6
「シャルロッテ様」
校舎内で呼び止められて振り返ると、カイルが立っていた。
「カイルさん」
「良かった。間に合って。――これ、貸してくれたノート」
「ああ。明日でも良かったのに。わざわざ追いかけてきてくれたのね、ありがとう」
「お礼を言うのは、こっちだよ。大分、助かった」
あれから度々カイルとはノートのやり取りをしていた。一度では写しきれないので、授業があるたびに返しにきてくれていたのだ。
用は終わったはずなのに、その場を去らないカイルに内心首を捻っていると、カイルが口を開いた。
「シャルロッテ様にはこんなにお世話になってるのに、俺、何にもできなくてごめん」
「え?」
「実はあれから、何度もリリアナのとこ行って、もうこんなことやめろって言ってるんですけど……」
それは知らなかった。
最近は少し諦めの境地にいる。
このまま物語に沿って身を任せたほうが楽ではないかと。
「全然聞く耳持たなくてさ」
辛そうに顔を歪めるカイルに、こちらを思い遣ってくれる気持ちが伝わってくる。
その想いに胸が温かくなる。
「ありがとう。その気持ちだけで充分よ」
「――あの、俺だけはわかってますから。シャルロッテ様が悪人じゃないってことを。俺の言葉じゃ、大した慰めにならないかもしれませんが」
真剣な眼差しが、前世で幾度も見て焦がれた眼差しに重なる。
彼のひとつひとつの、どの表情も大好きだった。
あなたは前世でも、こちらの世界でも変わらないのね。
――あなたはやっぱり私の大好きなひと。
「ううん、嬉しい。ありがとう」
にっこりと微笑むと、彼の顔が赤く染まった。
窓からちょうど西日が差し込んでいるからかもしれない。
「あの、俺、正直、魔力持ちでも、この学園に入学するの嫌だったんです。あいつと関わりたくなかったから。でも、今はそんなに悪くないかなって思ってます。――あなたと会えたから」
「え?」
驚いて顔をあげる。
一瞬、聞き間違いかと思う。けど、尋ねることはできなかった。
カイルが慌てて次の言葉を発したから。
顔をやっぱり夕日色に染めて。
「俺で良かったら、いつでも愚痴聞きますよ」
鼓動がどくどくと煩い。
聞き間違いかもしれないのに、私の心臓は言うことを聞いてくれない。
馬鹿ね。空耳に決まってるじゃない。
そう思うのに、心がふわふわと踊りだす。
私の顔も今は夕日に染まっていることだろう。
できるなら、そうカイルが勘違いしてくれるといいなと思って。
「とにかく、これからも、リリアナに気をつけてくださいね。あいつ、執念深いとこあるから」
カイルが照れ隠しなのか、話を切り替えた。
私も頷こうとしたけれど、次のカイルの台詞で固まった。
「リリアナのやつ『あんたは引っ込んでて。モブのくせに』て、よくわかんないこと言うんですよね。本当、わかんないですよ、あいつの考えてることは」
「え?」
『モブ』。
何故その単語をリリアナさんが知っているのだろう。
前世の世界にいなければ、ここでは意味もわからない単語。
――もしかして、リリアナさんも転生者なの?
初めてその考えに至った。
「シャルロッテ様? どうかしました?」
固まってしまった私をカイルが覗き込む。
「ううん、なんでもないわ」
急いで首を振る。
けれど先程の考えは振り払われてくれなかった。
重い石のように自分の心にのしかかる。
でも、気付いた時はすでに遅く、私は断罪の日を迎えたのだった。