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 突き飛ばしたと言い張るリリアナさんの誤解が解けないならばと、私はリリアナさんから遠く離れることに決めた。

 これならすれ違うこともないだろう。

 ちょうどその頃、魔法の授業が一段階進んだところで、私は詠唱だけで魔法が発動できるようになっていた。

 授業の初めにわかったことだが、私の魔力は人一倍強いらしい。

 それは殿下とリリアナさんも同じで。

 そういった者は補助的な役割の魔法具や魔法陣を必要とせずとも、詠唱だけで魔法を発動できる。

 そういえば、ゲームではシャルロッテも高い魔力を有し、魔法でヒロインに意地悪をしていたなと思い出す。

 そんなふうに思い出したのが悪かったのか、今度はリリアナさんが「魔法を使って私を突き飛ばした」というようになってしまった。

 そんな覚えは一切ない。

 今度こそ、盛大な濡衣だった。

 体が当たったのを百歩譲って、「突き飛ばされた」と勘違いするのはどうにか呑み込めても、こればかりは納得できない。

 リリアナさんは何故そんなことをするのだろう。

 流石に黙っていられなくて、本人に直接言いに行った。

 そしたら、「なんでそんなひどいことを言うんですか」と泣かれてしまった。

 しかも、間の悪いことに殿下に見られてしまい――


「シャルロッテっ!! いい加減にしろっ! なんでこんなに優しいリリアナを苛めるんだっ!」


 殿下に咎められたショックよりも、いつのまにリリアナさんをティアニー嬢から名前呼びに変わったのだろうと頭の片隅で思ってしまった。


「散々突き飛ばしたにも飽き足らず、最近はリリアナの物を隠したり壊したり意地悪をしているらしいな」


 持ち物を隠したり壊した? 初めて聞く。

 リリアナさんを見れば、びくりと肩を震わせ、泣き腫らした顔でこちらを見てくる。

 そんなリリアナさんを殿下が守るようにぎゅっと引き寄せた。


「……私はそのようなことしておりません」


「嘘をつくなっ。リリアナは優しいから、お前を責めるなというから黙っていたが、それももう我慢の限界だ。これ以上続けるようなら、こちらにも考えがあるからなっ!」


 険しい顔で告げると、殿下はリリアナさんの肩を抱いて去っていってしまった。

 その背を見送って、はあと重苦しい溜め息を吐く。

 殿下はすっかりリリアナさんに傾倒している。

 一度くらいはこちらの事情を尋ねるくらいはしてくれると思ったのに。そうしたら話し合いの場を設けて、誤解もとける。

 いつのまにこんなに距離が開いてしまったのだろう。

 

 殿下とは政略的な婚約だった。情熱はお互い持てなくとも、尊敬と親しみを架け橋に良好な関係を築けていると思っていたのに。

 

 それにしても、リリアナさんはなんであんな嘘をつくのかしら。

 物を隠したり壊したりした覚えもないのに。

 ゲーム補正というもの?

 こちらが悪いことをしなくても、自動的に物が壊れたり、なくなるようにできていて、ヒロインにはシャルロッテが悪者だと思い込むようにできているのかしら?

 それならこちらには何の手立てもない。

 私の行き着く先は、身分剥奪と国外追放……。

 ぶるりと体に悪寒が走る。

 

 そして、そのまま無為に日々を過ごしていたある日――。

 ぶらりと中庭を歩いていれば、噴水の側で、オレンジ色の頭を見つけた。


 ――会いたいと願ったわけではないけれど、こうして落ち込むたびに姿を見ると、なんだか見えない力が働いてくれたように感じてしまうわね。そんなもの、本当はないでしょうけど。

 ちょっと自虐的に内心微笑んで、カイルに声をかける。


「何をしているの」


 何やら蹲っているカイルが気になって、通り過ぎることができなかった。


「まあ――」


 見れば、カイルの足元には、びしょびしょに濡れた数冊の教科書とノートが転がっていた。

 

