 私は首を振った。


「……そっか。――じゃあさ、一緒に暮らさない?」


「え?」


 驚いて目を丸くさせると、カイルが慌てて首と手を振った。顔が真っ赤だ。


「変な意味じゃなくって。ほら、一緒にいたら心強いし、お互い色々協力できるしさ。――どうかな?」


 こちらを窺うように見てくる。 

 

「ええ、もちろん! こちらからお願いしたいくらいだわ」


 実は国を出た途端、「それじゃあ」と言って背を向けられたらどうしようかと思っていたのだ。かといって、「ついて行きたい」と言ったら困らせてしまうかと思っていた。

 一緒にいたいとは思ったけど、まさか一緒に暮らせるなんて。

 私は笑顔で頷いた。


「良かった。じゃあ、改めてよろしく、シャルロッテ様」


 手を伸ばしてくるカイルに、くすりと笑った。


「様はおかしいわよ。もう、私はカイルさんと同じ平民なんだから。シャルロッテって、呼び捨てでかまわないわ」


「じゃあ、俺のことも、カイルで」


「ええ、カイル。これからよろしくお願いします」


 私も手を伸ばし、彼の手を握り返した。

 何も持たない私達の頭上に、青々とした空が広がっていた。






 ――――数年後。


「『――そうして悪い魔女を追い出した国は平和を取り戻し、王子様とお姫様は末永く幸せに暮らしました。おしまい』」


 絵本を読み終えても、その余韻に浸っているのか、小さな頭は動かなかった。

 テーブルの上の絵本を掴む小さな紅葉のような手。

 その時、外の門扉が音を立てた気がして、顔をあげる。

 

「パパが帰ってきたかも」


「パパ?」


 隣に座る娘のナターシャが反応した。

 ぱっちりとした大きなオレンジ色の目が振り返る。

 私が最も愛するひとたちの色。私が世界で一番好きな色だ。

 椅子をひいて立ち上がったところで、家の扉が開いた。


「おかえりなさい、あなた」


「ただいま」


 カイルが私の肩を引き寄せて、頬にキスを送る。それからすうっと香りを嗅ぐ仕草をした。


「いい香り」


「ふふ、わかった? 今日はあなたの好きなシチューよ。すぐ温めるわね。――どうしたの?」


 私の肩から手を離さず、私の顔をじっと見つめるカイルに首を傾げる。

 

「――いや、ずっと夢だったなと思って」


「夢?」


「うん。うちに帰ったら、温かい食事、優しい妻、可愛い子供が迎えてくれるのが。――それが叶ってるんだなって今、思ってさ」


「カイル……」


 ごく当たり前に与えられるものが、子供時代に与えられなかった彼。

 彼が子供の時に夢描いたもののなかに、自分がいると思うと、胸がいっぱいになった。

 

 あれから私たちはいくつか国を渡り、満足できる場所を見つけると、この国に住むことに決めた。

 幸いにも、私とカイルは魔法を使えたから、魔法が希少なこの世界で、職に困ることはなかった。

 旅をしている間もちょくちょくと日雇で稼いだりなんかしたくらい。 


 日当たりの良い小さな借家を見つけ、すぐに働き口を見つけると、二人で早速働きに出た。

 前世の記憶が薄ぼんやりとだがあったおかげで、新しい暮らしに馴染むのも早かった。

 全てが楽だったといったら嘘にはなるけれど、二人で一緒に料理をしたり、休みの日にはどこかに出掛けたりと、楽しむ術はいつもどこかに転がっていた。

 ふたりだけの生活はとても穏やかで、温かで、私に安心感を与えてくれた。

 私は彼が大好きだったけど、彼はどうなんだろう。

 生活が安定してくると、そんなふうに思うことが多くなった頃、彼からプロポーズしてくれた。

 私はもちろん二つ返事で抱きついた。

 

『実は学園の時から、好きだったんだ。最初は優しいところに惹かれた。次は君の笑顔に。その次は君の強さに。辛い状況でも、君はいつでも顔をあげて真っ直ぐ立っていた。そんな時でも、優しさを失わない君を尊敬していた』


 彼はそんなふうに言ってくれた。

 涙が零れた。

 そして今は立派な持ち家と可愛い娘にも恵まれた。

 子供が生まれてからは私は仕事を離れてしまったけど、カイルのほうは今でも職場でとても重宝されていると聞く。


「ねえ、カイル」


「ん?」


「私、思うの。私を育ててくれたお父様とお母様には悪いけど、あの時、国を追い出されて良かったって」

 

 カイルが微笑んだ。


「別に悪くないさ。君にも幸せになる権利はあるんだから」


 その時、それまで絵本の最後の挿絵を熱心に眺めていたナターシャが頭をあげた。


「ねえ。悪い魔女は追い出されたあと、どうなったの?」


「それなら、パパが知ってるよ」  


 カイルはにっこり微笑むと椅子から娘を抱き上げた。


「悪い魔女はそのあと、真実の愛を見つけて幸せになったんだ」


「幸せになったの?」


「そう」


「そんなの変だよ」


 娘がその小さな可愛らしい口を尖らせる。


「物語を別の角度から見れば、そういうこともあり得るってことさ」


「わかんないよ」


「お前も大人になればわかるよ」


 カイルが小さな頬に唇を寄せる。

 私とカイルの目が自然に合い、微笑み合った。

 幸せな満ち足りた時間の中、私たちはどちらともなく唇を寄せて、キスをした。 




 私の母国はその後、王妃の贅沢によって重税に苦しんだ民衆によって暴動が起こり、その機に乗じた隣国に攻め滅ぼされたというのは、また別のお話。






       ――おしまい――




 

 シャルロッテとカイルはこの後、あとふたりほど子供をもうけて、にぎやかで明るい家庭を築いたことでしょう。



 最後までお読みくださり、ありがとうございました。m(_ _)m

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 ありがとうございました。

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