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 そう思っても、決して心中穏やかでない日々を過ごしていたある日、それは起こった。


「きゃっ」


 リリアナさんとすれ違ったと思ったら、急に倒れこんだのだ。


「大丈――」


「ひどいっ。シャルロッテ様、突き飛ばすなんてっ」


「え?」


 貸そうと伸ばした手が途中で止まった。


「今、私のこと、突き飛ばしましたよね」


「そんなことは――」


 ただちょっと腕が触れ合ったかもしれないが、突き飛ばした覚えはない。

 でも、彼女にはそう思えたのかしら。


「誤解よ――」


「私がアラスター様と仲良くしてるから、私のことが嫌いなんですねっ」


 顔を伏せて泣き始めた彼女の肩に手をおけば、通り過ぎる生徒の視線が突き刺さる。

 泣いて床に座りこんでいる彼女と、肩を掴んでいる私。

 どちらが悪者に見えるかなんて、訊く前から愚問だ。さっと血の気が引く。

 彼女が座りこんでいる間、必死に言葉を紡いだが、彼女は顔を伏せて首を振るばかり。教師が通り過ぎ様声をかけて、ようやく泣き止み立ち上がってくれた。

 私はほっと息を吐いて、「ぶつかってしまってごめんなさい」とリリアナさんに再度謝って、その場を去ることができた。

 けれど、安心してはいけなかった。


 それ以降リリアナさんは何故か私とすれ違うと、度々転ぶようになった。決まって「私に突き飛ばされた」と言う。

 いくら違うと言っても、彼女の中では確定してしまっているのだろう。聞き耳を持ってくれない。

 そんな日々に疲れていたある日、ひとりになりたくて、人気のない校舎裏に足を向ければ――


「お前、平民のくせに生意気なんだよ」 


「少し顔がいいからって、いい気になるなよ」


 どうやら苛めの現場に出くわしてしまったらしい。

 今は気力を振り絞るのがきついのにと、とりあえずそっと伺うつもりで見てみれば、そこにオレンジ色の髪を見つけた途端、体が勝手に飛び出していた。


「そこで何をしているの」  

 

 人がいるとは思わなかったのか、カイルを取り囲んでいた生徒のふたりがびくりと肩を震わせた。


「やばっ」


「あなた達、こんなことをして――」


「逃げろっ」


「あ、ちょっと待ちなさい!」


 呼び止めるも、ふたりはあっという間に去っていってしまった。


「まったく――。――大丈夫?」


「はい。助かりました。ありがとうございます」 


 振り返れば、カイルが頭を下げた。

 話すのは入学式以来ね。

 学園では思いの外、カイルの姿を見ることが少なかった。

 クラスが違うから当たり前なのだが、でも、同じ教室にいるヒロインに会いにくると思っていたのに。

 ゲームではとても仲が良かったふたりが、一緒にいるところを一度も見かけないのは不思議だった。

 今のリリアナさんは殿下といることが多いから、遠慮してるのかしら。

 

「こういうこと良くあるの?」


「たまにですけど。俺、孤児院出身なんで――。それで、余計目をつけられるのかも」


「そう……」

 

『学問の前では、皆等しく平等なり』と言っても、誰もがみんな殿下のように高尚になれるわけではない。

 ゲームでも苛められていたりしたのかしら。

 だとしたら、ヒロインの前では明るく振る舞っていたのね……。


「あの、すみません」


 物思いに沈んでいたら、何故かカイルが謝ってきた。


「どうして、謝るの?」


「リリアナのやつが迷惑かけてますよね」


「それは……」


 なんと答えてよいかわからない。

 正直、困っているのは本当だけれど。


「あいつ、昔からそうなんです。気に入らない相手には容赦なくって……」


 どういう意味だろう。

 ヒロインは天真爛漫で、優しい性格のはず。

 でも、ここ最近、正直それだけじゃないような気はしているけど――。


「とにかく、すみません」


 頭を下げるカイルに、私は慌てた。


「ううん。あなたが悪いわけじゃないわ、気にしないで」


 申し訳なさそうなカイルに元気になってほしくて、私は笑ってみせた。


「私なら大丈夫よ。それより、また苛められたら言って。力になるから」


「……シャルロッテ様は優しいですね」

 

 カイルがふっと笑った。その笑顔が私の心の奥深くを揺さぶった。

 ああ、今まで認められたくて頑張ってきたわけではないけれど、肯定してくれるそのカイルの言葉で、これまでの自分が報われた気がした。


「ありがとう……」


 嬉しくて、胸がじんわりと温かくなるのを感じる。

 少しだけ弱っていた心が私の涙腺を緩ませたので、慌てて瞼を伏せるとそっと微笑んだのだった。







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