「あ、シャルロッテ様――」


「一体、誰がこんなことを――。もしかして、あのふたり?」


 思い当たるのは先日のふたりしかいない。


「多分ね」


 カイルは肩を竦めた。そのなんでもなさそうな表情に、彼が思ったより悲しんでいないことがわかった。


「なんだか、平気そうね……」


「貴族の連中がすることって、どこか、やっぱりお上品なんだよな。庶民の苛めなんかと比べたら、こんなの軽いほうですよ」


 学園の制服に身を包んでいる姿しか見たことがないから、今まで想像しにくかったけど、その台詞で改めてカイルは決して楽ではない環境にいたのだと感じた。

 恵まれた環境で産まれ育った貴族(私達)とは違うのだ。


「……そう。でも、やっぱりこれは良くないわ」


 びしょびしょになった教科書とノートを眺めて、憤然とする。水滴の跡から、噴水に投げ込まれていたのだろう。


「俺も、今ちょうどそれ思ってて、どうしようかなと思ってたとこです。タオルで拭けば、なんとかなるかな?」


 苛められたことよりも、濡れた教科書とノートのほうが気になるらしい。

 だから、固まって眺めてたのね。

 着眼するところが違うと思うが、カイルらしくて、くすりと笑える。


「そうだ」

 

 私は視線を教科書とノートに据えると、魔法を詠唱した。

 すると、またたく間に教科書とノートから水分が飛び、乾いた状態に戻った。

 魔法は授業外では禁じられていたけれど、その時の私は、もう何度も「魔法を使った」と言われ続けていたから、やってもいないことで言われるくらいなら、本当に使ってしまえと思う気持ちがあった故にそんなことをしたのかもしれない。


「本当は駄目だけど、『こういうこと』ならいいわよね」


 教科書とノートを拾って、いたずらっぽく笑ってカイルに差し出す。


「……どうしたの?」

 

 カイルは私の顔を見つめたまま、動かない。


「いえ……。シャルロッテ様もそんなふうに笑うんだなと思ったら意外で……」


「え?」


「静かに微笑んでいるところとか、作った笑顔しか見たことなかったから」


 確かにそうかもしれない。心から笑ったのは前はいつだったろう。

 殿下の前では、常に完璧な皇太子のパートナーであろうとしてきた。そのせいで、始終顔に仮面を貼り付けるようになってしまった。そんな私といても、殿下はちっとも楽しくなかったはず。

 私もリリアナさんみたいに天真爛漫な笑顔を見せていたら、殿下の心は少しは私に向いていたかしら。

 詮無い問いに落ち込んで、顔を俯けようとした時――。


「それにしても、皇太子も馬鹿ですよね。シャルロッテ様という婚約者がいるのに、リリアナになんかにひっかかるなんて」


 カイルの明るい声音に引き上げられて、顔を上げる。


「シャルロッテ様は優しくて可愛いひとなのに」


「かわっ……!」


 耳慣れぬ言葉に、それもカイルの口から発せられて、顔が一気に赤くなる気がした。

 そんな私に気付かず、カイルが言葉を続ける。


「あいつ、本当性格ひねくれてて、どうしようもない。自分が可愛いのを武器に、昔っから男を言いなりにするの得意なんです。俺、小さい頃からそういうの知ってるんで、正直うんざりなんですよね」

 

 カイルの声音と表情が、好きなひとを語るそれとは全く思えず、ぽかんと見やる。


「あなたはリリアナさんのことが好きなんじゃないの?」


「まさか!」


 カイルが心底嫌そうに、声をあげる。


「よしてくださいよ。俺がリリアナになんて」


「そうなの……?」


 ゲームでは何度もヒロインを想う気持ちが伝わってきたのに。じゃあ、あれは私の勘違い? ううん。絶対あれは本物だった。

 じゃあ、この世界のカイルはリリアナさんのことをたまたま好きにならなかっただけなのかしら。

 カイルのリリアナさんに対する印象とゲームのヒロインの性格に食い違いがあるのもおかしい。


「教科書とノート、ありがとうございます。――あ」

 

 ぱらぱらとノートをめくっていたカイルが声をあげる。


「どうしたの?」


「ノートのほう、インクが滲んじゃって、読めないな」 

 

 そこまでは流石に魔法で直せない。


「本当だ。私の貸してあげるわ」


「いいんですか。助かります」


「ううん、これくらいいいのよ」


 そんなことを話しながら、私たちは教室に戻っていった。



 

 それからも変わらずの日々が続いた。

 狭い学園内で、リリアナさんを避けることもできず、私は同じことを繰り返してしまう。

 このままでは本当に罪を着せられ、国外追放になってしまう。

 困ったことになる前にと、両親に相談すれば――


「お前を殿下の婚約者にするためにどれほど苦労したと思ってるんだ。自分が悪かったと、殿下に頭を下げて、詫びるんだ。今更婚約破棄になったら、この家にお前の居場所はないと思え」


「まったく。次期皇太子妃とあろう者が男のひとりも手玉に取れなくてどうするの。それでも私の娘なの。情けない。ひとに頼らず、自分でなんとかなさい」


 当てのない答えが返ってきただけだった。





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